ウォーク更家の散歩 (東海道、中山道、日光街道、奥州街道)

http://www7b.biglobe.ne.jp/~akamine/
中山道を歩く(完全踏破の一人旅)

東海道を歩く(8:大磯宿)16km

2011-09-29 23:07:28 | Weblog

(写真は鴫立庵)
大磯→二宮→国府津→小田原

JR大磯駅をスタートします。

松並木の残る化粧坂を過ぎると、海側へ向けて
JR東海道線と交差し、初めて海岸に出ました!

冒頭の写真の鴫立庵(しぎたつあん)は、西行が詠んだ
「心なき身にも あはれは知られけり 
鴫立つ沢の秋の夕暮れ」
で有名な鴫立沢にあります。
趣のあるたたずまいに引かれて、100円を払って入って
みます。
パンフレットによると、江戸時代から続く俳諧道場で、
現在も俳諧が行われているそうです。
(下の写真は、鴫立庵の前の湘南発祥の地の碑です。)


明治時代に入ると、大磯には、各界名士の別荘が建ち
並びました。
その別荘地帯を散歩してみると、”津波注意:
海抜10メートル”等の真新しい看板があちこちに!
今回の大震災の影響でしょうか。

国道1号(東海道)は、二宮町へ向けて、気の遠くなる
程に真っ直ぐな道です。
大抵の小学校の校庭にある二宮尊徳の銅像で有名なあの
二宮町です。
道標を見ると、小田原まで未だ14キロもあります!
ヒ~ェ! そんなに遠いの!

でも、JR二宮駅を過ぎると、左手に所々海岸が見える
様になったので元気が出て来ました。

ひたすら歩きます。

広大な酒匂川を渡るとまもなく小田原市です。

大磯宿から小田原宿まで約16キロです。



コメント

東海道を歩く( 7:平塚宿)3km

2011-09-28 20:43:38 | Weblog

(写真は江戸見附の碑)

平塚→大磯

JR平塚駅をスタートします。
平塚は大きな街です!


平塚の街中に、写真の平塚宿入口である江戸見附の
碑がありました。
案内板には、”本来、見附は城下に入る人々を監視する
見張り場ですが、同様に、宿を守る防御施設として設置
された”とあります。




平塚の繁華街を抜けるあたりで、旧東海道は国道1号
(東海道)に合流します。

歩き始めて、1時間も経たないうちに大磯につきました。
平塚宿と大磯宿の間は何故こんなに短いのでしょうか?

平塚宿から大磯宿まで約3キロです。
コメント (2)

東海道を歩く( 6:藤沢宿)14km

2011-09-26 19:56:40 | Weblog

(写真は遊行寺の参道)
藤沢→辻堂→茅ヶ崎→平塚

JR藤沢駅をスタートします。

藤沢は、古くは遊行寺の門前町として賑わった歴史のある町
だそうです。
という訳で、先ず、旧東海道沿いの遊行寺へ向かいます。
境川に架かる真っ赤な遊行寺橋を渡ると、写真の様な
立派な石段の参道の奥に大きな遊行寺の本堂がありました。



静寂な参道、立派な本堂や梵鐘に感動です!


石段の途中に、国定忠治の子分の板割の浅太郎の墓なんて
のもありました。
権威ある時宗の総本山と、ヤクザの子分と、どういう関係
なんでしょうかね?

更に歩くと、写真の源義経の首洗い井戸、なる井戸が
ありました。

案内板には、奥州平泉で殺された源義経の首は、鎌倉で
首実検された後、海に捨てられ、それを拾った村人が
この井戸で洗った、とあります。

う~ん!義経の怪奇な伝説は、日本各地に残っていますが、
これもその一つなのでしょうかね?

旧東海道は、小田急線の藤沢本町駅の前を横切り、暫く
歩いて引地川を渡ると、国道1号(東海道)に合流します。
藤沢、辻堂と海岸沿いの気持ち良いウォーキングをイメージ
していたのですが、東海道は、JR東海道線から更に内陸側
を走っており、海は全く見ず、単調なウォーキングが
続きます! ガッカリ!

