この数ヶ月、ネット社会でも実社会においても何人もの同じ病の方々とお知り合いになる機会を得、日々とても励まされている。
そのうちの何人かの方は、私同様今現在抗がん剤の治療中である。
なかでも、アドリアマイシンやエピルビシンの投与を含む化学療法は嘔吐が激しく、大抵の人が、何日もの間、非常にきつい副作用に苦しむことになる。
私自身の抗がん剤は以前にも触れたか、タキソテール(ドセタキセル)であり、
これを選んだのは私でも医師でもなく、抗がん剤比較試験への協力の結果である。
これまで上記のアンスラサイクリン系とタキサン系の薬を組み合わせて投与するのが一般的だったが、あまりに嘔吐や下痢・便秘等の副作用がきつい為に、患者の生活の質が大きく落ちてしまう。
そこで、タキサン系のみの投与であっても同等の効果を得られて、かつ副作用はより軽くすむのではないかというのを調べるための試験である。
結果は無論、5年後10年後でなければ出ない。
8クールの投与が終わっても、追跡調査を受けることになる。
そして、結果として再発もしくは転移者が多かった場合、私のグループの選択はNGということだ。あのとき、どんなに苦しくてもACかECの投与を受けていれば・・・、ということになる。
今のところ、タキソテールの副作用は上限量を投与した場合の強烈な下痢と、肝機能の低下が主で、激しい嘔吐でなにひとつできないなどはない。
(簡単にいうけど、内臓を搾り出さんばかりに戻した挙句、空になっても続く嘔吐が何日も続くというのは、半端なものではないと思う。)
1日の3分の1以上をトイレ前で過ごすような下痢も困ったものだ(というか2度とごめんだ)が少なくとも規定の投与量内での調整と適切な下痢止め(って私の場合は、3倍量の正露丸だったし(^^;))でコントロールできるはずだ。
今現在も身の置き所のない苦痛に苛まれている方がいて、本当に心配でならないのだが、その苦痛を身をもって知るわけでもなく、励ましの言葉さえむなしい私に出来ることと言っては、なんとしてもこの薬の投与だけで生き残って、後に続くであろう多くの化学療法患者の苦しみを軽減するためのデータを残すことだけなのである。
もっともその前にもっとましな抗がん剤が出てくれるほうがいいんだけど。
主治医は術前私に予想されるステージと生存率・今後の治療について説明したときに、5年後10年後、勝ち組に残れるようにがんばりましょうといった。
その時は、ぼうっと聞き流していただけだったのだけれど、時がたつにつれ
猛然と腹立たしい気持ちが頭をもたげてきた。
そんじゃ、何かい?5年後くたばってたら負け組かい? という気持ちである。
何を馬鹿なことを!と思う。
私はインターネットの海を彷徨い、亡くなられた多くの方が残してくれた言葉で心を救われた。
けれど情報を発信していたかどうかなど関係ないのだ。
病と向き合うことで、友人や家族に勇気と感銘を与え、そして逝かれた方がどれほどいることだろう。
それをみな負け組というのか、と。
ふざけんな、である。
だいたい人はみんないつかは死ぬのであり、それをいったら全員負け組である。
何のとりえもなく、これから何をなすでもない私があと10年生きたところで勝ち組とは到底言えないだろうと情けなく思う気持ちもおおいにある。
けれど、それでも生きていられるならば、それは多くの方々の病との闘いを糧にしてのことなのだ。
今、この胸に乳房がなくても胸筋があること、リンパは取り去っても腕に筋肉はあること。
10年も前ならば、あばら骨剥き出し、腕の内側はえぐれていたことだろう。
副作用だけが大きくてあまり効果のない抗がん剤に苦しんだ方もたくさんおられたことと思う。
数字に直してしまえばデータは冷たい。
けれど熱い血の滲むつらい治療の結果がそこにあり、
そのおかげで私は、いや多くの患者たちがこの後も生きられるかもしれない。
某所でお見かけし、蔭ながらご無事をお祈りしていた方が亡くなられていた。
難しいご病気で転移もあり、末期と知ってご自宅で療養されていた。
とても暖かで素敵なメッセージをいつも発信されている方だった。
私はご負担になるのを憚ってお近づきになるのはご遠慮していたのだけれど、うちの子とさしてかわらぬ年の息子さんのことを書いておられたのが印象的だったこともあり、1日でも長くご家族とご一緒の時間を持ってくださったらと願っていた。
亡くなられたと知って本当に残念でならない。
ただ垣間見ただけのお人柄だけれども、きっとご家族だけではなく、
多くのお友達がその死を悼まれていることだろうと思う。
亡くなられたからと言って、あの方の生き方が与えた感銘が消えるはずがない。
決して負け組とは言わせない。
というわけで、近頃の私は遠慮なく主治医に言うのである。
「勝ち組って言うな!」
「何%言うなってば。7割だけ生きてるやつなんかいない!」
という調子である。
なんと生意気な患者だろうね。(^^;)
でも、患者のほうからだって伝えなければわからないと思うし、わかってくれる医師だと見定めたから。
取るに足りないながらそれもまた、医師に捉えてもらいたいデータのひとつである。
医師の何気ない言葉で患者は傷つくのだ。
たとえステージIでも10年後生きている保証などないのだから。
だって、あなたが言ったのでしょう?乳がんは全身病だと。リンパだけでは転移を推し量れないと。
だから、化学療法をするのだと。
そして、明日はいよいよまた投与日である。
先ごろからずっと脂肪肝改善の努力はしてみている。
今週と来週で投与できなければ、比較試験のプログラムから外れて、薬を変えることになる。
せめて何かの役に立てばと思ったが、それも無駄になるというわけだ。
