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中山道を歩く(完全踏破の一人旅)

熊本・藤崎宮の秋季例大祭 2019.9.16 

2019-10-05 11:17:15 | Weblog

 

(写真は、藤崎宮の飾り馬の奉納行列)

 

先月、法事のため、実家の熊本に帰省した際に、遭遇した出来事の続きです。

帰省の最終日の9月16日、熊本市の中心部にある「藤崎宮」にお参りに行きました。

と言うのは、この日が、ちょうど藤崎宮 の「秋季 例大祭」の日だったからです。

藤崎宮は、熊本市民が、毎年、初詣に行く神社なのですが、秋の例大祭は、熊本県の祭りの中でも、最も盛り上がる祭りなのです。

私の子供の頃は、この「秋季例大祭」は、「ぼした祭り」という名称でしたが、私は、この祭りを凄く楽しみにしていました。

子供の頃、この「ぼした祭り」の”ぼした”は、「加藤清正」が朝鮮を”滅ぼした”という意味だと聞かされていました。

しかし、”朝鮮を滅ぼした”という趣旨の「ぼした祭り」という名称は”使用禁止”となり、現在は、「例大祭」という、インパクトの弱い名称になっています。

(もっとも、歴史上は、清正は朝鮮を滅ぼしてはおらず、むしろ朝鮮で苦戦したみたいですが、なにせ、熊本では、清正は英雄を越えて神様ですから、その清正が苦戦などするハズもなく?・・・)

この祭りのハイライトは、「随兵(ずいびょう)行列」と「飾り馬」です。

「随兵行列」は、「加藤清正」が自ら随兵頭となり、兵を引き連れて「藤崎宮」へ参拝し、朝鮮出兵からの無事帰還を感謝したのが始まりだそうです。

その後、藩主が細川氏の時代になっても、この藤崎宮への随兵行列は継承され、明治維新後は、町方の手に受け継がれていきました。

随兵行列は、朝6時頃に藤崎宮を出発、ご神体を乗せた神輿の後ろに、甲冑姿の随兵が続きます。  

私は、前日の法事で酒を飲んだため早起き出来ず、朝6時出発の随兵行列には間にあいませんでした・・・ 

(随兵行列 : ダイドー(株)の公式ホームページから)

そして、祭りの最大のハイライトは、随兵行列に続く、「飾り馬」の奉納行列で、”馬追い祭り”とも呼ばれます。

今年は、67もの団体が飾り馬を奉納、約1万5千人の勢子(せこ)たちが躍動して沿道を盛り上げました。

67団体は、町内会、企業、高校の同窓会、祭り愛好会など多彩です。

馬が少なくなったいまどき、67頭もの飾り馬が参加する盛大な祭りなんて珍しいですよね。

”馬追い祭り”では、私の子供の頃は、馬を興奮させるために、飾り馬に酒を飲ませていました。 

馬が酔っ払った状態で暴れて跳ねるのを、勢子たちがラッパを吹いたり、太鼓を叩きながら、「ぼした! ぼした!」と囃し立てて、練り歩いていました。

暴れる馬を、如何に上手く制御するかが祭りの見せ所でした。

従って、当時は、毎年、馬に蹴られて怪我人が続出し、死者が出た年もあったくらいに荒っぽいお祭りでした。

当時、私は子供心に、馬に酒を飲ませて暴れさせる行為について何の疑問を持ちませんでした。

しかし、最近の風潮としては当然のことかもしれませんが、馬に酒を飲ませ、鞭の様な物で叩く様子が、インターネット動画で拡散し、動物愛護協会などのからの非難の嵐で炎上したそうです。

これを受けて、現在は、 例大祭の主催者が、動物虐待行為の防止に向け、参加団体を指導しているとのこと。

今年、見物して、昔の様な迫力はない、穏やかな祭りになった印象でしたが、でも、祭りが廃止にならずに、時代に合わせた穏やかな祭りとして、今後、定着していけば嬉しいな、と思いました。

下の写真の様に、小さな子供達が大勢参加出来る祭りも良いですよね。

上の写真の様に、地元のテレビ局が、飾馬奉納「馬追い祭り」の模様を生中継しています。

 随兵行列とそれに続く馬追いの法被姿の勢子たちが、藤崎宮から、熊本市の中心部のアーケード街を抜けて、御旅所(おたびしょ:祭礼の祭神の巡幸の際に、仮に神輿(みこし)を鎮座しておく場所)のある新町までを練り歩きます。

「ぼした! ぼした!」ではなくて、「どーかい、どーかい」の掛け声で馬追が展開されます。

朝6時出発の「朝随兵」に対し、午後2時からは、この逆方向で、藤崎宮に戻る「夕随兵」が始まります。

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6 コメント

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藤崎宮のまつり (tadaox)
2019-10-07 00:29:05
熊本の祭りは勇壮ですね。
飾り馬にお酒を飲ませたこともあったんですか。
今じゃご法度ですが、いかにも九州らしい。
いい故郷をお持ちで、うらやましい限りです。
懐かしい藤崎宮のまつり (ウォーク更家)
2019-10-07 06:51:53
そう、子供の頃は、子供が近寄ると危険な勇壮な祭りだったのですが、今回、久し振りに見物して、小さな子供の参加が多いのに驚きました。

ええ、子供の頃は、飾り馬にお酒を飲ませて、ラッパ等で囃し立てるのが普通のお祭りなんだと思っていました。

ええ、今じゃ完全にアウトですが、懐かしい故郷の思い出です。
奉納行列  (もののはじめのiina)
2019-10-07 08:52:41
藤崎宮の飾り馬の奉納行列という伝統行事を見れてよかったですね。
   見逃した「随兵(ずいびょう)行列」は、惜しいことをしました。

熊本市中央区の祭典ということですから、あるいは昔に熊本に出張した際に見物したかもと思いました。
         もっとも、そのときはチャグチャグ祭といってました・・・❔


毛越寺には、こんどで2度目の回遊です。
前回は、ハイライトの大泉ヶ池の石組みが工事中でしたから、もう一度行きたかったのです。

 

久し振りの奉納行列  (ウォーク更家)
2019-10-07 09:10:13
ええ、ホントに久し振りに、藤崎宮の飾り馬の奉納行列を見られてよかったです。

次回は、頑張って早起きして、随兵行列を見に行きます。

そうでしたか、昔、秋のお祭りの時期の熊本出張もありましたか。

ぼした祭りは、一時期、火の国祭りと呼んでいた時期もありましたが、私は、長い間熊本を離れていたので、チャグチャグ祭と呼ばれていた時期があったか否かは分かりません。
こんな壮大な (hide-san)
2019-10-08 12:18:30
清正に関わるこんな壮大なお祭りがるとは知りませんでした。
ボクは清正が生まれた尾張の中村で生まれ育ちました。
清正が生まれた場所は、今はお寺になって居り、
朝晩にひびく鐘の音を聞いていました。

驚きですね、このお祭り!
Unknown (ウォーク更家)
2019-10-08 20:57:21
そうでした、加藤清正は熊本の生まれではなくて、尾張名古屋の生まれでした。
そう言えば、当初、清正が熊本に馴染むのに苦労したという話を聞いたことがあります。
それにしても、長く熊本を統治した細川さんよりも、短かった清正の方が、熊本では人気があるというのも面白いですね。

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