東海道は、やがて、藤沢市から茅ヶ崎市に入ります。
茅ヶ崎の辺りは、所々ですが、東海道の松並木が残って
いました。

茅ヶ崎の千の川に架かる鳥井戸橋の脇に、下の写真の
「南湖の左富士」の碑がありました。

説明板によると、東海道を江戸から京都へ向かうと、
富士山は常に街道の右側に見えますが、この場所と吉原
の2か所だけが、富士山が街道の左側に見えるそうです!
不思議?
そのカラクリは、長い東海道ですが、途中で2か所だけ、
北へ向かって蛇行する個所があるため、そこだけ富士山
が左側に見えるのだそうです!
納得!

広大な相模川を渡ると平塚市です。





藤沢宿から平塚宿まで約14キロです。
コメント (2)

東海道を歩く( 5:戸塚宿)8km

2011-09-22 16:56:07 | Weblog

(写真は戸塚宿の本陣跡)
戸塚→藤沢
JR戸塚駅をスタートします。
戸塚駅の周辺は、大規模な再開発工事の真っ最中でした。
駅前は道が何本もあって、どの道を歩いたら良いのか
よく分かりませんが、取り敢えず、旧国道1号沿いに
歩きます。
暫く歩くと、戸塚宿の本陣跡がありました。
この道で正しかったんだ!

写真の様に、「澤邊」の表札の家の前に、澤邊本陣跡の碑が
建っていましたので、澤邊さんは戸塚宿本陣の子孫なの
でしょう。
そう言えば、保土ヶ谷宿の軽部本陣跡の家の表札も軽部さん
でした。
暫く歩くと、冨塚八幡宮がありました。

境内の説明板によると、「戸塚」の地名の由来は、この
冨塚(とみづか)が転じた、とあります。
へ~! そうだったんだ!

旧東海道は、やがて、大坂というゆるやかな坂をのぼり
続けます。




坂の途中に、下の写真の戸塚庚申群がありました。

この坂の上に、下の写真の歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」で
有名な「お軽勘平・戸塚山中道行の場」がありました。

仮名手本忠臣蔵のお軽勘平は架空の人物ですが、勘平の
モデルは、赤穂浪士の萱野勘平だそうです。

「仮名手本忠臣蔵」の”仮名手本”と”忠臣蔵”の関係は?

仮名は、”いろは”47文字、そして忠臣蔵は47士!
なるほど!
そういう江戸時代の語呂合わせ?か!

大坂を下って藤沢へと向かいます。



戸塚宿から藤沢宿まで約8キロです。
コメント (2)

東海道を歩く(4:保土ヶ谷宿)9km

2011-09-18 06:26:38 | Weblog

(写真は、保土ヶ谷一里塚跡)
保土ヶ谷→東戸塚→戸塚
JR保土ヶ谷駅をスタートします。
駅前の右手の細い道が旧東海道です。

直ぐに横須賀線の踏切を渡ると、正面が保土ヶ谷宿の本陣跡
で、この本陣前を右折すると、旧東海道は国道1号に合流
します。

(写真は、旅籠屋(本金子屋)跡です。)
この国道1号の川沿いに、保土ヶ谷の一里塚跡がありました。
冒頭の写真の様に、小さく一里塚が復元されています。

やがて、旧東海道は川沿いの国道1号から右手に別れ、
細い道になり、更に歩くと、あの有名な権太坂です!







しかし、歩き始めると、細い道の旧東海道の権太坂は、
国道1号の権太坂からどんどん離れていきます・・・
更に、この細い道も分岐点が、どんどん複雑になるので、
少し不安に・・
権太坂の下までは、短い間隔で道案内が続いていたのに、
道案内が全く無くなりました!

どこかで分岐の道案内を見落としたのでしょうか?
旧東海道の道から外れてしまったみいです。
う~ん! 迷子に・・・
目的のJR東戸塚駅のすぐ近くにいるみたいなのですが・・
もう一度、権太坂の入口まで戻る気力はないし・・・
仕方なく、最新兵器のiPad2を取り出し、ナビの最短
コースに従って、梨農園の中を横切って東戸塚駅に着き
ました。
”旅の友”iPad2は優れ物です!!
東戸塚駅から、ほぼ国道1号沿いの旧東海道を、戸塚駅
を目指して歩きます。

ゆるやかな不動坂を下ると、ブリジストン工場の前に
宝蔵院があり、その先の一里塚の説明板を過ぎて、吉田
大橋を渡るとJR戸塚駅です。
保土ヶ谷宿から戸塚宿まで約9キロです。
コメント

