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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

おやつ手帖のフォトアルバム

2010年08月13日 | 味わい探訪

シーちゃんの力作が二年間分詰まっている
フォトアルバムのPART1です。
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さすらいー若葉のころ29

2010年08月13日 | 投稿連載
若葉のころ 作者大隅 充
      29
金田一温泉の春は、勢いよく訪れて森に活力と
精気を漲らせて瞬く間に夏へとバトンタッチをす
る。沢の雪が音をたてて無くなると川を豊かなロ
ングスカートにしてドコドコと水嵩を増して流れ
て行く。フキノトウやカタクリの赤い花が山の斜
面に群生している黒い腐葉土を私は踏む。
 一年でこの季節がいちばん好き。いつもスター
トラインに立つ長距離ランナーのような気分で私
はこれから走る道のりをワクワクしながら夢想す
る。今年はじめて春の折爪岳を登る。首筋を抜け
てゆく風が気持ちいい。帰り折爪キャンプ場の管
人の高島さんに会う。山開きの六月はすぐですね
と愛嬌のある笑顔で挨拶すると尾根道を背負子に
山菜をいっぱい積んで降りて行く。春は短いなと
一人で呟いてみる。高島老人の健脚はみるみる尾
根下へ小さくなる。私のケイタイにメールが入っ
たのはそのときだった。トミーからだった。
「今カンボジアにいる。心配しないで。パートナ
ーの借金が済んだら日本に帰る。トミー。」
添付された写真はアンコールワット寺院のようだ
った。返事をすぐに出したが返信してこなかった。
それきりだった。でも元気であればいい。
そうあきらめた。
 やっと訪れた春もあれこれと準備運動とダッシ
ュを繰り返しているうちにすぐに水田に青々とし
た稲穂のゆれる夏の季節になる。私の肌は白すぎ
てほおって置くと真っ赤に火脹れしてしまうので
できるだけ涼しい麻の長袖を着なければならない。
この時期は待ち遠しかったけど厄介な季節だ。
 しかも6月の梅雨の季節が終わると我が家の本
業であるペンションの営業の準備がはじまる。各
部屋のリネン類のクリーニングは私の担当で、カ
ズマは、議会の合間をぬって雨樋や屋根の修理を
毎日トントンと鉄鎚を使って忙しく汗だらけにな
る。
 七月の学生の夏休み合宿から個人客まで目が回
る忙しさで私は、修理から戻って来た愛車のフィ
ットで国道沿いの野菜や魚の朝市に出かけてゆく
のが日課になる。まだペンションの団体客が訪れ
るまで一週間の凪のような静かな猶予の期間にあ
たるこの七夕の頃私は、久々に八戸まで新しいエ
スプレッソマシーンを電気店に受け取りに出かけ
た。
 一か月前から予約してイタリアからインポートし
たもので午前中に電気店に車で着くとすぐに店員
が搬出してくれてフィットの荷台に紐で固定して
くれた。
 こちらはそれを見ているだけで思ったより早く
作業が終わったのでお昼を港のフレンチレストラ
ンで摂ることにする。たぶん来週になったら、八
戸にも盛岡にも出て行く余裕はなくなるだろう。こ
のボートハウスのような洒落たレストランでタラ
のムニエルとエビとクレソンのサラダのランチを
ゆっくり時間をかけて一人で食べてできれば、駅
前の美容院で髪の毛も整えたい。
 午後一時半。私は、店を出て駅の美容院へ行こ
うと車に乗ってバックミラーで口元をチェックし
ようと身を乗り出して覗いたとき、ふいに目の前
の青い海が飛び込んでくる。私は、いままでしっ
かりとカギをかけて重い蓋をしていた「海難事故
」という四文字と「輪竹龍彦」という四文字が何
の許可もなく私の前に滲み出てきた。
 あの事故のあった日と同じようにウミネコが群
れで低空飛行して頭の上で鳴いている。私は、美
容院へ行くのをやめて船着き場へハンドルを切っ
て、気が付いたら港湾宿舎の前に来ていた。
 もう決して触れないでおこうとした想い出の場
所に来てしまった。あれから三カ月が経って調査
船の引き上げで13名の遺体が見つかったがまだ
7名は海の底であり、輪竹さんもその不明者の中
に入っていた。
 私はテレビのニュースで船の引き上げを見たが
見守る乗組員の家族ということで由香が母親とい
っしょに桟橋に泣き崩れていたのを目撃した。で
も私はむしろ輪竹さんの遺体が見つからない方が
いいと密かに思っている。まだこの太平洋のどこ
かにいる。あの人は、ロビンソンクルーソーのよ
うにイカダで無人島に流れ着いている。そうして
その島の植物や動物の生態をノートに記録して、
外洋の船が通りかかるのを待っている。私はまじ
めにそう思う。あの人は死んではいない。私が待
っているようにあの人も私に再会するのを待って
いる。それがいつになるか。もしかしたら生きて
いるうちに会えないかもしれない。
 でもいいの。あの人が無人島で生きていてくれ
れば、それでいいのだ。
 私は、無意識に車を降りて宿舎のポストの前ま
で歩いていつものように輪竹さんのポストを触ろ
うとしていた。しかし今同じ場所には「輪竹龍彦
」の文字はなく、剥がされたシールの白い千切れ
カスがあるだけだった。
 あの人はもうここにはいない。でもどこか生き
ている。きっと生きている。
 何か足元で動くものがある。見ると大きなフナ
虫だ。郵便ポストのある壁を這って私の股の間を
通って桟橋の方へ移動していく。私は鳥肌がたつ
と同時に子宮が熱くなるのを感じる。フナ虫はポ
ストの裏に隠れて人間の気配で海へ逃げ出した。
帰るべき桟橋の波へまっすぐ戻って行った。フナ
虫は正直だ。とても素直に生命の掟に従っている。
 私は、我に返って駐車場にいくとフィットのエ
ンジンをかける。もう決してこの港湾宿泊所への
巡礼はしないと誓う。
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