底抜けに元気がよかったおっちゃん、開高健の「知的な痴的な教養講座」(週刊プレイボーイ特別編集・講談社)と、斜に構えた皮肉屋、西部邁の「人生読本」(プレジデント社)、不釣合いなふたりの著作を読んでいる。開高を読めばアグレッシブになれるし、西部を読むといくぶんか知的な気分になれるから不思議だ。
叱られることを承知で、今日はカノ女とのデートを早めに切り上げた。読書の続きがあるのだ。長い付き合いになると先方も承知で、デート中にイライラされるよりはましらしい。今日も見逃してくれた。感謝、感謝である。
「人生読本」を読む。西部はその俗っぱさに自らが照れ笑いを浮かべながら執筆したことだろう。「ま、これも生活のためですからね。」とかなんとかつぶやきながら・・・。
10年ほど前に西部の講演会を聴きに言ったことがある。主催は確か、かなり愛国的な団体(?)であったと記憶している。
「国家について考える」とかいうシンポジュウムの講師兼メインゲストとして登場した彼は、「保守的な考え方とは何か」について淡々と講演した。深い学識から導かれる論調には、著作と同様に、固有の知的な誠実さがあった。
(それにしても彼が、テレビで見た印象よりもかなり小柄であることに驚いた。)
ストイックな西部は、1039年生まれで健在。
ふと、ページをめくって戻ると消えていました。
思い間違いでしょうか?
突然の訪問すみません。
お話に興味が湧いたもので、覗かせていただいていました。
記事を書き加えて行くうちに、
開高と西部を分けた方がいいのじゃないかと思い至り、
記事を二分割しました。
ですから、次の記事で「孔雀の舌」がでてきます。
読んでいただいている方が殆どいないという前提なので、
勝手に記事を書きかえることも多々あります。
これに懲りないで、
たまにはここにも寄ってくださいね。
宜しくお願いします。