さすらいー幽霊屋敷5

　幽霊屋敷　作者大隅　充　　　
　　　　　　　５
　ここでどうしても深田あかりさんにまつわる二人のタツ
ヤのことを話しておかないといけない気がする。
清水沢小学校のみならず夕張で深田あかりという１２歳の
女の子がミス・メロンジュニアに選ばれてからどれだけ街
の注目を集めたか。そのいい証拠が今でも北海道だけで流
れているサンタ製菓の生キャラメルのテレビＣＭだ。霧の
支笏湖で赤いワンピースに花柄のベストを着てバイオリン
を弾いている髪の長い少女が深田あかりさんで、最初に見
たときはあまりに大人びてスイスかフィンランドでロケさ
れたもので外人モデルを使って、サンタ製菓もずい分お金
をかけたＣＭをつくったものだと誰もが思った。
だってそれまでゆるキャラの白熊くんの縫ぐるみで踊って
いるだけのダサいコマーシャールだったのに、どうしたの
ってぐらい格好いいコマーシャルになっていたんだから驚
きだ。
しかもそれが僕たちの清水沢小学校の一年先輩のあの、深
田さんだったから余計にみんな驚いた。彼女は、シューパ
ロ湖に別荘兼アトリエをもつ画家のお父さんと元オーケス
トラのバイオリン奏者のお母さんとの間に生まれた一人っ
子でこの炭鉱町に似合わない都会的なお嬢さんだった。
ガソリンスタンドの熊谷のタツヤお兄ちゃんの話だと、あ
かりさんのお父さんがここの出身で洋画家としては、結構
有名な人だということで北海道の森の連作で二年前に清水
沢にやってきた。一人娘であるあかりさんは、お母さんの
影響で音楽、それもバイオリンをずっとやっていて東京に
住んでいた時は、何回もジュニア・コンクールに入選して
いるらしい。音楽の時間は、
常に先生の代わりにピアノを弾くのが当たり前になってい
た。僕らは、下級生として学校の体育館や廊下ですれ違う
ぐらいだけど、いつも六年生のブス図書委員の樋口ナナと
一緒で人の悪口など言っているとこは見たことがなく、秀
人や僕などが帰り道に眼が合ったりしてついお互い先輩後
輩、お姉さんと弟という感じで笑みを交わしたりすると、
ブスナナがダメよ、あかりちゃん。あんな子供と眼が合う
と眼が腐るから、とか言ってぷいと通りすぎるのに深田あ
りさんは恥ずかしそうに微笑んで子犬のように首を傾けて、
ごめんねとか、そんな言い方悪いわとかの、僕ら下級生に
対して優しいテレパシーを白いうなじから放って行ってし
まうようなことが何回もあった。
だから先生や大人もみんな彼女の虜になってしまうんだ。
タクシーの運転手をしている僕の父ちゃんも、今日深田
画伯のお嬢さんを乗せたけど、なんかいい匂いがした、と
か隣町の農協の松島のオバサンがうちの娘にも深田さん
のお母さんのバイオリン教室に通わせたいとか言って清水
沢ダム近くのあかりさんの家まで押しかけて来たりした。
そして小学校だけでなく遥か夕張北の中学生までが、
ああ。あれがテレビに出てるあかりか、とか言ってわざ
わざ電車に乗って清水沢小の校門で帰りを待ち伏せして
いて野村先生に追い返される騒ぎがあった。
それが奥田タツヤ事件と言われる夕張スキャンダル
だった。実は、この待ち伏せは初めてではなくその一週
間前に清水沢駅の改札で札幌でのバイオリン発表会の帰
りのあかりさんを待ち伏せて付きまとう騒動があったと
情報通のヨッチンから聞いていたのでこの小学校校門待
ち伏せ事件で野村先生が警官まで呼んで悪タツヤを派出
所に連れて行ったというのもすぐに納得がいった。
そしてこの腹いせで四日後僕らや秀人が夕張駅で悪タツ
ヤに殴られるという清水沢の連中への復讐という形にな
って返ってきたのだった。
まあ、ヤンキーの奥田タツヤにとって殴る口実なんて何
でもよかった。秀人のあかりさんへの愛の告白なんて本
当は小さくて微笑ましくむしろ惨めな小ネタでしかない
のだけれど小さい噂でも殴るネタには充分になった。
ヤンキーにとってケンカの理由はどうにでもなるもんな
んだ。
だから悪タツヤがあかりさんへの想いの通わ無さと警察
沙汰になった腹いせは、秀人の鼻血とブクブク泡吹きの
癲癇となって結実した。
一方地元の二十歳になったばかりの善いタツヤこと熊谷
のタツヤ兄ちゃんは、深田あかりを守る会会長を日ごろ
から自認していて、スタンドの客からその奥田タツヤ事
件の話を聞いて黙っていられなくなってその日の内に、
１５歳の夕張北中の奥田タツヤのコメカミに痣ができる
ほどの一撃を喰らわして、あかりさん待ち伏せスキャン
ダルとメロン城帰り秀人襲撃事件のオトシマエをつけて
くれた。

江戸の和三宝~シーちゃんのおやつ手帖87

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