ウォーク更家の散歩 (東海道、中山道、日光街道、奥州街道)

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中山道を歩く(完全踏破の一人旅)

壱岐島(博多港と対馬の中間点の島)   2日目・観光午後コース 2015.9.8

2015-10-12 07:04:15 | Weblog

(写真は「猿岩」)
元職場の先輩である船橋在住”原人”さんの
「離島巡り:壱岐島」同行の2日目、観光バス
の午後のコースです。

壱岐島名物のウニ飯の昼食のあと、観光バスは、
島の最高地点・212メートルの「岳の辻」
(たけのつじ)へむかいます。

展望台の下には、上の写真の古代の”のろし”
(複製)がありました。

上の写真は、岳の辻からの眺望ですが、上部に
横に広がる3つの島は、大島、長島、原(はる)
島で、それぞれ100~200人が住んでいる有人島
だそうです。

ここからは、晴れていれば、対馬や佐賀の呼子
なども見渡せるそうです。



「岳の辻」の次に、島の最西端に位置する黒崎半島
へ向かいますが、途中で「鬼の窟(いわや)
古墳」に立ち寄ります。



「鬼の窟古墳」は、前室・中室・玄室の三室と羨道
からなり、17メートルもある大きな古墳です。




「鬼の窟古墳」から、島の最西端・黒崎半島の
「猿岩」へ向かいます。


自然の岩とは思われない程に、猿にそっくり
なのに感動します!

これまで、色々な観光地で、動物に似た「○○岩」
を見てきましたが、この「猿岩」は、飛び抜けて
そっくりです!
しかも、写真の様に、猿の頭の毛の部分には、
上手い具合に、木が生い茂っています。

この「猿岩」の隣に、上の写真の「黒崎砲台跡」
がありました。
昭和初期に、対馬海峡を通過する敵艦を砲撃する
ために造られたこの砲台は、直径15メートル、
深さ20メートルの巨大なコンクリート造りです。


当時の軍縮条約により廃棄された戦艦の砲台を
外して、ここに備え付けましたが、一度も使用
されることはありませんでした。

観光コースの最後は、黒川紀章の最後の設計作品
という「一支国(いきこく)博物館」です。
黒川紀章は、この博物館の完成を見ずに亡くなり
ました。





博物館の展望台からは、多くの遺跡が発掘された
という「原の辻(はるのつじ)遺跡」が見えます。



「魏志倭人伝」の中に出て来る日本の国の中で、
国の場所と王都が特定されているのが、唯一、
「一支国(壱岐国)」の「原の辻」だそうです。
館内には、大陸交流の架け橋となった「一支国」
からの出土品が多く展示されています。
また、原の辻遺跡のビューシアターやジオラマ・
ミュニチュア模型、長さ10メートルの実物大の
木造古代船の復元など、迫力があります。

また、発掘整理作業の様子を見学できる観察路、
など楽しめる企画もあります。


観光バスは、最後に、島の東海岸に向かいます。

東海岸には、台風18号の影響か、写真の様に、
大きな波が打ち寄せています。
ガイドさんの話だと、これだけ波が高いと
ジェットホイールは、欠航になる可能性が大
とのこと!

観光バスは、4:45に郷ノ浦港に着きました。
ジェットホイールは、欠航になっていないみたいです・・・


帰りは、2階席に乗ってみますが、2階席は
1階席よりも揺れが大きいみたいです。

台風18号の余波か、出港直後には揺れも大きく、
2階席の窓まで波しぶきが飛んできます!

