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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
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さすらいー若葉のころ9

2010年03月26日 | 投稿連載
若葉のころ 作者大隅 充
        9
 若葉のころ。私がトモミやオマツと親しくなった
のは、吹奏楽部でやっとクラリネットでちゃんとし
た音が出せるようになった16才の五月。正に校庭
の桜の木に若葉の鮮やかなグリーンの葉が咲き出る
頃だった。私たちは高校二年生だった。
 私たちの学校は、元女子高で男女共学になって十
年と経っていなかった。だから一学年に三クラスあ
っても女子の数の方が多く男子は三分の一ほどだっ
た。
 だから押並べて同級生の男子は、どちらかと言う
と頼りなく、サッカー部もバスケット部も県大会じ
ゃビリに等しくクラスでも女子の発言権の方がいつ
も勝っていて、生徒会の運営でも、女子の多い吹奏
楽部や合唱部が持て囃されて開会や閉会のプログラ
ムにミニコンサートが組み込まれていた。
そのいつも先頭にいたのが成清先生だった。
 成清先生は担当の英語の授業では、ノーネクタイ
の長い喉から発する声がソプラノのように高く、ど
ことなく身のこなしが女性っぽく優しい先生だった
のに、いざ吹奏楽部の練習になると五分刈りの頭で
指揮しながら楽団の誰かが音を外すとチョークを投
げつけて鬼のように怒った。女子には手を上げなか
ったが男子のトランペットやドラムには三度音を外
すとビンタが飛んだ。その度に20名の演奏者はピ
ーンと緊張の糸でマリオネットのように吊るされた。
私たちは、陰でナリキヨ先生のことをジキルとハイ
ド氏と囁き合っていた。
 しかし先生は、練習以外ではどこまでも私たちの
くだらない話に乗ってくれて、時として岩木山を望
む図書館のある丘陵の芝生で夏休みなど真昼から日
が落ちるまで先生を囲んで生徒の進路や恋愛や自身
の外国放浪の話などで盛り上がり帰宅が遅くなって
親に心配されたこともあった。 
 トミーもオマツも、私たちの誰もがあのとき感じ
た、みんなで見上げたあの青空の死ぬほど高く透明
な途方のなさを同じように心の奥の宝箱にしっかり
と仕舞っている。
 今考えるとあの当時先生は三十代前半。現在の私
たちより若かった。私たちにとって先生は大人では
なく、お兄さんだった。それも年の近い親戚の音楽
の才能に秀でた頼れるお兄ちゃんだった。そしてそ
の感覚はずっと卒業しても変わらなかった。
 特に私にとっては、高校一年の秋からこの吹奏楽
部に入るまで陸奥鶴田から中学三年のときに弘前の
中学に転校して、西高に入ったので友達も少なく、
岩木山ばかり眺めて通学していた。それがあの、退
屈でひとりぽっちの長い夏休みが終わって二学期登
校した日。始業式の会で吹奏楽部が県大会に優勝し
たということで全生徒の前で演奏したのを見た時、
指揮をしている成清先生の細長い指に魅せられてそ
の日のうちに入部してしまった。
 先生は、何か楽器を演奏したことがあるのかと、
いつも中学生と間違えられるくらい背が低かった童
顔の私に聞いた。
私は、咄嗟にありませんと答えて、か細い声で小学
校のときに鼓笛隊で縦笛を吹いたことがありますと
付け加えた。
 すると成清先生は、怖い顔で私の赤い頬ッペタを
摘んで「立派です」と一つ一つはっきりと発音して
明日から練習に来るようにと承諾してくれた。
 入部して後でわかったのだけれどオマツにしろト
ミーにしろ、部員のほとんどが幼稚園からピアノだ
バイオリンだと習事の修練をやってきた人たちばか
りだった。だからトミーとクラリネットで並んで演
奏しても必ず音を外すのは、私だった。
 女子の中ではよく怒られたけど、音を出せること
に必死だった幼い高一の私は、ただただ懸命に一人
でテラスで練習をさせられて少しも辛いとかやめた
いとか思う気持ちは起きなかった。みんなと外れて
一人で練習しているところへ、珠に先生がやって来
てさっきあんなにみんなの前で怒っていたのにニコ
ニコして指の当て方ブレスの吐き方を丁寧に教えて
くれた。
 むしろ和気藹々と夜の音楽準備室で何回も繰り返
して正確な音が出るまで指導してくれた。それは、
弘前の町に母と二人きりで生活して初めて味わう幸
せな時間だった。
きっと私は、ナリキヨ先生に兄と同時に父親も重ね
合わせていたんだと今にして思う。
 誰でも一度は青春という時代を通る。しかし青春
が明るく美しく見えるのは、後になってからで当事
者は、結構厄介で面倒くさいものであることの方が
多い。でもその痛さや億劫さは、虫歯を抜くように
痛みを過ぎてしまうと忘れてしまうものだ。

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