頼むから肝機能改善しててくれよ、とひたすら願うばかりである。やれやれ。
そのうちの何人かの方は、私同様今現在抗がん剤の治療中である。
なかでも、アドリアマイシンやエピルビシンの投与を含む化学療法は嘔吐が激しく、大抵の人が、何日もの間、非常にきつい副作用に苦しむことになる。
私自身の抗がん剤は以前にも触れたか、タキソテール(ドセタキセル)であり、
これを選んだのは私でも医師でもなく、抗がん剤比較試験への協力の結果である。
これまで上記のアンスラサイクリン系とタキサン系の薬を組み合わせて投与するのが一般的だったが、あまりに嘔吐や下痢・便秘等の副作用がきつい為に、患者の生活の質が大きく落ちてしまう。
そこで、タキサン系のみの投与であっても同等の効果を得られて、かつ副作用はより軽くすむのではないかというのを調べるための試験である。
結果は無論、5年後10年後でなければ出ない。
8クールの投与が終わっても、追跡調査を受けることになる。
そして、結果として再発もしくは転移者が多かった場合、私のグループの選択はNGということだ。あのとき、どんなに苦しくてもACかECの投与を受けていれば・・・、ということになる。
今のところ、タキソテールの副作用は上限量を投与した場合の強烈な下痢と、肝機能の低下が主で、激しい嘔吐でなにひとつできないなどはない。
(簡単にいうけど、内臓を搾り出さんばかりに戻した挙句、空になっても続く嘔吐が何日も続くというのは、半端なものではないと思う。)
1日の3分の1以上をトイレ前で過ごすような下痢も困ったものだ(というか2度とごめんだ)が少なくとも規定の投与量内での調整と適切な下痢止め(って私の場合は、3倍量の正露丸だったし(^^;))でコントロールできるはずだ。
今現在も身の置き所のない苦痛に苛まれている方がいて、本当に心配でならないのだが、その苦痛を身をもって知るわけでもなく、励ましの言葉さえむなしい私に出来ることと言っては、なんとしてもこの薬の投与だけで生き残って、後に続くであろう多くの化学療法患者の苦しみを軽減するためのデータを残すことだけなのである。
もっともその前にもっとましな抗がん剤が出てくれるほうがいいんだけど。
主治医は術前私に予想されるステージと生存率・今後の治療について説明したときに、5年後10年後、勝ち組に残れるようにがんばりましょうといった。
その時は、ぼうっと聞き流していただけだったのだけれど、時がたつにつれ
猛然と腹立たしい気持ちが頭をもたげてきた。
そんじゃ、何かい?5年後くたばってたら負け組かい? という気持ちである。
何を馬鹿なことを!と思う。
私はインターネットの海を彷徨い、亡くなられた多くの方が残してくれた言葉で心を救われた。
けれど情報を発信していたかどうかなど関係ないのだ。
病と向き合うことで、友人や家族に勇気と感銘を与え、そして逝かれた方がどれほどいることだろう。
それをみな負け組というのか、と。
ふざけんな、である。
だいたい人はみんないつかは死ぬのであり、それをいったら全員負け組である。
何のとりえもなく、これから何をなすでもない私があと10年生きたところで勝ち組とは到底言えないだろうと情けなく思う気持ちもおおいにある。
けれど、それでも生きていられるならば、それは多くの方々の病との闘いを糧にしてのことなのだ。
今、この胸に乳房がなくても胸筋があること、リンパは取り去っても腕に筋肉はあること。
10年も前ならば、あばら骨剥き出し、腕の内側はえぐれていたことだろう。
副作用だけが大きくてあまり効果のない抗がん剤に苦しんだ方もたくさんおられたことと思う。
数字に直してしまえばデータは冷たい。
けれど熱い血の滲むつらい治療の結果がそこにあり、
そのおかげで私は、いや多くの患者たちがこの後も生きられるかもしれない。
某所でお見かけし、蔭ながらご無事をお祈りしていた方が亡くなられていた。
難しいご病気で転移もあり、末期と知ってご自宅で療養されていた。
とても暖かで素敵なメッセージをいつも発信されている方だった。
私はご負担になるのを憚ってお近づきになるのはご遠慮していたのだけれど、うちの子とさしてかわらぬ年の息子さんのことを書いておられたのが印象的だったこともあり、1日でも長くご家族とご一緒の時間を持ってくださったらと願っていた。
亡くなられたと知って本当に残念でならない。
ただ垣間見ただけのお人柄だけれども、きっとご家族だけではなく、
多くのお友達がその死を悼まれていることだろうと思う。
亡くなられたからと言って、あの方の生き方が与えた感銘が消えるはずがない。
決して負け組とは言わせない。
というわけで、近頃の私は遠慮なく主治医に言うのである。
「勝ち組って言うな!」
「何%言うなってば。7割だけ生きてるやつなんかいない!」
という調子である。
なんと生意気な患者だろうね。(^^;)
でも、患者のほうからだって伝えなければわからないと思うし、わかってくれる医師だと見定めたから。
取るに足りないながらそれもまた、医師に捉えてもらいたいデータのひとつである。
医師の何気ない言葉で患者は傷つくのだ。
たとえステージIでも10年後生きている保証などないのだから。
だって、あなたが言ったのでしょう?乳がんは全身病だと。リンパだけでは転移を推し量れないと。
だから、化学療法をするのだと。
そして、明日はいよいよまた投与日である。
先ごろからずっと脂肪肝改善の努力はしてみている。
今週と来週で投与できなければ、比較試験のプログラムから外れて、薬を変えることになる。
せめて何かの役に立てばと思ったが、それも無駄になるというわけだ。
頼むから肝機能改善しててくれよ、とひたすら願うばかりである。やれやれ。