ウォーク更家の散歩 (東海道、中山道、日光街道、奥州街道)

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中山道を歩く(完全踏破の一人旅)

奥戸街道を歩く 3km

2009-08-20 18:47:51 | Weblog
(写真は奥戸の総合スポーツセンター)

東京の下町の地図を広げてみると、
川に囲まれた奥戸地区が涼しそうなので、
仕事帰りに奥戸街道に沿って歩きました。

奥戸街道は、江戸川区小岩から、東から西へ
真っ直ぐに、葛飾区立石まで伸びています。
途中で、新中川を奥戸新橋で、
中川を本奥戸橋で渡ります。



・奥戸地区
 奥戸(おくど)の地名の由来は
 奥津が転訛したとあります。
 東京の低地には「戸」のつく地名が多く、
 「戸」は本来「津」を用いたもので、
 対岸へ渡ることにできる渡河地点を
 意味するそうです。
 奥戸は昔から河川との関わりが深く、
 川を利用した舟運が発達していたので、
 「戸」はそのような状況を物語って
 いるそうです。

・小岩
 小岩は半端でない巨大な繁華街です!
 特に、駅の南の周辺は大きな歓楽街、
 商店街が密集しています。
 いかにも江戸川区の中心地区、といった
 賑わいと活気が感じられます。

・総合スポーツセンター
 奥戸街道に沿って歩いていると、競技場の
 照明が見えたので、立ち寄ってみます。
 写真の陸上競技場の夜間照明にフィールドの
 芝生が映えてとても綺麗です。
 それに、何と!写真の様に、立体の応援席
 まであります!
 競技場の前は中川で、夜風がとても
 心地よいです。

・本奥戸橋
 中川を本奥戸橋で渡ります。
 真夏のこの時期に驚くほどの豊かな水量です!
 土手の周辺の民家は水面より低い位置です。
 田舎者の私には見慣れない光景で、
 涼しい半面、何となく怖くなる様な風景
 でもあります。


・立石
 京成線の京成立石駅が葛飾区の中心です。
 駅の立石仲見世商店街は、なかなか
 活気のある商店街です。
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山手線の跨線に沿って(その4) 1km

2009-08-17 20:45:47 | Weblog
(写真は山手線・埼京線をまたぐ東急東横線)

山手線の内側から外側への
脱出の第3弾です!

渋谷駅を出た東急東横線は、
山手線の内側を、品川方面へ
山手線に沿って走ります。

しばらく走ると、突如、キー~!キー~!
とすごい音をたてて、ほぼ直角に
曲がり始めます!

直角に曲がる電車なんて!
見たことあります?

そして写真の様に、山手線と埼京線
の上をほぼ真横に横切ります。

先ず並木橋の陸橋からカメラを
構えましたが、遠すぎて
撮影出来ません。
仕方なく、山手線の線路沿いに
撮影場所を探します。

ありました!
ちょうど、東横線が直角に曲がった
直後の場所に、小さな横断用の陸橋が
ありました!
パチリ!
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山手線の跨線に沿って(その3)

2009-08-13 23:14:19 | Weblog
(写真は今朝のJR田町駅のホーム)
跨線は、「その1」や「その2」に書いた様な
「山手線脱出」という後ろ向きの役割だけではなく、
もっと素晴らしい前向きの役割もあります。

横浜を出た東京方面行きの上りの京浜東北線は、
”丸い緑の山手線”に外側から接近してゆき、
品川駅で、山手線の外側のホームに到着します。

この上りの京浜東北線のホームの向い側には、
逆方向の下りの横浜方面行きの京浜東北線が
入ります。

しかし、不思議なことに、次の田町駅では、
上りの京浜東北線のホームの向い側には、
同じ上りの山手線の電車が入ります?
なぜでしょう?

実は、品川駅から田町駅へ向かう間に、
上りの京浜東北線は、山手線を乗り越えて、
山手線より内側のホームに滑り込むのです!

お盆の今朝、実際に、品川駅から京浜東北線の
上りに乗って、車窓から注意深く見てみました。
品川駅を出ると、やがて、下りの京浜東北線の
線路を下の方に見ながら、高架橋を登っていき、
山手線の線路を二本またぎ超えて、
田町駅の山手線の上りと同じホームに
下降しながら滑り込みました。

つまり、山手線を高架橋でまたいで超えることで、
写真の田町駅のホームの様に、同一方向の電車に
同じホームで乗り換え出来る様に工夫されて
いるのです。

東京の電車は素晴らしい!!

