ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



ね、幽霊がさ、東日本大震災の被災地で、ものすごくたくさん、目撃されてるんだってね。あれって、どう考えたらいいの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『されど光はここにある』で、こう説いておられます。

 現在、亡くなられた方々に対しての慰霊が、さまざまに行われていますが、そうしたことについて、マスコミ等が、伝統仏教に従事する“プロ”の方々に質問することもあるようです。ただ、何一つ明確な答えは返ってこないのが現状でしょう。
 「亡くなった方々は、どうなるのでしょうか」「海岸で数多くの幽霊を見ることがあるのですが、どうしたらいいでしょうか」と訊かれても答えられずに、結局、「『幽霊が見える』というのは、その人にとっては事実なのでしょうから、心のケアが大事ですね」と言うことぐらいしかできません。
 これが、二千五百年後の仏教の姿です。“プロ”と称する方が、あの世の世界について説くことができないでいるわけです。(中略)
 一方、ある種の新宗教の団体では、「亡くなられた二万人近い方々は、みな観世音菩薩になった」というようなことを言っています。
 確かに、そういう言い方もあるのかもしれませんが、厳密に言えば、この言葉には嘘があるだろうと思います。それは、どう考えても、おかしいのではないでしょうか。もちろん、観世音菩薩もいたかもしれませんが、実際には、まだ霊的に迷っている方も大勢いるはずです。やはり、「震災で亡くなった方は、みな観世音菩薩になった」と言って、それだけで済ませるのは、残念ながら真理ではないのです。(中略)
 観世音菩薩が二万人近く亡くなられたのであれば、海辺に大量の幽霊が出たりすることはないはずです。(中略)
 先ほど述べたように、七割ぐらいの方は、生きていたときに、少なくとも、あの世の存在を十分には認識していませんでした。そういう「あの世はない」と思って生きてきた方が一瞬のうちに命を失った場合、死んだあとの世界については、まったく知識がないため、どうしたらよいかが分かりません。そういう状態が、現実には続いているわけです。
 ただ、その状態では、「自分はまだ生きている」と思っているので、「生きているけれども、どうしたらいいかが、まったく分からない」という状態にあることになります。
 また、生前、真理について、さまざまな経典を献本したりして、説得し、説教し、さまざまに話をしても、まったく耳を傾けなかった人の場合は、死んだあとも、自分の死を、まったく受け入れようとしないことがあります。
 「『意識がある』ということは、まだ生きているのだ」と思って、壊れた家や会社の周り、あるいは、亡くなった場所のあたりを徘徊している方も多いのです。死後一年ぐらいであれば、まだ、かなりの数の方が、そういう状況だろうと思われます。
 やはり、こういう方々に、生前、真理を伝え切れなかったのは、非常に残念なことです。
(79~83ページ)

死後のこと、幽霊などについて、何一つ明確に答えられないのが、二千五百年後の仏教の姿である。

亡くなった方のうち七割ぐらいは、生きていたときにあの世の存在を十分には認識していなかったため、どうしたらよいか分からない状態が続いている。真理にまったく耳を傾けなかった人の場合、自分の死を受け入れようとしない。

死後一年ぐらいであれば、まだ、かなりの数の方が、壊れた家や会社の周り、あるいは亡くなった場所のあたりを徘徊している状況だろうが、こういう方々に、生前、真理を伝え切れなかったのは、非常に残念なことである――。

私たちが「慰霊」を行なうというのは、どういう意味があるのか。

仏法真理を知る私たちが、これから何をしなければならないのか。

幸福の科学が、あえて仙台の地に「仙台正心館」を建立し、大々的に慰霊行事を行なっている意味は何なのか。

そのあたりが、ハッキリとわかるお教えの部分を、今日はご紹介してみました!
 

『されど光はここにある』大川隆法著


(↓ 更新の励みに、ブログランキングに参加しています。このアイコンを毎日1クリックすることで、応援していただけたらうれしいです!)
ブログランキング・にほんブログ村へ



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )