旅路(ON A JOURNEY)

風に吹かれて此処彼処。
好奇心の赴く儘、
気の向く儘。
男はやとよ、
何処へ行く。

記憶

2006年02月04日 01時04分23秒 | Weblog


網野善彦さんについてネットで調べてみました。彼の著作にあたれば、わたしの素朴な疑問にかなり的確な回答が得られそうです。ああいう切り口なんですね、われわれ素人に理解しやすいのは。

学者先生の手法というものはいつの時代も似たようなもので、何百年か後には現在のサラリーマンたちは、「企業という名の強制労働装置にあって、市民は奴隷並みの強制労働を強いられた。職場を放棄するとホームレスという名の放浪者となった。また、自殺に追い込まれる者は例年2万人を越えた。後世の歴史家たちは、当時サラリーマンと呼ばれたこの階層を社畜と称して、企業家たちによる非人間的な扱いを批判的に捉える。社畜たちに名目的な自由は与えられたが、後の知値社会の到来によって市民が勝ち得た本源的な自由とは全く異質な、古い概念でいう所の素朴な自由に留まった。」このように評価されるだろうと思います。

その反面で現代人が、封建時代の王侯貴族、大名や旗本たちを上回る消費生活に明け暮れていたなんて・・・。網野善彦さんが言うように、歴史学は根本的なところを問い直されて然るべしだと思います。濫読ですし本の整理をここ5年ほど怠っているものですから、なんともいえないのですが、思い起こせば網野善彦さんの名前は記憶の片隅に残っています。「日本社会の歴史」上中下 岩波新書 あたりがどこかのダンボールの底で眠っているような・・・。いずれにしても、統治者側からみた歴史ではなくて、民衆の側からみた歴史(それこそ歴史の名に値するものかどうか?)に興味津々です。

ここまで書いて突如として記憶が蘇りました、わたしが好きなリゾートホテルが山口県の周防大島にあります。その島に(といっても現在は橋で本土とつながっています。)最近、宮元常一という民俗学者の資料館でしたか、記念館でしたかが建設されました。「忘れられた日本人」の著者です。それを記念して新聞が宮本常一のことを相当書き立てました。その中にあった民衆史という言葉が引っかかりました。わたしにとってはきっと、その記事が種記事?なのでしょうね・・・?詳細については忘れてしまいました。宮本常一の考え方のみが記憶のどこかに残っていたものでしょう。