ちなみに、中央快速線と総武線も、
お茶の水駅で同一方向の電車に同じホームで
乗り換え出来る様に工夫されています。
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山手線の跨線に沿って(その2) 1km

2009-08-12 21:01:13 | Weblog
(写真中央を横方向に山手線をまたいでいるのが京成本線)

昨日に続いて「東京人」を手に、山手線を
またぐ私鉄の線路(跨線)沿いに歩きます。

電車が電車をまたぐ「立体交差」の橋は、
跨線線路橋(こせんせんろきょう)と呼ばれます。

今日は、誤って(?)山手線の内側にターミナル駅を
造ってしまった京成上野駅がスタートです。

どの様にして山手線の内側から外側に出るのか
楽しみです!
先ず言問通りの寛永寺陸橋からカメラを
構えました。
・・・遠すぎて撮影出来ません!
仕方なく先へ歩きます。

寛永寺陸橋を渡ると谷中の墓地です。
山手線に沿って撮影場所を探しますが、
山手線沿いはほとんど民家が
立て込んでいて近づけません・・・

結局、日暮里駅近くに、人一人やっと
通れるくらいの狭い横断歩道橋を探し出して、
そこから、写真の様に望遠で撮影しました。

写真は、京成電車が鶯谷駅と日暮里駅の間で
山手線をまたいで山手線の外側へ脱出する
ところです。

京成も京急と同様に、山手線だけではなく
京浜東北線、常磐線、高崎線、宇都宮線も
並行して走っているので、この全てを
またいで渡る大横断です!
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山手線の跨線に沿って(その1) 1km

2009-08-10 21:41:24 | Weblog
(写真は山手線をまたぐ京急)
田舎者の私は「東京人」(¥900- 都市出版)
を愛読しています。
泉麻人の様な東京生まれの東京育ちの人達
が連載しているので、田舎者の私には
全てが新鮮です。
「東京人・8月号」は都内の鉄橋特集です。

東京の中心は環状の山手線で、
山手線の各駅に私鉄のターミナル駅があり、
ここから私鉄が各方面へ放射状に伸びます。

従って、山手線の内側に私鉄のターミナル駅を
設けてしまうと大変です!
つまり、山手線をまたいで越えなければ、
山手線の内側から外側の郊外に脱出する
ことが出来ないからです!
しかし、山手線の内側にターミナル駅を設けて
しまった私鉄が3社もあるのをご存じですか?
京成(上野)、京急(泉岳寺)、東急東横(渋谷)
の3社です! 

品川周辺では、京急線は、未だ山手線の
更に内側を走っています。
品川駅前の歩道を、
山手線に沿って大森方面へ少し歩くと、
・・・ありました!
第一京浜から別れて品川駅の反対側に
渡る道路に八ツ山橋が架かっています。
その八ツ山橋の真横を、写真の様に、
京急が山手線をまたいで走っていました。
絶好のカメラアングルです! パチリ!

京急が山手線の外側へ脱出するところですが、
品川駅の南側は、山手線以外に、
京浜東北線、東海道線、横須賀線、新幹線も
並行して走っているので、この全てを
またいで渡るのは大変で、写真の通り
パノラマの大横断で絶景です!
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散歩の道具(その5:カメラ)

2009-08-09 07:23:19 | Weblog
(写真はキャノンIXY)

私の散歩の”七つ道具”については、
「散歩ナビ」(2006.4.22、10.28~)などで、
磁石付き腕時計、TIMENAVI、通り名マップ等
についてご紹介しました。

もう一つの”七つ道具”は、
このブログに写真を載せるためのカメラです。
仕事帰りのウォーキングのため、
”胸のポケット”に収まるサイズが条件です。

夜の真っ暗な散歩道は、ブログ用写真が
撮れないため、コースが制約されるという
問題ががありました。

でも、この問題が一挙に解決しました!

従来のカシオ(EX-S100)から、
キャノン(IXY-2101S)に買換えたからです。
320万画素から、1210万画素に!
そして、手振れ補正機能付き!

例えば、5.15の「日光街道」の写真を見て下さい。
昼間に撮った写真の様に見えますが、
実は夜なのが、車のライトが全て点灯している
ことで解ります!

これで、私の夜の散歩コースの範囲も、
ぐ~んと広がりました!!

