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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

さすらいー森の王者17

2011年01月07日 | 投稿連載
森の王者 作者大隅 充 
      17
 夕張の幌馬車カフェで駿と秀人は、無口にひたすら
氷の溶けたアイスコーヒーを飲んだ。街がすっかり変
ってしまったのもあるが顔見知りも少なくまるでお通
夜の帰りのようなふたりで知り合いがいても誰も声を
かけにくかっただろう。そして長い黙祷のあとにやっ
と駿がぽつりと言った。
「シューパロっていつも不思議なことがあるよな。」
「オレ、だから好きなのかも。」
「やっぱりあれ、チャータだろ。」
「うん。ああ。」
 それから次の日も次の日もこの不思議なチャータを
見たということを他言せずにシューパロの森に入って、
仔犬のチャータを捜したがチャータどころか野犬の一
匹も見つけることができなかった。
 とうとう何もしないで4日間夕張にいた駿は、東京
へ又バイクで帰ることになった。懐かしい生まれ故郷
が古いまま錆び付いて街のどこもかしこもとり残され
ているようで少し寂しい気持ちになった。もうこの街
で住むことは自分にとって決してないな、と駿は思っ
た。ただ秀人とあの不思議なチャータのことだけは、
心の中で大切な今回のふるさとの土産物のように思え
た。
 苫小牧のフェリーのりばでバイクをフェリーに乗せ
てデッキへ上がって港を船が離れるのを眺めなから風
見駿は、エンジン音に掻き消されながら呟いた。
「さよなら。不思議なチャータ」
   X     X      X
 ちょうど駿が帰って十日して夕張から北東へ石狩山
地のオプタテシケ山の山麓に栗毛のオオカミが現れた。
それは、北大山岳部の夏の合宿のパーティーが山頂を
目指しているときだった。OBで顧問をしていた吉田
岳一郎は、くしゃくしゃの皺だらけの額を掻きながら、
震える声で若い新入生にぽつりと言った。
「今、あの尾根を行ったオオカミを見たか。栗毛の美
しい・・」
「ええ、オオカミ?」
合宿に参加していた12人の学生が一斉にオオカミと
聞き返した。
「うそ。犬じゃねえの。」
などと誰もが信じられない様子だった。
「あれは、100年前にこの北海道から姿を消したエ
ゾオオカミの生き残りだ。私が子供の時にトムラウシ
で見た栗毛と同じ奴だ。まるでデジャブーみたいに同
じ格好で同じ身のこなし方で岩場を越えて行った。あ
れは、間違いなくエゾオオカミの女神だぞ。」
吉田老人が蒼白の顔で座り込んでしまったので学生も
担当教官もどう声をかけていいのかわからず黙り込ん
だ。
 すると一番小柄な新入生の男子学生が北の岩場を指
さして叫んだ。
「ああ。また出て来た。オオカミが。あそこ。」
 みんな顔を向けると岩場の天辺で風に吹かれて栗毛
がすうっと立ちあがって遠吠えをした。それは、青空
を切り裂く野生の雄たけびだった。山岳部の全員がヤ
ッケの中の背中に鳥肌がたった。
「ほら。子供がいる。」
今度は上級生の髭面が前へ乗り出して言った。岩場の
下に三匹の仔オオカミがいた。
栗毛は、ぴょんと飛んで北の尾根道へ登り出した。仔
オオカミもそのあとを付いて姿が見えなくなった。そ
の一番最後にいたのがチャータそっくりのオオカミだ
った。
「チャータ!」
 髭面の上級生の横で赤いヤッケを着た新入生の松本
ユカリが大きな声で叫んだ。ユカリは、夕張清水小学
校のとき、同級生の風見駿や横山秀人がシューパロ湖
の幽霊屋敷で飼っていた仔犬のチャータのことをはっ
きりと覚えていた。それもクラスの男子みんなが憧れ
ていた転校生深田あかりちゃんが元々密かに飼ってい
た犬だということが生まれて初めて味わったジェラシ
ーという感情の根源として脳裏に焼き付いていた。自
分の好きだった駿君も誰もがあかりちゃんのために仔
犬の世話していたことがショックだった。まさか北大
生になった自分がそのチャータに初めての夏休み合宿
で出会うなんてびっくりだった。ユカリは、もう一度
チャータと呼びとめようとしたがオオカミたちの姿は
尾根向こうに見えなくなっていた。風だけが吹いてい
た。
 山岳部の全員がユカリを見ていたがチャータという
言葉がまるでオオカミ除けの呪文のようにオプタテシ
ケの山麓に木魂して行ったので、ユカリにそれ以上意
味を確かめる人はいなかった。
 やがて山岳部のパーティーはオプタテシケの山頂目
指して再び歩き出した。一時間後山頂でテントを張っ
たパーティーの北大生たちは、食事をつくることに一
生懸命で栗毛の母子オオカミのことなどすっかり忘れ
ていたが、吉田OBと松本ユカリだけは不思議な想い
出の渦が胸の中で逆巻いているのを消すことはできな
かった。
 あれは、本当にチャータだったのか。
 そしてあれは、本当にオオカミだったのだろうか。

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