塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

豪快な遊びはもうおしまいなのか

2017-12-14 01:37:21 | 日記
 日本経済新聞の最終面にあるコラム「私の履歴書」、今月は江夏豊氏が執筆しています。

 僕はサッカーほど野球に精通していませんが、いつも日本プロ野球最高の左腕は江夏さんだと感じており、このコラムを毎日楽しく読んでいます。

 大先輩である金田正一氏からオールスターの際に

 「ブルペンで先輩が投げる仕草を見て研究しろ!」

 と指摘されたエピソードは、サッカーにも通じますよね。

 味方であろうが敵であろうが、この人の技術は取り入れるべきと思う選手がいるならば、真似をする、映像を取りよせる、極論、教えを請うために自分から近づいてゆく、これらの気持ちが自分を成長させる大きな原動力になるわけですね。

 ジュビロが中村俊輔を獲得したのはこの一例でしょうが、興味深いのは中村自身が

 ジュビロでやれている充実感を認めている
 名波監督という大きな存在

 で、新たにサッカーへの造詣を磨いている点でしょうか。

 江夏さんは毎月の給料と契約金をおふくろさんと、お世話になった鉄工所の親父さんに渡し、遊ぶ金は勝利ボーナス20万円で賄っていたそうですが、貯金はせず、遊んで使いはたしていたそうですよ。

 選手は勝てばとんな金の使い方でも称賛される
 しかし、無様な試合を見せれば強烈なヤジと批判が待っている

 ことを、当時の選手たちは皆知っていたはずです。

 勝てばこんなに格好良い車、背広が買えて、美味い酒と料理を存分に楽しめる
 野球選手はこんなに格好よいものだぜ

 という心象を、身銭で体現していたわけですが、この心意気を我らがキング・カズが今実現していると思います。

 今は風紀が厳しく、選手たちが少し羽目を外しただけで大きな批判になりますが、昭和の時代の無頼とも思える選手や遊び、僕は間もなく終焉となる平成の時代に合っても良かったと思います。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« クラブ・ワールドカップ、南... | トップ | お金がある事で生まれる心持ち »

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事