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散歩の寄り道(その4:水族館)

2009-08-07 20:33:39 | Weblog
(写真はエプソン品川アクアスタジアム)
いや~!異常に蒸しますね~!
そういう訳で、今日は、仕事帰りに、
涼しそうな品川の水族館に寄ってみました。
JR品川駅前のアネックスタワーの裏で、
駅から歩いて2~3分の超便利な場所にあります。
目玉は、写真のイルカショーです。
夏休み中とあって、2/3位は親子連れです。
他には、アシカショー、千匹のイワシへの
餌やり、マンタ、ペンギン、でしょうか。
涼風満点!
すっかり涼しくなりましたが、
1,800円と料金が高いのが難点です。
でも、品川駅前の一等地だし仕方ないか!
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産業道路を歩く(3/3) 10km

2009-08-06 21:00:18 | Weblog
(写真は浅野町緑道)
今夜も、仕事帰りに、産業道路に
沿って歩きます。
浅野町→川崎大師→大師橋→大鳥居→大森

・浅野町緑道
 ちょっと見ずらいですが、写真の様に、
 左上に首都高速横羽線が、そして木々に隠れて
 見えませんが、右上にも同じような高架があり、
 高速道路の反対車線かな?と思ったら、
 右上の高架の上は真っ暗で、ガタゴトと
 音がしています・・
 よく目を凝らして見ると、真っ暗な中を
 貨物列車が走っています・・・
 地図を出してみると・・・
 ふ~ん?  東海道貨物線とあります・・・
 左の頭上に首都高速、右は鬱蒼とした木々、
 そして、写真の様にその中を真直ぐな歩道・・
 人っ子一人歩いていません。
 物騒というか、私でも何となく恐ろしく
 なる様な散歩道です・・・

・自転車専用横断歩道?
 首都高速横羽線を挟んで、右の海側が工場地帯、
 そして反対の左側が住宅密集地と、産業道路の
 左右が綺麗に分かれてます!
 そして住宅街から工場地帯へ、横断歩道を
 渡ろうとするのですが・・・  何? これ?
 横断歩道に自転車のマークだけ書いてあります! 
 横断歩道は自転車しか渡れません!!
 仕方ない・・・次の信号で渡ろう・・
 次の信号も自転車しか横断出来ません?
 そう言えば、確かに横断の陸橋はあるけれど・・

・大師橋
 多摩川を渡って東京都に入ります。
 大師橋の歩道は広くてなかなか立派です。
 でも、今夜は風が強くて、歩いていると、
 何だか吹き飛ばされて、多摩川に落ちそうな・・
産業道路は、京浜急行の大森町駅の近くで、
第一京浜に合流します。
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産業道路を歩く(2/3) 6km

2009-08-05 22:11:15 | Weblog
(写真は産業道路の下に見えるJR浜川崎駅)

仕事帰りに、産業道路に沿って
続きを歩きます。

生麦→京町→浜川崎→浅野町

・日産自動車
 産業道路を更に歩いてゆくと、道路の
 両側は日産自動車の横浜工場です。

 工場の中には体育館や集会場等もあり、
 ひとつの独立した社会が出来上がっている
 みたいです。
 通勤の人の流れはこの辺りで途切れました。

・京三製作所
 ありました!
 鉄道が好きな人なら知らない人はいないメーカー
 の「京三(きょうさん)製作所」です!
 しかも、「京町三丁目」のそのまんまの地番に、
 そのまんまの社名でありました!
 鉄道信号システムの最大手で、ATS運行管理装置
 などを手掛けます。
 感激!!
 ん? 
 つまらない事に感激するな・・・?

・大塚家具アウトレットセンター
 懐かしい!
 我が家のソファーは、車で、産業道路沿いの
 ここに買いにきましたよ!

