月光院璋子の映画日記

気ままな映画備忘録日記です。

フィラデルフィア

2008年03月24日 | ◆ハ行&バ・パ・ヴ行
この『フィラデルフィア』は、社会派映画のお好きな方、あるいは、
トム・ハンクスのファンには名作の誉高い作品ながら、
初めてこの映画を観たときのわたくしの感想は、

「この脚本家は、泣かせどころを心得ている書き手だわ」

というもので、脚本に対して不満が残りました。

ロン・ナイスワーナーという脚本家で、
映画『旅立ちの季節 プリンス・オブ・ペンシルバニア
がデビューの脚本家です。

ペンシルバニア州の炭鉱町を舞台に、
家族の崩壊に傷つき悩みながら成長してゆく繊細な少年の姿を描いた映画でした。

本作はそれと同じラインだというのが観終えたときの感想で、
撮影を担当したカメラマンに対しても少なからず不満が残ったわたくし。

正直なところ内容に対してさえも、
同性愛に対し昔から違和感がなかったせいか、

「なぜ差別という原罪を問うのに、
 エイズで死んでいく青年を取り上げねばならないのか」

という個人的なリアクションが出てしまった映画でした。

個人的な感情のレベルでのリアクションなれど、
イマイチ不満が残された映画だったのです。

だから、トム・ハンクスの恋人のミゲル役が、
アントニオ・バンデラスだということにも
気づきませんでした。

エイズが社会的な問題となった頃の映画ということもあるのでしょうけれど、
アメリカと日本とでは問題になる背景が異なるという意識が大きくて、
そうしたどうでもいいことに囚われて、
映画を表層的に観て終わってしまっていたことに
今回初めて気づきかされました。

映画の中でエイズに感染し法律事務所を解雇されたトム・ハンクスが、
不当解雇の理由は差別であると糾明すべく原告となった裁判でのシーン。
原告側の弁護士役のデンゼル・ワシントンが、
雇い主たる被告人に質問をする場面、
以前観たときの記憶として、
ここが印象深く残っていたのですけれど----

原告と公私共に信頼を寄せ合うような交流のあった被告は、
証人席で語り始めます。
輸血時の感染や血液製剤などで感染したエイズ患者に対しては
厚い同情心を示す人物ながら、
自分の行いによって感染した同性愛者に対しては
異様な怒りと反発心を抱いており、
被告は、弁護人からの質問に対し次のように語っていきます。

いかに同情すべき症状の患者であっても、
それは人間としてどう生きるかのルールに
違反した行為で感染したのだから、自己責任だと。
いわば、自らが蒔いた種なのだから、
自分で刈らねばならないのだと。

「そのルールとは何か」

「旧約新約の両聖書だ。そこに書かれている」

アメリカの中枢、アメリカ社会の中枢にある
エリートであるWASPの社会通念、良心、信心が
どこにあるかがその一語で表されていると
当時のわたくしは思いました。

いわば共和党的理念でもあるアメリカ社会の指導層の理念。
感情面では被告に対し心揺れる被告にとって、
原告のトム・ハンクスはもはや価値を共有する守るべき仲間ではないのです。
彼には裏切られたという思いさえある。
同性愛者のエイズ感染はいわば天罰だという考えで、
被告の内面も相当に葛藤が生じています。
ジェイソン・ロバーズのような重鎮じゃなければ、
とてもやれない役柄でしょう。はまり役でした。

日本でのエイズ問題ではそうした背景はあまりなく、当時は、
らい病患者に対する偏見と差別に近いものがありました。

政府とらい病患者の方たちとの和解がやっと成立するような社会ですから、
こうした映画によってエイズに対する誤解や偏見も減っていくなら、と。
エイズ患者に対し為されていた不当な差別がなくなるなら、
それを期そうというのが、当時のわたくしの、
正直な映画を観終えての感想でした。

何という浅薄な感想だったかと。 

これだから、映画は怖い。
以前観た映画でも再び観ると、こうも目から鱗----
当時の思い出を懐かしむどころか、
まさに自分を省りみる鏡になってしまう。


泣かせどころを心得ていると申し上げた脚本家への不満も、
皮相なものだったと反省しきり。

なぜ、映画のタイトルが『フィラデルフィア』なのか、
その名がギリシア語で「兄弟愛」を意味し、かつ、
その街がアメリカ合衆国の最初の首都だったことも偶然ではなく、
作品の内容と深く深くリンクしていることに、
不覚にも今回初めて気づかされた次第です。

実は、この映画『フィラデルフィア』を観るまで、
わたくしはトム・ハンクスという俳優を知りませんでした。

当時、

≪エイズで解顧された新進気鋭の弁護士とエイズ恐怖症の黒人弁護士男の2人が、
差別と偏見という見えざる敵に闘いを挑む社会派ヒューマン・ドラマ≫

ということでこの映画を観たわたくし-------
監督はジョナサン・デミですが、「羊たちの沈黙」でブレイクした監督です。



朝方に映画を観終えた後、
いろいろの思いが重なりないまぜになり感極まって、
熱い涙を流してしまいました。

映画の中でデンゼル・ワシントンが法廷対策を話し合おうとした夜に、
トム・ハンクスが流した音楽に胸を揺すぶられるシーン、
それがジョルダーノのオペラ『アンドレア・シェニエ』であること、
死の床で彼が流す音楽がそれであったことで、
ああ、この映画はここまで深く深く愛を問う映画であったのかと打たれ、
感極まってしまったわたくし。


この映画『フィラデルフィア』は、
まさに現代のアンドレア・シェニエを主人公とする物語。

フランス革命で断頭台で死んだ詩人が、現代の法廷闘争で、
弁護士ながら原告となりエイズで死んでいく物語だったのです。

愛について感じ入りたい方、
同性愛、異性愛を問わず、性愛を伴う愛について
じっくり考えてみたいという方にお勧めしたい映画です。 



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