塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

馬鹿な事柄と思える事、相手への希望事項

2015-05-02 00:29:55 | 日記
 皆さんも妻、夫、交際相手に

 「これだけは尊重して欲しい」

 と思う事柄があるでしょうね。

 サッカー好きならば観戦と、いくらかのファングッズ購入費用は大目に見て欲しいでしょうし、交通費もばかになりませんから、様々な形で工夫していると思います。

 僕の場合ですと

 「同じ題名の本を、複数買う事」

 かもしれません。

 実行に移してはいませんが、海外名作の翻訳は版権を複数の出版社が所有していることがあります。

 例えば僕は「グレイト・ギャツビー」を、まずは新潮文庫版で読み、今は村上春樹さんが手掛ける中央公論版で読み直そうとしています。

 これは3日、南長野に出向く際のお供になるのですが、違う訳者による文章の違いを感じること、多角的な視点を持つ事は、読書でもサッカーでも実生活でも役に立つと想像しています。

 一番きついのは

 「もう同じもの持っているよね」
 「馬鹿じゃないの」

 と、自分の考えを全否定されることですが、まずは下手な口出しをせず、傍観してほしいものです。

 サッカーが様々な角度から俯瞰してみることで、今まで見えなかったものが見えてくるように、実生活でも視線を磨く事は必要のように思う、というのは僕の強がりでしょうか。

 でも本を読まない方からすれば、書棚に同じ題名の本が数冊ならんでいるのは奇妙でしょうし、単なる好奇心で
 
 「同じ本一杯あるねえ」

 えお尋ねるかもしれませんが。
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現実か、それとも夢うつつか

2015-05-02 00:18:05 | 日記
 夏目漱石の代表作である草枕。

 その冒頭分は非常に有名ですが、その中に

 「意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世はすみにくい」

 という箇所があります。

 サッカーも同様で、監督が自分の戦術を最後までまかりとおすのか、それとも現実を見据えてスカッドリストに見合った物に改善するのか、監督の胸の内は苦しいでしょうね。

 例えばチェルシーで言いますと、ヴィラス・ボアス就任時のチェルシーは、モウリーニョ政権とは異なる

 「いライン設定」
 「フルバックはボールロストに陥った際、ラインに戻るのではなく、前からプレスをかけることで攻撃に素早く移行する」

 事を定義にしました。

 でも、この戦術は思うように浸透せず、フルバックも前線からプレスをかけず、従来通りラインに吸収する形になり、ヴィラス・ボアスの概念は簡単に崩れてしまいます。

 つまり、そもそもヴィラス・ボアスが描く戦術を遂行するための資質が、選手に備わっていない面があったわけです。

 ですからヴィラス・ボアスは

 「ポルトの戦術をそのまま移行
 「現在のチェルシーに見合う策を新たに練る」

 という2択があったわけですが、彼は信念を貫く形をとります。

 彼がモウリーニョの下で研鑽を積んだことは有名ですが、モウリーニョはより現実を直視します。

 シェバとバラックが同時加入した2007年も、既存戦力と両名がそう噛み合わないことを感じていたでしょうが、4-3-3を経て4-3-1-2を採用することで、

 「新戦力は使っていますよ」

 という周知させることはできました。

 彼もその年でチェルシーを追われるわけですが、その4-3-1-2でインテル初年度にスクデットを獲得したわけですから、彼はアブラモビッチに感謝すらしたかもしれません。

 (参考資料 双葉社 欧州サッカー批評6号)

 
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鉛筆の芯とサッカースパイク

2015-05-02 00:07:47 | 日記
 僕は物を書くとき鉛筆を用いますが、HBだと書着心地がいささか固く、Bになると柔らかさを覚えます。

 鉛筆と言っても様々で、僕は家に眠っているものを探して使うときもあれば、コンビニで3本セットで売られている物を買う時もあります。

 日本ではトンボか三菱、ぺんてるが買い求めやすいですが、ファーバー・カステルの鉛筆は最高峰として知られ、一種の憧れを抱かせる名品ですね。

 たかだか鉛筆、されど鉛筆。

 そのグリップやデザインは様々であり、僕が3本セットで買うトンボ鉛筆は色が緑で、買う旅に

 「山雅の色を買ってしまった」

 とひとりで苦笑しています。

 僕はサッカーは未経験ですから、スパイクの履き心地、スタッドを固定式か、取り返え式かで悩んだことはないのですが、この鉛筆問題は、サッカーで言うスパイクのスタッド問題に通じると感じます。

 例えば試験問題がマーク式ならば、Bや2Bのように機械が鉛筆跡を読み取りやすい方が良いですよね。

 一方Hのように固めの芯は、デッサンや模写の時に役立ちますかから、美術の授業ではこれらを用意するよう、先生から指示があったことを覚えています。

 サッカースパイクもブランドによって履き心地は異なりますし、取り返え式と固定式では前者はピッチに柔軟に対応できるでしょうが、扱いは後者の方が簡単なのでしょう。

 アディダスがF50を初めて市場に投入した際

 「自分でスパイクをカスタムできる」

 という謳い文句がありました。

 広告にはジブリル・シセ、中村俊輔が起用され、プレデターと共に2006年ワールドカップに向けての主力商品となりました。

 何事も自分で使い判断する。

 それは鉛筆でもスパイクでも何ら変わらない出来事と言えます。
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