ウォーク更家の散歩(東海道・中山道など五街道踏破、首都圏散策)

http://www7b.biglobe.ne.jp/~akamine/
中山道を歩く(完全踏破の一人旅)

蔵の町・栃木    2020.7.2 

2020-07-14 10:20:48 | Weblog

(写真は、「蔵の街」の巴波川の遊覧船)


前回の「奥の細道」の「室の八島」の帰り道の話です。

(室の八島については、「奥の細道:室の八島」を見てね。)

歌枕の地「室の八島」の見物を終わり、東武宇都宮線で野州大塚から「栃木」へ向かい、「栃木」でJR両毛線に乗り換えて小山まで行き、小山から湘南新宿ラインで横浜へ帰りました。

   「室の八島」--(徒歩)-→ 東武・野州大塚 →(東武宇都宮線)→ 「東武・栃木=JR・栃木」 →(JR両毛線)→ JR・小山 →(湘南新宿ライン) →横浜


「室の八島」の見物が思ったより早く終わったので、「栃木駅」で、東武線からJR両毛線に乗り換える際、だいぶ時間的にゆとりが出来ました。

そこで、急遽、栃木駅の前のメインストリートを歩いて、速足で、「栃木・蔵の街」を見物することにしました。


栃木市は、町の西側を「巴波川(うずまがわ)」が流れ、町並みの真ん中を「日光例幣使(れいへいし)街道」(注)が通っています。

栃木の町は、江戸時代には「日光例幣使街道」の宿場町として、また「巴波川の舟運の町」として、幕末から昭和初期に、北関東の商都として大いに栄えました。

(注)「日光例幣使(れいへいし)街道」:

   徳川家康の日光東照宮に参拝するための朝廷の勅使が、毎年、京都から派遣されました。

   コースは、京都から中山道を通り、中山道の倉賀野宿の先から別れて、栃木市の市街地に入り、更に、小山と今市の間の脇街道である日光壬生道に合流して日光に向かっていました。

   日光例幣使のメンバーは、江戸時代に入り生活困難に陥っていた公家達だったので、この時とばかりに、沿道の宿場で金品を強要したため、行く先々の宿場からは煙たがられていました。

 


栃木駅で下車するのは初めてです。

(栃木駅)

栃木駅前の大通りを、「蔵の街」を目指して、ぶらぶらと歩いて行きます。

駅前の大通りを暫く歩くと、写真の様な、雰囲気のある立派な蔵が点在しています。

しかし、この日は、予想外の猛暑で、炎天下をふらふらと歩いていたら、余りの暑さにギブアップです!  

歩いていた蔵の街の道路脇に、遊覧船の看板があったので、歩いての蔵の街見物を諦めて、涼しそうな舟からの蔵の街見物に、急遽、変更します。

「巴波(うずま)川」の「蔵の街遊覧船」に乗ります。

「巴波川」(うずまがわ)は、歴史ある蔵が立ち並ぶ景観の中を流れています。

上の写真の黒い木の階段が舟乗り場です。

猛暑の中、乗客は、この舟に乗るのは2度目だという中年のオジサンと2人だけでした。

川の鯉に、舟からエサをやることができるみたいで、そのオジサンは、1袋100円の鯉の餌を買っていました。

コロナ対策のため、2人は背中合わせに座ります。

緩やかな流れの中には、鯉がたくさんいて、エサをあげるとものすごい勢いで寄ってきます。


(エサをやるオジサンの側は、鯉がもの凄い3密状態?です)


(エサをやらない私の側は、鯉もソーシャルディスタンスを保っています?)

写真の様に、木材の廻船問屋(かいせんどんや)だったという蔵の黒い板塀が続く風景で、川沿いの柳の枝も風になびき、なかなか風情があります。

船頭さんが、舟からの蔵の街並みの説明をしたり、船頭小唄を唄ったりしてくれます。


遊覧船から上がって、巴波川沿いの長~い塀の「塚田歴史伝説館」(700円)に入ってみます。

入館の際、検温を受けたうえで、氏名、住所、電話番号を記入します。

塚田家は、江戸時代後期から、巴波川(うずまがわ)の舟運を活かし、木材の廻船問屋(かいせんどんや)を営んできた豪商です。

当時は、木材を筏(いかだ)に組んで、巴波川を江戸・深川の木場まで、三日三晩かかって運んでいたそうです。 

巴波川沿いに、120メートルに及び巡らされた上の写真の塚田家の黒塀と白壁土蔵は、「蔵の町・栃木」を代表する景観となっています。

“うずま川悲話”という伝説に基づく大掛かりなロボット芝居が、ここの伝説館の売り物だということだったのですが、残念ながら、入館者が2人以上のときしか公演しないとのことでした・・・

中へ入ると、“三味線おばあさん”のロボットが三味線の弾き語りをしていました。

入館時に、現在の入場者は私一人だけだと聞いたのですが、入館してみると、私以外にもう一人先客のオジサンがいて、熱心に三味線を聴いていました。

なあ~んだ、このオジサンと私と2人いるから、“うずま川悲話”のロボット芝居が見られるじゃあないか、よかった!

