ウォーク更家の散歩 (東海道、中山道、日光街道、奥州街道)

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中山道を歩く(完全踏破の一人旅)

本所深川散歩(2/6) 1km

2009-08-03 20:52:47 | Weblog
(写真は森下駅前交差点のまとい)

先週の”本所深川散歩”の続きで、
今週も仕事帰りに、深川や本所周辺を歩きます。

・小名木川
 清澄通りに沿って歩きます。
 小名木川に架かる高橋を渡ります。

 江戸時代の幕府の土木能力は、現代に
 劣らないくらいに優れていたそうです。
 その優れた技術で、隅田川から水を
 分流させて、北十間川という幅が
 十間もある運河を開削して、東の方向へ
 流し、旧中川に通じさせました。
 また、その途中に、大横川や横十間川
 も開削し、そして、この小名木川も
 整備したのだそうです。
 江戸の土木能力はホントに凄い!

 東京の地理に不慣れなタクシー運転手は、
 「山の手は坂で覚えろ!」、
 「下町は橋で覚えろ!」
 と教わるそうです。
 田舎者の私も、江戸の歴史を知ることで、
 最近やっと、下町になぜこんなに真直ぐな川
 が多いか、歩いているうちに、だんだん
 分かってきましたよ。

・のらくろ商店街
 清澄通りの森下の交差点の少し手前を入ります。
 正式には高橋(たかばし)商店街のようですが、
 ”のらくろ”の漫画のフラグが続く、
 ノスタルジックな商店街です。
 少し元気がないような気がしましたが、
 気のせいでしょうか?

・森下
 森下駅前の交差点の四隅に、写真の様に、
 森下三丁目の夏祭りの提灯と、火消しの
 マトイが天高く飾ってありました。
 カッコい~い!
 雰囲気あるな~!

・おきゃん
 司馬遼太郎は、「おきゃん」の例として
 深川芸者をあげています。
ちなみに、深川は、江戸城の南東(辰巳)
 の方向にあったため、「辰巳(たつみ)芸者」
 と呼ばれたそうです。
 深川芸者は、当時、男の着物だった羽織を
 はおっていて、芸名も”鶴次”の様な
 男名前で出ていたそうです。
 今なら宝塚の男役みたいな感じで、
 曲った事が大嫌いだった、
 と書いています。
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