・浜川崎駅
 産業道路は、写真の様に、JR南武線の夜の
 浜川崎駅の上を超えて行きます。
 JR鶴見線も同じ名前の浜川崎駅がすぐ近くに
 ありますが別の駅です。
 ん?
 JRでは同じ名前の駅はないのでは?
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本所深川散歩(3/6) 1km

2009-08-04 21:34:02 | Weblog
(写真は吉良邸跡)
先週の”本所深川散歩”の深川に続いて、
今週も仕事帰りに、本所周辺を歩きます。
森下→吉良邸跡→両国橋

・吉良邸跡
 司馬遼太郎は、本所散歩では、赤穂浪士の
 討入りについて詳しく書いています。
 写真の吉良邸跡は、両国駅の近くの
 両国三丁目(旧本所松坂町)にありますが、
 現在は、写真の通り、当時の面影を残す
 ”なまこ壁”に囲まれているものの、
 わずか30坪の角地で、当時の1/86に過ぎず、
 うっかり通り過ぎてしましそうな感じです。 
 司馬遼太郎によると、吉良上野介は、当初、
 江戸城前の呉服橋御門内に住んでいましたが、
 刃傷事件のあと討入りの噂が江戸の町に広がり、
 江戸城の大手門近くで襲撃事件が起きれば、
 幕閣の責任が重大になるため、
 新開地の本所へ屋敷を移させたとあります。
 中に入ると、小さなお稲荷さんと、
 討ち入りで死んだ吉良方の人々の名を
 刻んだ碑が建っていました。
 清水一学などの名前も見えます。

・回向院(えこういん)
 吉良邸跡と同じ通りの目と鼻の先に
 回向院がありました。
 残念ながら開園は5時まででした。
 司馬遼太郎によると、明暦の大火の10万人、
 安政大地震火災の2万5千人など、
 江戸の無縁仏の全てがここに眠っているそうです。
 また、死刑囚”鼠小僧次郎吉”の墓としても
 有名なのだそうです。

・両国
 国技館が近いので、この周辺は相撲部屋も多く、
 お相撲さん達が、夜の街を自転車で
 走り回っています。  自転車が折れそう~!
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本所深川散歩(2/6) 1km

2009-08-03 20:52:47 | Weblog
(写真は森下駅前交差点のまとい)

先週の”本所深川散歩”の続きで、
今週も仕事帰りに、深川や本所周辺を歩きます。

・小名木川
 清澄通りに沿って歩きます。
 小名木川に架かる高橋を渡ります。

 江戸時代の幕府の土木能力は、現代に
 劣らないくらいに優れていたそうです。
 その優れた技術で、隅田川から水を
 分流させて、北十間川という幅が
 十間もある運河を開削して、東の方向へ
 流し、旧中川に通じさせました。
 また、その途中に、大横川や横十間川
 も開削し、そして、この小名木川も
 整備したのだそうです。
 江戸の土木能力はホントに凄い!

 東京の地理に不慣れなタクシー運転手は、
 「山の手は坂で覚えろ!」、
 「下町は橋で覚えろ!」
 と教わるそうです。
 田舎者の私も、江戸の歴史を知ることで、
 最近やっと、下町になぜこんなに真直ぐな川
 が多いか、歩いているうちに、だんだん
 分かってきましたよ。

・のらくろ商店街
 清澄通りの森下の交差点の少し手前を入ります。
 正式には高橋(たかばし)商店街のようですが、
 ”のらくろ”の漫画のフラグが続く、
 ノスタルジックな商店街です。
 少し元気がないような気がしましたが、
 気のせいでしょうか?

・森下
 森下駅前の交差点の四隅に、写真の様に、
 森下三丁目の夏祭りの提灯と、火消しの
 マトイが天高く飾ってありました。
 カッコい~い!
 雰囲気あるな~!

・おきゃん
 司馬遼太郎は、「おきゃん」の例として
 深川芸者をあげています。
ちなみに、深川は、江戸城の南東(辰巳)
 の方向にあったため、「辰巳(たつみ)芸者」
 と呼ばれたそうです。
 深川芸者は、当時、男の着物だった羽織を
 はおっていて、芸名も”鶴次”の様な
 男名前で出ていたそうです。
 今なら宝塚の男役みたいな感じで、
 曲った事が大嫌いだった、
 と書いています。
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ウォーキングの色紙

2009-08-02 08:11:22 | Weblog
(写真はウォーキングの色紙)

最近は、職場でも私の毎日の仕事帰りの
ウォーキングが広く認知される様になり、
ブログ見てますよ!
と声をかけられる様になりました。

職場での誕生祝いに、写真のウォーキングの
色紙を頂きました!

感激~!!

絵は私がウォーキングしているところです。

この広い東京には、まだまだワクワクする
様な処がたくさんあると思いますから、
その全てを歩くために、あと10年は
ウォーキングを続けたいと思います。

このブログを読んで下さる方の声援を励みに
ウォーキングを続けます。

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