ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



信仰って大事だって、よく説かれてると思うんだけど、なんで大事なのかな? って疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『繁栄の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 人間にもいくつかの本能がありますが、そのなかに信仰の本能というものがあると思います。(中略)
 「信仰の本能」という言葉は非常に変わった響きを持っているかもしれません。しかし、人間と動物の大きな違いは、信仰の本能の有無にあるのです。
 動物たちは、人間以上に鋭敏な感覚を持っています。人間は、犬ほどの嗅覚も、コウモリほどの聴力も、ある種の鳥ほどの視力も持っていません。
 感覚の能力だけを比べれば、人間は動物にかなわないでしょう。この世にあるものを感知する機能においては、人間は動物よりも劣っていると言えます。
 しかし、人間が動物よりも明らかに勝っているのは信仰の本能の部分です。
 信仰の本能とは、「目に見えないものを信じ、理解し、それに基づいて行動することができる」という性質のことです。何を信ずるのかといえば、伝統的には、「仏」や「神」という言葉で表わされるもの、すなわち「仏神」です。「仏神を信ずることができる」という点こそ、人間が動物よりも優れている部分なのです。(中略)
 みずからの本能を忘れたならば、動物は本来の使命を果たせません。
 たとえば、ニワトリが卵を産まなくなったならば、どうなるでしょうか。あるいは、サケが自分の生まれた川を遡上できなくなったり、クマがサケをとることができなくなったり、フクロウが夜に目がきかなくなったりしたならば、どうなるでしょうか。大変なことになるでしょう。
 人間も同じです。人間が人間である理由は、「五官で感知できるもの以上の尊いものを理解し、それに基づいて行動できる」という点にあります。この本能が人間を人間たらしめているのです。
 しかし、現代においては、この本能を失った人びとが大量に出現しているのです。彼らは一種の新人類なのかもしれませんが、ある意味では、〝退化した人類〟と呼ぶことも可能でしょう。
 そういう人の数はだんだん増えてきていますが、本質において、人間から猿に向かって退行する〝類人猿化〟のような動きだと思います。
 信仰を持たなければ、人間は動物とあまり変わらなくなってしまいます。人間を動物として見たならば、それほど強い動物とは言えません。(中略)肉体だけをとってみれば、人間は動物よりもはるかに軟弱です。
 しかし、人間は動物と違って、高度なものを信じ、それに基づいて生き、ユートピアという、目に見えない価値をつくり出すことができます。だからこそ、人間は尊いのです。
(128~131ページ)

なにか小手先のとして信仰が大事なんだと言ってるわけじゃなくって、もっともっと根本的な話です。

信仰は人間の本能なのだ。

信仰をなくしてしまったら、人類としては退化しているのだ、と。

だからこそ、この信仰を、人間を動物に優る尊いものとしているこの信仰を、現代人が取り戻すのはとても大切であると腑に落ちる気が私はしているのです。

 

『繁栄の法』

大川隆法著

 

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