ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



日本の信仰って「アミニズム」が強いって聞くけど、なにかいけないの? 富士山みたいな壮麗な山とか、吉野川みたいな大河に自然に手を合わせたくなるって、ごく自然な感情なんだから、それでいいじゃないのよ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『奇跡の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 日本では伝統的に、山岳信仰や川への信仰などの自然崇拝があり、また、稲荷信仰や猿神信仰、犬神信仰などの動物信仰があります。
 世界の宗教を研究してみると、いまでも原始的な生活をしているような種族は、こうした信仰を持っています。(中略)
 確かに、自然のなかに精霊が宿っていることは事実なので、このような信仰も否定されるべきものではありません。しかしながら、それはあまり高度なものではないということも知っておく必要があります。
 西洋から見ると、日本的な宗教観には、この点に問題があるのです。
 西洋における神とは、人間に似た姿と思考形態を持った人格神です。『旧約聖書』や 『新約聖書』に出てくる神は、明らかに人格や性格を持ち、考え方を持っています。そして、「これが正義である。よって、これを実現せよ」「これは悪である。よって、これをなしてはならない」と説き、悪をなした者に対しては厳しい裁きを下し、罰を与え、善をなした者に対しては相応の処遇をします。
 このように、西洋の宗教には明確な価値観があり、人間に似た姿を持った人格神が教えを説いているイメージがあります。西洋の神は人格神であるがゆえに、言葉があり、考え方があり、教えがあるのです。
 これに対して、アニミズムとは、「自然そのものが神である」という考え方です。このような考え方で生きることも可能ではありますが、ただ、それでは原始生活から一歩も抜け出すことはできません。アニミズムは、要するに原始返りを勧める思想なのです。
 自然環境と共に生きていくことも大事ではありますが、アニミズムでは、永遠に同じ世界を転生輪廻する「永劫回帰」の世界になってしまいます。自然と共に生きる生活、同じレベルの生活を、何度もくり返すだけになるのです。
 このような生き方は、人類史においてはけっこう長い歴史を持っています。しかし、文明というのは、そこから抜け出したときに生まれるものなのです。人間が自然から抜け出し、智慧にもとづいて、人工のもの、新しいものを創り出すことによって、文明は創られてきたのです。(中略)
 日本には、明確に人格神を肯定する思想は少ないのですが、あえていえば、仏教思想がそれに当たります。仏教は明らかに人格神思想であると言ってよいでしょう。
 もっとも、仏教では「神」ではなく「仏」と言いますが、仏という字に人偏が使われているとおり、仏教は実在した人が説いた教えです。その教えにもとづいて、人々が努力し、勉強してきたのです。実在した人間が神格化したものが仏教の信仰形態なのです。
(205~209ページ)

自然に精霊が宿るという事実からは否定されるべきではない、日本の伝統的な自然崇拝や動物信仰は、要するに原始返りを勧める思想にすぎないが、文明はそこから抜け出したときに生まれる。

西洋における神とは人格神であり、明確な価値観があって、言葉があり考え方があり、教えがある。

仏教の信仰形態は、日本における人格神を肯定する思想である──。

仏教というのは、本来、人格神思想なのであって、とても高度な教えを説いてきたわけです。

だからこそ、たとえば日本神道の司祭長の立場にあるはずの天皇が、しばしば仏教に帰依したという歴史があります。

またたとえば、神道と仏教が一体化して(「神仏習合」)、神道の枠組みのなかで仏教の教えが説かれることが古来から行なわれてきたのも、やはり史実であるわけです。

日本の伝統的なアニミズムと、高度な仏教思想との関係について、今日のお教えで、とても納得できた気が私はしているのです。

 

『奇跡の法』

 大川隆法著

 

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