”ご一緒にロボット芝居を見に行きませんか?”と声を掛けようと、近づいて、よく見るとそのオジサンは人形でした・・・

広い館内には、からくり人形山車など、色々と面白いものがありました。

(映画「路傍の石」のロケ風景)

 


塚田歴史伝説館を出て、最後に、上の写真「とちぎ山車(だし)会館」(500円)に入ります。

展示室の山車と、マルチ映像の「とちぎ秋祭り(隔年開催)」(撮影禁止)を見物してから、栃木駅に戻り、JR両毛線で小山に出てから、湘南新宿ラインで横浜に帰りました。

 

 

コメント (6)   この記事についてブログを書く
« バスで行く「奥の細道」(そ... | トップ | 甲州街道を歩く(00-1:日本... »
最新の画像もっと見る

6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
歴史への興味 (hide-san)
2020-07-14 12:04:51
飽くなき好奇心で「塚田歴史伝説館」の見学は楽しかったでしょうね。

釣り込まれて、楽しく拝見しました。
歴史への興味は現地へ行くのが一番 (ウォーク更家)
2020-07-14 12:15:00
ありがとうございます。

ええ、やはり、歴史に興味を持ち始めてから、各地の歴史博物館館の見学が楽しくてたまらなくなりました。

歴史の醍醐味は、何といっても、現地に行って、史跡を見ながら想像を働かせ、当時にタイムスリップすることです。

塚田歴史伝説館、楽しかったです。
祝再開 (コスモタイガー)
2020-07-16 15:53:01
ブログ更新、再開ですね♪
無理せず、頑張ってください。

栃木市は確か「小京都」の1つじゃなかったでしたっけ?
家族での館山旅行以来、なかなか東日本に行く機会ありません…。

自分も長い自粛期間を経て、6月から通常勤務に戻ったのを機会に、旧街道runもこっそり復活しました。

とはいえ、現地で走る時以外はマスク着用!
消毒・うがいは随時実行!
個人レベルでやれる範囲のことはやってます。

もっとも社宅出て社宅に戻るまで、ずーっと一人ぼっち。
誰とも会話しませんし、旧街道runで行く場所なんて、大半がマニアックな所ばかりで、人が密集する場所なんてどこにもありませんけどね(笑)。

それにしても第2波?
東京など、ここ数日、200人超とかで、えらいことになってますね。

更家様も大著管理に気を付けて、ご自愛ください。
祝再開・街道ラン (ウォーク更家)
2020-07-16 18:09:31
コメント、ありがとうございます。

ええ、恐る恐るブログ更新を再開したものの、また、東京等でここ数日200人超とか、自粛と解除のハザマで、ブログも大変な時期になってきました。
解除の時期に、たくさん歩いて、ブログネタをため込んで、自粛の時期には、このネタを小出しにしていこうと思います。

コスモタイガーさんも、街道ランを再開したんですね。
おめでとうございます!
箕面や尼崎など、やはり、関西は歴史が古いので、街道ランも史跡が多く、楽しそうです。

私も、栃木市のポスターのうたい文句に注意していたのですが、「小京都」ではなくて「小江戸」でした。

「小江戸川越」などの様に、やはり、関東周辺は「小”江戸”」なんでしょうね。
「奥の細道」栃木篇  (もののはじめのiina)
2020-07-19 09:46:40
巴波川の遊覧船は、蔵の風情がよく出ています。^^
         大きくておいしそうに目に映りましたから、アライの刺身か甘露煮にしたいと頭をかすめました。

ロボット芝居を期待して観覧仲間にしようとしたオジサンも人形だったり、鯉の餌やりに三密云々の綴り方が面白かったです。

日光街道の栃木篇は、ケッコウ見るところがあるので興味をもちました。

図書館再開につづいて健康麻雀も4ヵ月ぶりに再開しました。おそる恐る出掛けてみると、
入口で検温し手にアルコールかけ、窓解放と扇風機で空気を飛ばしてウイルスが澱まないよう気遣ってました。
更に、4卓を2卓に減らし卓の四面をビニール張りして手元だけ開けてコロナ対策してましたから、安心して楽しめました。



遊覧船とオジサン人形 (ウォーク更家)
2020-07-19 10:04:24
ええ、巴波川の遊覧船からは、蔵の風情が楽しめましたし、川風で少しだけ涼しかったです。

そうですね、鯉の数がもの凄く驚きましたが、探せば、甘露煮とかあったかも。

いや~、目が悪いのに眼鏡をかけていない私は、ホントに、オジサンが人形なのに気が付かず、話しかけ様としました。
恥ずかしい・・・

そう、鯉の餌やりには、鯉たちが、餌をくれる人がどちらかよく分かっているみたいでした。

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事