しかし、九州本土に近づくにつれて、だんだんと
揺れもおさまり、無事に博多港に着きました。
福岡天神バスセンターから、ノンストップ高速
バスで2時間、熊本の実家に着きました。

福岡~熊本間は、ノンストップ高速バスが、
何と!、10分間隔で走っており、大変便利
です。(2,000円)
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壱岐島(博多港と対馬の中間点の島) 2日目・観光午前コース 2015.9.8

2015-10-03 22:07:52 | Weblog

(写真の赤丸印は、博多港から高速艇で1時間の
 壱岐島)

上の地図の壱岐島の先にあるのは対馬で、更に
先が朝鮮半島です。

元職場の先輩である船橋在住”原人”さんの
「離島巡り:壱岐島」同行の2日目です。
2日目は、観光バスに乗って島内を観光します。
(昼食付きで 5,640円)
島内観光バスの最初の観光地「掛木(かけぎ)
古墳」まで、国民宿舎の車で送ってもらい、
観光バスの到着時間まで古墳を見学します。

壱岐島では、280基もの古墳が確認されており、
古墳の石室にあった装飾品には、中国大陸や朝鮮
半島の物も、多く含まれているそうです。





(くり抜き式の家形石棺)

(掛木古墳の前の資料館のジオラマ)
「掛木古墳」の横には、江戸時代の民家を移設した
「風土記の丘」(100円)があります。

上の写真の「風土記の丘」は、江戸時代の民家を
移築し、当時の生活を復元したもので、左から、
作業場、母屋、隠居屋です。

(母屋)

(隠居屋)

(牛舎)
古墳と民家を見学していると、定時に島内観光
バスが到着しました。
観光バスの客は、始発の港から乗車していた4人
に、途中から我々2人が加わり、合計6人だけ
だったので、大型観光バスはガラガラでした。
気の毒になり、ガイドさんに、
”いつもは何人くらいなんですか?”
と聞いてみたら、
”今日は、久々にお客さんが多いので驚いて
 います。”、とのこと。
”えぇっ~?”
大部分の観光客は、島に着いてからレンタカーを
借りるので、観光バスの客は1~2人の日もある
そうです。
何にでも答えられる優秀なガイドさんなのに、
何だか気の毒な気分になってきました・・・
バスは、「風土記の丘」から、島の北端の勝本港
に向って「国道382号」を走ります。

「国道382号」は島内を縦断していますが、実は、
何と!「国道382号」の始点は対馬、終点は
佐賀県・呼子なのです??
つまり、「国道382号」は、対馬 ~壱岐と、壱岐
~呼子の2つの”海上区間”を持つ「海上国道」
なのです?!
その証拠に、かっては、船体に「国道フェリー」
と書かれたフェリーが、対馬~壱岐、壱岐~
呼子港の間を運航していました。
これによって、対馬から壱岐、そして壱岐の島内
を縦走、更に壱岐から呼子港と、「海上国道」が
途切れずに繋いでいたのです。
なるほど、納得!


勝本港へ向かう海岸線には、高い波が打ち寄せて
いて、博多港までの帰りの便は欠航になりそうな
感じです・・・
やばいな~、壱岐島に足止めになると、熊本での
高校の同窓会出席に間に合わなくなるかも・・・

バスは勝本港に到着しました。

九州で有数の漁港である勝本港には、写真の様に、
多くの漁船が停泊していました。


勝本港では、「イルカパーク」と「朝市」を見学します。



「朝市」の次にバスが向かったのは「焼酎工場」の試飲です。
壱岐島には、何と!、7つもの蔵元があります。

壱岐の焼酎は、”麦焼酎”で、米麹と麦を、
1:2の割合で仕込み、もろみを醸成させた
のちに、蒸留して醸造されるそうです。


壱岐は、肥前国・平戸藩の領地でしたが、島内で
生産された米は全て年貢として納めなければ
ならなかったそうです。
但し、大麦は年貢の対象外だったので、食用と
なり、更に余剰があるときは焼酎の原料にした
そうです。

「焼酎工場」での試飲のあとは、ウニ加工の「うに
工場」へ向い、”ウニ飯”の昼食です。

壱岐牛と刺身もついています。

昼食のあとに、「うに工場」の土産物売り場で、
塩うにや、あおさの乾物などの海産物をたくさん
買い込みました。
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