東海道を歩く(3:神奈川宿)5km

2011-09-16 06:09:30 | Weblog

(写真は、おりょうさんが働いていた田中屋)

東神奈川→横浜→保土ヶ谷

JR東神奈川駅の近くの第一京浜(国道15号)を
スタートします。

同じ場所なのに、JRは東神奈川駅ですが、京急は
仲木戸駅です。
旧東海道の仲木戸があったんでしょうかね。

旧東海道は、京急神奈川駅の辺りの宮前商店街で
国道15号から分かれて右折します。

京急神奈川駅は小さな駅なのに、なぜ県の名前を付けて
いるのだろう、と以前から不思議に思っていました。

駅前の説明板に、江戸時代には、この辺りが神奈川宿の
中心で、非常に賑わったとあります。
なるほど!
京急の駅名の付け方は正しいんだ!
この神奈川駅の東にあるから、JRは東神奈川駅なんですね!
でも、今はその神奈川宿の本陣の痕跡すら残っていない
そうです。

旧東海道は、やがて上り坂となり、神奈川台に入ります。
この上り坂の左側に、冒頭の写真の割烹田中屋があります。
坂本龍馬の妻のおりょうが働いていた店として有名です。

未だ江戸時代の店が残っているんですね!! すごい!

写真の様に、店の門の右側に立て看板があり、おりょう
について以下の様に書いてありました。

”おりょうが、田中屋で働き始めたのは明治7年。
勝海舟の紹介で働いていました。英語が話せたので
 外国人の接待に重宝されました。”
凄いな~!
おりょうさんは英語が話せたんだ!

更に旧東海道を道なりに進みます。
下の写真は、神奈川台の関門跡です。

この辺りの旧東海道は、江戸時代に、海岸線に沿って
道が作られたそうで、海岸線らしきゆるやかなカーブを
描いています。
道幅は広いのですが、車がほとんど走っていないので快適な
ウォーキングです。
  
更に進み、国道16号を横切り、相鉄・天王町駅に着きました。
この辺りが保土ヶ谷宿の入口です。
暫く歩くと、JR保土ヶ谷駅です。

神奈川宿から保土ヶ谷宿まで約5キロです。
コメント (2)

東海道を歩く(2:川崎宿)10km

2011-09-15 06:08:27 | Weblog

(写真は浦島太郎の墓)
未だ暑さが過酷なため、旧東海道沿いのウォーキングも
なかなか進みませんが、川崎宿から続けます。

川崎→鶴見→新子安→東神奈川

多摩川の二子橋を渡ると直ぐに旧東海道の碑があります。
その碑に従い、道を右折するともう川崎宿です。

お江戸日本橋 七つ立ち~、初上り~♪ 
六郷あたりで 川崎の
万年屋~、鶴と亀との 米まんじゆう~♪
の歌で有名な川崎宿の入口にあった万年屋跡を
探します。

(土山宿伝馬館展示品「米まんじゆう」)
当時、本来は本陣で食事すべき大名も、本陣での食事を止めて
万年屋に食事に立ち寄る程の大旅籠だったそうです。
旅籠の跡を見たいと思い期待したのですが、残念ながら、
道沿いに下の写真の説明板があるだけでした!


川崎から鶴見へと向かい、鶴見川に架かる鶴見橋を渡ります。


旧東海道沿いに、寺尾稲荷道の道標複製や身禄道などの
説明板が続きます。


更に進むと、生麦街道(旧東海道)に入ります。
江戸時代の名残はありませんが、道幅が広く、しかも自動車
がほとんど走っていないので、快適なウォーキングです。

やがて左手に生麦のキリンビール工場があり、その前に、
有名な生麦事件の碑があります。

更に歩くと、京急子安駅の近くに浦島丘という地名が
あり、以前から浦島太郎と関係があるという話を聞いて
いました。
しかし、今回のウォーキングで、な・・何と!
京急子安駅の北の坂の上にある蓮法寺の境内に、冒頭の
写真の浦島太郎の墓?を発見!
案内板によると、竜宮城から帰った浦島太郎は、その間に
300年が経っていたことに絶望し、玉手箱は開けないで、
両親の生まれ故郷のこの神奈川の海岸から、再び竜宮城
へ戻った、とあります。
驚き!

