ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



私は、神さまや仏さまを信じてるし、あの世はあるって信じてるんだけど、うちの旦那って、無神論なのよね。どうにも変わらないし、いっそ別れてしまおうかしら? なーんて思い詰めてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『人生の発見 説法自由自在①』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 あなたの相手が無神論者だ、神を信じないというけれど、あなたは事実認定をしているのかもしれない。事実認定として、うちの夫は神を信じない、霊を信じないと言っているが、やはり科学的分析ばかりしていてはいけません。事実は無視して、夫がどれほどすばらしいか、どれほど神様に愛されている人間であるか、信仰を始める。それを“家庭教”といいますが、家庭教を始めて夫を、主宰神だと思って手を合わす。そうすると、相手も主宰神だと思われていると、だんだんそんな気持ちになってくるので、「俺は神様と違うかな。」と思い始めると、神様らしいふるまいをし始めるということがあるわけです。(中略)
 その信仰ということを始めてください。無神論者であろうがなんであろうが、ご主人を主宰神だと思って、手は合わさなくてもいいけれど、心のなかで思っていると、意外に神様らしくなってくるかもしれません。むこうが唯物論者なんだ、無神論者なんだ、あるいは、もしかしたら生まれてくる前の計画が間違っていたのではないか、こういうふうに思うということ自体が、そういう現象を招くことになってきます。そうではなくて、やはり相手のなかにある神性、神様の特質の部分を、声を出さなくてもいいから、拝み出す必要があると思います。
 ですから、信仰の世界、家庭教の世界に入って、ご主人は立派な方だとあなたが思い始めると、むこうは、そういうことがわかるあなたというのは、よほどの人ではないかと思って、あなたに関心を持ちます。「なぜそんなに俺が偉いことがわかる。」と思うでしょう。そして「じつはこんな仏法真理の本を読んでいる。」と言う。「それでおまえはこんなに立派になったのか。常識ができてきた。わしも読もうかな。」と、こうなるのです。
(72~74ページ)

唯物論者だ、無神論者だ、生まれてくる前の計画が間違っていたのではないかなどと思うということ自体が、そういう現象を招くことになってくる。

無神論者という事実は無視して、夫がどれほどすばらしいか、どれほど神様に愛されている人間であるかと、夫を主宰神だと思って信仰を始めて、夫のなかにある神性の部分を拝み出せばよい。

相手も主宰神だと思われていると、だんだんそんな気持ちになってきて、神様らしいふるまいをし始めるということがある──。

最初期の講演会での質疑応答ですので、そのときの質問者に応じる形の対機説法で、分かりやすく、そして、ユーモラスに楽しく説かれています。

要は、「心の法則」というのがあって、相手の仏性を信じることで(これを「拝みだす」と表現されています)、本当に、その仏性を実際に顕現させることができる、ということなんだと思います。

特に、縁が深い魂の可能性が強い配偶者には、この「心の法則」の応用には、お教えのとおり、やはり劇的な効果があるだろうと、改めて私は思っているのです。 

 

人生の発見 ―説法自由自在 1― (SUPER CONTACT 説法自由自在 1) 『人生の発見 説法自由自在①』

 大川隆法著


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