ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



お寺には出家して修行してるお坊さんがいると思うけど、やっぱり、出家しないと、悟りをつかむことってできないのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『釈迦の本心』(幸福の科学出版)で、「悟りの方法論」について、こう教えておられます。

 第一の方法は、修行を重ねつつ智慧を得、ある場合は、心の窓を開いて霊的現象を実体験しながら、認識力を拡大していくという道です。プロの修行者、プロの宗教家の道と言ってよいでしょう。(中略)
 第二の方法は、在家の修行です。これは、「この世に立脚点を持ち、三次元的な生活を送りながらも、心は仏法真理の世界に遊び、自分の余暇のすべてをつぎ込んで、自分なりに仏法真理の探究・学習・伝道に励む」という考え方であり、仏法真理の流布のためには、非常に大切な考え方だと思います。
 多くの人たちは、プロの宗教家になるところまではいきません。そのため、在家の修行というものも大事です。もちろん、在家の修行は出家の修行とは異なりますが、ある意味では、出家の修行よりも難しいところがあるのです。なぜなら、在家においては、仏法真理とかけ離れた日常生活が展開するからです。
 プロの修行者たちが修行に専念できるのに比べると、在家の修行者にはハンディがあると言わざるをえません。それは、砂地の上を走る状態、あるいは鉄の下駄をはいて走る状態と同じだと言えるでしょう。
 しかし、仏法真理とかけ離れた難しい世界のなかで、心を常に仏法真理に向け、修行者として生きていくのは、それだけの力がつくことでもあり、ある意味では非常に有利な立場にあるとも言えます。それだけ魂を磨く機会が与えられているということです。
 第三の方法は、悟りというものを多様なかたちに変化させながら、世の中に浸透させていくことです。第二の方法としてあげた在家の修行は、「職業は職業、仏道修行は仏道修行」と二分化して考えているのに対して、この第三の道は、悟りを宗教の世界から一般の世界に解き放つことを意味しています。
 すなわち、悟りそのものを求めるだけではなく、みずからが得た悟りを他のかたちに変形させながら、世の中に広げていくという手法をとるのです。みずからが学んだ仏法真理を、芸術や文学、思想、あるいは、ビジネス社会や家庭などの現実問題に応用して、多角展開していくということです。
 これは悟りの本道とは異なりますが、みずからの分を知った人間が、その範囲のなかで、みずからの悟りを実践していこうという生き方です。プロの修行者の道ではありませんが、多角展開としての、悟りの応用という道もあるのです。現実生活のなかに仏法真理を生かしていく実践を中心として、その経験を悟りとして身につけていくやり方です。
(228~232ページ)

幸福の科学にも、職員の方(「出家者」)は、本部や支部や精舎などにいます。

でも、大部分の人は、家庭で、会社の仕事の中で、専門家としての職業世界の中で、「在家」としての修行をしています。

その在家信者は、この世の生活を送りながらも、心は仏法真理の世界に遊び、自分の余暇のすべてをつぎ込んで、自分なりに仏法真理の探究・学習・伝道に励んでいます。

でも、このように「職業は職業、仏道修行は仏道修行」と分けるのではなく、もうひとつ、みずからが学んだ仏法真理を、芸術や文学、思想、あるいは、ビジネス社会や家庭などの現実問題に応用し、多角展開して、世の中に広げていこうと努力する在家修行の道もあるわけです。

うーん、幸福の科学の信仰の形態というのは、じつはかなりいろいろあるというのを、改めて認識した気が私はしているのです。

 

『釈迦の本心』

 大川隆法著

 

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