ウォーク更家の散歩 (東海道、中山道、日光街道、奥州街道)

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中山道を歩く(完全踏破の一人旅)

「南総里見八犬伝(2/2)」     (八犬士の墓)  2017.4.4

2017-04-05 21:04:33 | Weblog

(写真は、「南総里見八犬伝」の八犬士のモデルとなった「八遺臣」の墓)
4/4 に、「館山城」(八犬伝博物館)へ行った
話しの続きです。

「館山城」の麓の公園に、写真の「里見茶屋」が
あったので、土産物を覗いてみます。

里見八犬伝関係のお土産を色々と売っています。



何と、上の写真の”八犬士の霊玉”も
売っています!
1個2,800円なので、8個で22,400円ですが、
果たして、この霊玉を買う人はいるのでしょう
か?


私は、お土産に写真の「八犬伝まんじゅう」を
買いました。

「館山城」(八犬伝博物館)の前には、次頁の
写真の「千力猿」の石像があります。


かって、里見家では、千人力の怪力を誇る猿が
飼われていました。
この怪力を誇る猿は、しばしば戦にも出陣し、
戦場で大活躍しました。

しかし、猿使いの家老が留守の間に敵に攻め
込まれ、館山城は炎に包まれてしまいます。

館山城の近くの沼地区には、この千力猿の頭蓋骨
が残されているそうです。


「千力猿」の石像がある館山の頂上から、館山駅
から歩いて来た坂道と反対側の坂道へ向かいます。

里見氏9代・義康の御殿跡の前を通って、
「八遺臣の墓」を探しながら、坂道を下りて
行きます。


分かり辛い「八遺臣の墓」の案内標識に従って
行くと、急な坂道の途中に、苔むした「八遺臣
の墓」がひっそりとありました。



1622年、最後の当主・里見忠義が鳥取県倉吉で
没した際に、8人の家臣が殉死しました。

その8人の家臣の遺骨を分骨し、ここに供養
したのだそうです。
この殉死した8人の家臣が、曲亭馬琴の「南総
里見八犬伝」の「八犬士」のモデルになった
そうです。

「八犬伝」の最初は、史実の通り、里見氏・初代の
義実の安房への入国の物語に始まります。

しかし、江戸時代になって、里見家には内紛が
発生したため、幕府に目を付けられ、伯耆国
(鳥取県)倉吉へ転封になります。

その後、最後の当主・里見忠義には跡継の嫡子が
なく、歴史上では、このときに里見家は断絶しました。

しかし、「八犬伝」では、最後は、八犬士の活躍
により、この後も里見家は繁栄を続けます。


八遺臣の墓から、更に、急な坂を下って、平地に
出ました。


案内標識に従って、9代・里見義康の菩提寺
「慈恩院」(じおんいん)を探して、田園風景
の中を歩いて行きます。



慈恩院にお参りして、一休みしたあと、館山湾の
海岸線を目指して歩いて行きます。
館山湾の海岸線に出たところで、一昨年の年末
(2015/12)に立ち寄った「渚の駅:たてやま」
で遅い昼食を取ります。
この渚の駅の食堂は超人気で大混雑していました。

写真の「海鮮刺身定食」(2,180円)を注文
しましたが、順番待ちで、出て来るのに40分
くらいかかりました・・・


昼食を済ませ、「渚の駅」から、海岸線沿いに
歩いてJR館山駅に戻りました。

JR館山駅から、電車に乗って、東京方面へ3駅の
JR岩井駅で途中下車する予定でした。

JR岩井駅の近くに、八犬伝の伏姫が役行者
(えんのぎょうじゃ)から8個の霊玉を授かった
という「役行者の岩窟」があり、これを見物
するための途中下車です。

しかし、「海鮮刺身定食」で時間を喰って
しまったため、JR館山駅についたのは、
電車が出た直後でした・・・
次の電車まで2時間もあります!


仕方なく「役行者の岩窟」の見物を諦めて、
ちょうどやって来たJR館山駅発、横浜駅行きの
ノンストップ高速バスで帰ることにしました。

海ほたる経由で、電車より1時間以上早い
1時間50分で横浜駅に帰って来ました。
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8 コメント

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慈恩院 (hide-san)
2017-04-28 16:48:06
読んで行く間、周りが騒々しく感じましたのに、
慈恩院の写真で静寂を感じました。

横浜行きのバスなんてあるのですね。
海ほたるを通って行くのですか?
海ほたる経由の高速バス (更家)
2017-04-29 00:11:10
ええ、慈恩院への道は、静かで長閑な田園風景でした。

横浜行きの高速バスは、海ほたるを通って行くので、渋滞も無く、JRよりも1時間以上早く、運賃も少し安く快適でした。
おはようございます。 (Komoyo Mikomoti)
2017-04-29 08:49:20
八犬士には、実在のモデルがあったんですね。
知りませんでした。

関東でも、次の列車まで2時間待ちというようなローカル線があるんですね。
八犬士のモデル (更家)
2017-04-29 08:59:06
作者の曲亭馬琴は、「南総里見八犬伝」を書くにあたり、かなり詳しく現地調査もしたらしいです。
この「八遺臣の墓」を見て「八犬士」のインスピレーションが湧いたのかもしれませんね。

いや~、館山は関東でも大変な田舎で、JRのローカル線の列車の旅は大変でした。
苔むした墓 (iina)
2017-04-29 09:51:28
苔むした八犬士の墓が好いですね。
里見家の「八遺臣」が、「南総里見八犬伝」 八犬士のモデルだったのですね。 φ(..)メモメモ

八犬伝を思うと、里見家は千人力の怪力を誇る猿を飼っていそうです。千力猿の頭蓋骨が残されているのもうなずけます。
小学校修学旅行で遊んだ別府の楽天地には、大きな鬼の骨が洞穴にあったのを想い出しました。^_^;

海鮮刺身定食がおいしそうです。 でも  でもいいですね。

海ほたるを空から見たことがありますが、まだ通っていません。 次は、ご案内済でした。
http://blog.goo.ne.jp/iinna/e/1bc1277961086556c6df8a088d780275

苔むした八犬士の墓 (更家)
2017-04-29 10:21:37
ええ、ひっそりとした草むらの苔むした八犬士の墓、なかなか趣きがありました。

私も、里見家の八遺臣が八犬士のモデルだったと知り、急に、南総里見八犬伝の物語にリアリティが出てきた様な気がしました。

八犬伝とは別に、館山には、里見家の千人力の怪力の猿の民話も残っており、なかなかワクワクする土地でした、

海鮮刺身定食のために、「役行者の岩窟」見物のための電車に乗り遅れましたが、でも、海鮮刺身定食はやはり美味しかったです!
里見八犬伝にワクワク (tadaox)
2017-04-29 19:41:36
子供の頃、NHKのラジオ放送を毎回楽しみに待っていました。
そのくせ、ゆかりの場所を訪ねることもせず、今回更家さんの探訪でいろいろ知ることができました。

物語の設定が並外れていて、たいへん印象深く、長く記憶に残る作品だと思います。
ありがとうございました。
里見八犬伝の聖地 (更家)
2017-04-29 21:11:06
そうですよね、里見八犬伝は、物語の設定が桁外れに大きいので、子供心にワクワクしながら少年文庫の本を読みました。

ずっと長い間、里見八犬伝ゆかりの館山城を訪問したいと思っていましたので、今回は、その望みが叶って大満足でした。

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