ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



あの人が死んでしまった。会社が倒産してしまった。難病で入院することになってしまった──。これまで順調な人生だったのに、なんで今、こんな理不尽なことが起きるの? なんて、深刻な悩みを抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『不動心』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 人生における嵐の渦中にあると、「なぜ自分がこうした苦悩や災難のなかにあるのか」と思うものです。しかし、そのなかにも何らかの学びがあることは事実です。また、それが人生の砥石であることも事実なのです。
 みなさんは、平安な日々、心穏やかな日々を欲するでしょうが、人生を閉じるにあたって、自分の一生を振り返ってみたとき、自分の人生が、何の波風もない平凡で平坦なものであった場合、それで満足でしょうか。「いい人生だった」と思って死んでいけるでしょうか。
 実は、波乱万丈のなかを切り抜けていくとき、魂は光り、喜びが増えていくのです。苦難や困難と対決しているさなかは確かに大変ですが、そのなかにいろいろな味わいがあります。そして、人間がひと回りもふた回りも大きくなっていくわけです。
 私は苦難や困難を礼賛するつもりはありません。しかし、そのなかには、人間を大きくするものがあることも事実です。これは無視できません。
 平凡な日々のなかでは、人間が大きくなっていくことはないのですが、苦悩に引き裂かれそうなときに、それを乗り越えていくことによって、大いなる自信が生まれてくるのです。
 賢者と言われる人の生き方の秘訣は、「どのような経験からも、どのような人からも、貪欲に学んでいこう」とする姿勢にあると思います。
 ある一面だけをとってみれば、どのような聖人よりも優れているという人は、世の中にいくらでもいるのです。孔子は立派な人でしたが、孔子にはできないような素晴らしい技が発揮できた人もいるだろうと思います。
 また、悪人のなかにさえ、学びの種があるのです。たとえば、悪人と言われる人のなかにも、他人の面倒見のよい者がいたりします。
 このように、人生というものは、「経験からどれだけ学べるか」ということを、仏から宿題として与えられているのです。
 人生に変化があればあるほど、起伏があればあるほど、学びの糧が数多くあります。そこからどれだけのことを学ぶか、見いだしていくかが課題なのです。
(47~49ページ)

愛する人の突然の帰天も、大事な勤務先がなくなってしまうことも、自分の予想外の重病さえも、その「経験からどれだけ学べるか」、これが仏からの宿題である──。

苦難や困難と対決しているさなかにある方、大変だと思います。

でも、そのなかに実は味わいがあるし、仏からの宿題を片づけることで、私たちがひと回りもふた回りも大きくなっていく。

そんなときこそ、苦難や困難は人生の学びのための大切な機会なんだと自らに言い聞かせながら、まずは今日なすべきこと、今日できることを淡々とこなしていきたいものだと私は思っているのです。

 

『不動心』

大川隆法著

 

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