川崎宿から神奈川宿まで約10キロです。
コメント

東海道を歩く (1:品川宿)10km

2011-09-14 07:15:50 | Weblog

(写真は旧東海道沿いのトイレ)
未だ暑い日々が続きますが、旧東海道沿いのウォーキング
を品川宿からスタートします。
品川→大井町→大森→蒲田→川崎

JR品川駅の高輪口側の国道15号を暫く歩くと、八ツ山橋
を越えて、国道15号の左前方に細く伸びている細い道が
旧東海道です。
旧東海道は、今も江戸時代の道幅らしく、車道と歩道が
色分けされていて、車は少なく、すごく歩き易いです。

江戸時代は、旧東海道は海岸沿いの道だったそうで、海岸線
らしき道のカーブも趣があります。

道の両側には、由緒ありげなお寺が続きます。
通りは、どことなく江戸時代の雰囲気を残していて、これを
町興しの起爆剤にしようという商店街の意気込みが、冒頭の
写真からも分かると思います。

冒頭の写真左が土蔵風のトイレで、写真右がオシャレな
「品川宿場通り商店街」の名前入りの電柱です。

旧東海道は、北品川本通り商店街⇒品川宿場通り商店街
⇒青物横町商店街⇒鮫洲商店街 と切れ間なく続きます。



大森に入り、細い道の旧東海道が国道15号(東海道)
と合流する地点に、鈴が森処刑場跡があります。

八百屋お七は、下の石の丸い穴に鉄柱を立て、足下に
薪を積み、縛り付けて生きたまま焼き殺されました。

国道15号(東海道)に合流したあとは、平和島入口を
過ぎて多摩川まで、片道4車線の単調な第一京浜
(国道15号)沿いにひたすら歩きます。
この間は、中層マンションと会社ビルが続きます。
歩道と自転車道に分かれていて歩き易いですが、排気ガス
がすごいので健康に悪そう・・・

蒲田駅の辺りまで来ると異様な光景が!

交差点の上の見上げる様な異常な高さに駅のホームが!
線路の上下線が二段になって異様な高さの建造物が・・・
大変な事になっています!!
隣のビルの8階の高さに改札口があるので、道路の1階から
8階まで超長いのエスカレーターが出来るのでしょうか
”地図に残る仕事”と書かれた大看板が!

なるほど! こりゃ、この巨大構築物は、どう見ても地図
に残りますよ!
「京急蒲田駅付近立体交差事業」とあります。

国道15号(東海道)は、交差点の地下に潜るのでしょうか、
国道15号の分離帯の工事が続いています。

単調な国道15号を更に、ひたすら歩いて多摩川に着きました。
多摩川の六郷の渡しは、江戸時代には渡し舟だったそうです。
多摩川の二子橋を渡ると川崎宿です。

品川宿から川崎宿まで約10キロです。
コメント (2)

東海道を歩く(0:日本橋)8km

2011-09-13 22:14:52 | Weblog

(写真は、日本橋の道路元標複製)
今年、完全リタイアしたのを機に、非日常のウォーキング
を目指して、東海道53次の完全踏破の旅に出ることに
しました。

私の人生、そもそも、本当は、何がやりたかったんだっけ?
そして、リタイア後を、どういう風に生きていこうか?

一念発起、ここ日本橋から、京都三条大橋まで、東海道
53次を歩きながら、じっくりと考えることにしました。

そんな大風呂敷・・・ 無理かな~?
ちょっと、夢みたいな・・・

旧東海道に沿って、歴史的な場所・建物等を味わいながら、
歩けるところまで歩いてみたいと思い、日本橋をスタート
します。
日本橋→京橋→銀座→新橋→大門→三田→品川

写真下の白い石碑が、日本国の道路元標の複製、そして、
写真中央の黒い細い柱が東京市の道路元標、日本国道路元標
複製の左に、日本橋から主要都市までの距離が書かれた
石碑がありました。

これまで、写真の複製の道路元標は見たけど、本物の道路
元標がどこにあるか、分からないままでした。

でも、今回、本物を発見!

本物は橋の上の道路の真ん中にありました!
以前に見たNHKの”ブラたもり”によると、見物人が道路の
真ん中へ見に行くと危険なので、すぐそばの橋の脇に
複製を置いたらしいです。

日本橋から品川宿まで約8キロです。
コメント