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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

愛するココロ-26-

2007年09月14日 | 投稿連載
愛するココロ  作者 大隈 充
           26
 大型トラックは、京阪国道から賀茂川沿いに東寺を横目に
河原町通りへ入っていった。
右手に夜の東山を背景に商業ビルやホテルの街明かりを散り
ばめて、運転台の窓を流れていった。道は、もう深夜に近く
タクシーばかりがウロチョロして橋を渡って下鴨神社の本通り
へ出るまでは、渋滞気味だった。
三十路を過ぎた丸刈りの運転手は、四条河原町の飲食街を
抜けるとき、高速のインター脇のラーメン屋で夕食を済ました
ことを後悔した。
少し夕食が遅くなっても早めに北山の集配倉庫に自販機を
下ろして、京都の繁華街にバスで出て浴びるほど酒を
飲めばよかった。
どうせ駅前のビジネスホテルで支給された予約チケット
をもって狭いユニットバスでお湯を浴びて寝るだけなのだから。
北山ビバレッジ集配所の門を守衛さんに開けて貰ったとき、
もう11時を過ぎていて、Aゲートに入車すると、主任の
白髪の男がアルバイトの茶髪の若者とふたりで待っていた。
「運転手さん。ご苦労様です。申し訳あらへんが、学生さん
が終電がなくなるよって、お疲れのところ先に下ろす
だけ下ろさせてな。」
学生さんと言われた茶髪は、真新しい白い軍手を嵌めて倉庫
の入り口のパレットの上に立っていた。
「いいよ。こっちも又明日五時起きで広島行きだから
早く終わらせようぜ。」
運転手は、荷台に乗って幌を巻き上げにかかった。
「ほな、後ろから下ろしまっせ。」
と主任がトラックを倉庫口にぴったりと誘導して
ホークリフトに乗り込んだ。
「あれ。これ、何やろ?随分変わった自販機やな。」
「ええ?こんなの。知らん。いつの間に・・」
「なんかゲームセンターにあるUFOキャッチャーみたい。」
学生が手で荷台の最後尾で斜めになったエノケン一号の胸
の液晶を触った。すると埃だらけのエノケン一号の胸が赤く点った。
「アホ。触るな。時間が勿体ない。何でもよろしおま。早よう、
下ろしまひょ。細かいことは、明日明日ー。」
運転手と主任で倉庫の柱の脇に抱えて運んだ。
柱とパレット台の山の間に置いたとき、エノケン一号の胸
のランプは消えていた。
そのすぐ前に広く並んだ木のパレット台の上に積み木を
並べるみたいにみるみる主任のホークリフト捌きで自販機が
トラックの荷台から正確に配置された。
「じゃ。お先にあがらさせてもらいます。」
「どうも長距離運転、ご苦労さま。」
運転手は、坊主頭に巻いていたタオルを解いて洗面所の方
へ入っていった。
エノケン一号は、ゆっくりと並んだ自販機の間をすり抜けて
薄暗い廊下へ音もたてず光もださず移動していった。
日付が変わった頃修学院一乗寺の鐘が鳴った。下鴨神社の
境内の森をキャタピラで進んでいくエノケン一号。
胸の液晶の明かりが不鮮明にチカチカと点滅を繰り返している。
見上げる木立ちは、鬱蒼と夜空を遮っていた。

 木立ちの影から血塗られた刃が光った。
下鴨の森を走る武士の群れ。あっという間に取り囲まれる
ザンバラ髪の渡世人小太郎。
「待て!」
「逃がすな!」
小太郎、降りかかる侍の刀を避けながら進むに一人、
さがるに一人と切り倒していく。
もつれ倒れる若侍たち。
小太郎、四人目で足がつまずいて顔から無様に転んだ。
「やめや!カメラストップ。」
「すいません。」
小太郎、擦り剥いた頬を押さえて起き上がりながら頭をさげる。
「ロール、チェンジ」
ハンチングを被ったカメラマンが手をあげた。
「すいまっせん。」
「フィルムが勿体のうおます。あんた、そんで主役、
ようやれまんな。何遍同じところでシクジりまんねん。」
「すいまっせん。もう一度よろしゅうお願いします。」
「監督、もうFがありまへんで・・昼間のカットとつながらへんで。」
カメラマンは、助手がフィルムチェンジをダークバッグで
やっている横でそう言いながら煙草に火をつけた。
「どんくさい。やめや。今日は。やめ。」
監督万城目貞男は、灰皿用のブリキのバケツを蹴飛ばした。
「一晩でも立ち回りの稽古しときなはれ。」
小太郎こと、榎本建一は、膝をついて地面に頭をこすり
つけて動かなかった。
撮影、レフ持ち、録音マン、そして座り込んだ侍役の俳優。
空気は、固まったように無言の殺気立った気配が霧
となって漂っていた。
「お終いや。今日。帰るで。」
制作の剥げ頭が号令をかけた。
一斉に全員撤収を始めた。
「すっまっへん・・・」
若いエノケンは、ひとり玉砂利の参道に取り残された。
「エノケン。一杯行こうや。」
大男の浪人姿の木村天心がぽんとエノケンの肩を叩いた。
「気にすんなて。監督も初めてのトーキー写真で舞い上
がってるだけよ。」
「台詞と立ち回り、難しいわ。」
「あの鈴木伝明だって恋愛劇のトーキーでボロボロよ。
みんな最初は同じ。ただわしら関東もんは、都風には
できないでいじめられるのは仕方ないと思わないと・・・」
「そんなもんか・・・」
「あんた、この前の無声の『生ける刃』よかったじゃないの。
あの調子で行けば、チャンバラのバレンチノさ。エノケン
にはその素質があるよ。」
「ありがとう。そこまで持ち上げなくても酒を奢るよ。」
エノケンは、胸を張って立ち上がり転がった刀を拾った。
「先斗町のおかめでいいかな。」
「うん。あそこはいい娘がいる。いいね。」
と二人して歩き出した時前の鳥居から学生服の少年が走ってきた。
「エノケンさん。電報です。」
エノケンは、刀を腰に差し直して電報を受け取って、さっそく
開けて読み出した。
「チチ、シス。トウキョウカエラレタシ。イダイナベンシ、キエル。」
エノケンは、震える手で電報を握りしめた。
「どうしたん。何か不幸か?」
不安そうに木村天心が顔を覗き込んだ。
エノケンは、はくしょんとクシャミをして目を覗かれないように
ずんずんと歩き出して
「おかめで盛大に飲もうぜ!」
と一際大きな声でふりかえって言った。
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