ウォーク更家の散歩(東海道・中山道など五街道踏破、首都圏散策)

http://www7b.biglobe.ne.jp/~akamine/
中山道を歩く(完全踏破の一人旅)

東京ステーションギャラリー「もう一つの浮世絵ー大津絵」(東京駅)  2019.9.19

2020-09-20 17:28:04 | Weblog

(写真は、大津絵展のポスター  ⇒ この絵の解説は文末へ)


”大津絵の 筆のはじめは 何佛(なにぼとけ)”  (芭蕉)

 芭蕉の上の句は、仏画が多かった初期の「大津絵(おおつえ)」の特徴を表わしています。 

 ”筆のはじめ”とは、新年に初めて描く絵のことで、芭蕉がこの句を詠んだのは、東海道の大津宿に住む弟子の乙州(おとくに)宅で越年したときなので、この句の大津絵は新年の贈り物だと考えられます。

 (東海道の大津宿については、「東海道を歩く・大津宿」を見てね。)                                                             

”大津絵は 上手か下手か 知れぬ也”

 江戸時代後期に詠まれた上の川柳は、当時、「大津絵」にはヘタウマの素朴な味わいはあっても、浮世絵の様な芸術的な価値は認められていなかったことを表わしています。

と言う訳で、六本木・森美術館、上野・東京都美術館、神奈川県立歴史博物館、川崎浮世絵ギャラリーに続いて、今回は”美術館で浮世絵鑑賞”の5回目で「大津絵」です。

 

「会場:東京ステーションギャラリー:「もうひとつの江戸絵画ー大津絵」 (9月19日~11月8日)、1,200円:事前予約制なのでローソンの店頭で事前にチケットを購入する必要があります。」 

会場の東京ステーションギャラリーの入口は、上の写真の東京駅の「丸の内北口ドーム」の中にあります。

上の写真は、東京駅の丸の内北口ドームの内側の全景で、青色の丸印が北口改札、黄色丸印が八重洲と丸の内を結ぶ自由通路、赤色丸印が東京ステーションギャラリーの入口です。

上の写真の様に、ギャラリーの入口はドームの1階ですが、展示室はドームの2階と3階に分かれており、出口がドームの中の2階、とやや複雑です。

上の写真は、2階のギャラリーの出口から出て、ドームの1階を見下ろしている風景です。


江戸時代には、絵馬、幟(のぼり)絵、泥絵などの無名の職人の手による多様な庶民絵画が存在していましたが、「大津絵(おおつえ)」もその中の一つでした。

「大津絵」は、江戸時代初期から、東海道の大津宿の追分付近で、旅人への土産物として描かれており、東海道を旅する人たちの間では広く知られていました。  

上の「東海道名所図会・巻之一」(展覧会のパンフレット)は、大津絵を売る店の様子を描いたもので、店内では制作もしています。

熟練の職人が、その場で素早く制作することにより、他の日本画にはない、大胆な線、簡略された物の本質を捉える表現が生まれました。

また、大津絵の背景には、風刺を込めた教訓的な道歌(道徳的な短歌)が添えられており、これも人々の心を掴みました。

江戸初期には、冒頭の芭蕉の句にもある様に、仏画が主流でしたが、次第に、江戸時代の人々に人気のあったキャラクターに代わっていきます。

旅人が持ち帰った大津絵は、江戸の浮世絵師達にも影響を与えました。

例えば、上の「浮世又平名画奇特(うきよ またべえ めいがのきどく)」では、歌川国芳が、大津絵のキャラクターたちが画面から飛び出してきたところを描いています。

江戸末期となると、大津絵のテーマは、「大津絵十種」と呼ばれる代表的な画題へと絞られ、それが護符(お守り)として売られる様になりました。

大津絵のキャラクターには、護符(お守り)としてのそれぞれ役割があり、そのご利益を目当てに、人々は旅の土産として買ったのでした。

大津絵のこのご利益を信じる人々にとっては、冒頭の川柳の様に、絵がたとえ稚拙であったとしても許されたのでしょう。

全ての大津絵は作者不詳なので、作者に関する一切の説明はありません。

この展覧会のユニークな視点は、各々の大津絵を誰が持っていたか?、に焦点を当てていることです。

単なる土産物に過ぎなかった大津絵の美しさが、20世紀になって発見され、その価値を共有した人々がつながり、互いに譲渡し合ったらしいのです。

その人々とは、画家の富岡鉄斎、梅原龍三郎、浅井忠、小糸源太郎など、更には、民藝を提唱した柳宗悦、内田六郎など、当代きっての審美眼の持主たちだったのです。


以下の写真が代表的な「大津絵十種」ですが、神仏や人物、動物がユーモラスなタッチで描かれています。

「釣鐘提灯(つりがね ちょうちん)」(展覧会のパンフレットから) 

猿が、天秤棒で、釣鐘と提灯を担いでいますが、軽いはずの提灯のほうが下がっており、道理が通らぬ世間を風刺しています。

「鷹匠(たかじょう)」(展覧会のパンフレットから)  

鷹匠は、武家に仕えて、鷹狩りの鷹を養成し、鷹狩りに随行する役目でした。

作物を荒らす鳥を鷹が追い払うことから、五穀豊穣のお守りに使われました。

「鎮西八郎」(展覧会のパンフレットから)  

剛勇で知られた平安末期の武将の源為朝を描いています。

「瓢箪 鯰(ひょうたん なまず)」(展覧会のパンフレットから) 

地震を起こす大鯰を、猿が、瓢箪を用いて押さえ込もうとしています。

口の小さい瓢箪で、大きな鯰を捕えようする、愚かな行動を風刺しています。

「釣鐘弁慶(つりがね べんけい)」(展覧会のパンフレットから) 

三井寺の釣鐘を奪った弁慶が、比叡山の山上まで運び上げた、という伝説を描いたものです。

「外法(げほう)の梯子剃り」(展覧会のパンフレットから) 

大黒様が、梯子に登り、外法(福禄寿様)の異常に長い頭を剃っています。
  
無病長寿のお守りとして使用されました。

「藤娘」 (展覧会のパンフレットから)
 
良縁のお守りとして、大津絵の代表作となりました。


   
「鬼の念仏」(展覧会のパンフレットから)

鬼が勧進僧に扮して、寄進者を記す奉加帳を手に持ち、胸に掛けた鐘を打ちながら、念仏を唱えています。

二本の角の片方は折れており、改心したことを表しています。 

小児の夜泣きを止める効能があるとされました。

 

※冒頭のポスターは「鬼の行水」です。 

 鬼(雷)が裸になって、嬉しそうに風呂に入ろうとしています。

 身体は洗っても、心を清めない人への風刺だそうです。

 絵の上方に描かれているのは雲で、その雲に、鬼自身の腰蓑(こしみの)を掛けています。 


コメント   この記事についてブログを書く
« 川崎浮世絵ギャラリー「月岡... | トップ | 原宿・太田記念美術館 「月... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事