本日5月31日は,
ハイドンの命日なんですよ。

18世紀後半に活躍したオーストリアの作曲家ですね。
(いわゆる「古典派」と言われる時代)
"交響曲の父"として知られています。
貧しい生まれ故,
幼い頃は苦労したらしいが,
早くから音楽的才能が認められ,
エステルハージ侯の宮廷楽長となります。
んー,
エステルハージ侯と言えば,
ハンガリー随一の大貴族なんですよ。
(当時,ハンガリーはオーストリアの支配下にあった)
そこの宮廷楽長を長く務めたんで,
なかなか安定して満ち足りた生活を送れていたはず。
そーいえば,
オーストリアの"女帝"マリア・テレジアがエステルハージ侯の城を訪れたとき,
(正確には"女帝"ではない)
ハイドン率いる宮廷楽団の事を
ウィーンの宮廷楽団より質的にずっと高い。
と賞讃したんだとか。
一地方の宮廷楽団が"帝都"のソレを凌駕してるってわけ。
(ん?"帝都"と言っていいんか?)
それはそうと,
30年の宮仕えを終えたハイドンは,
ウィーンでフリーの作曲家に…。
そして,
音楽興行師ザロモンの招きで,
2度に渡ってロンドンを訪問します。
その際に作曲されたのが『ザロモン・セット』ですね。
12作の交響曲(第93番~第104番)からなるんだけど,
第94番『驚愕』や第96番『奇跡』,第101番『時計』なんか有名。
(『驚愕』についてはこちら)
僕は第100番『軍隊』,第104番『ロンドン』を愛聴しています。
(いずれ記事に…)
ちなみに,
最初の訪英の前,
60歳のハイドンに対して
英語もできないのに大丈夫ですか?
と心配したのが,
"愛弟子"もしくは"若い友人"たるモーツァルトです。

ハイドンの返答は,
私には音楽と言う共通語があるからね。
ってもの。
まぁ,
モーツァルトは言語を不安視したと言うより,
敬愛する先輩の老齢を思いやったって事らしいが…。
うん,
このときのモーツァルトだが,
まさかハイドンが帰国するより前に,
24歳も年下の自分が先に死ぬとは想像もしていなかったみたい。
(享年35歳)
対するハイドンの方は当時としては破格の長寿。
1809年5月31日,77歳での老衰死です。
ナポレオン軍によるウィーン砲撃の最中の話だったらしい。
さて,
生前は恵まれた人生を送ったハイドンだが,
(少なくともモーツァルトに比べれば…)
その遺骨は波乱万丈です笑。
死後11年目にあたる1820年,
遺骸を別の墓地に埋葬しなおす事になり,
棺を開けてみたら,
頭部が消えていたんですよ。
犯人はすぐに判明。
頭蓋骨研究家がこっそり盗み出していたんです。
大作曲家のハイドンだから,
その頭蓋骨は普通の人とは違うのでは?
と考えたんだって…笑。
しかも,
研究に使った後は,
知人に見せびらかすため,
居間に飾っていた笑。
え?
どう言う感覚?笑
そして,
この犯人の死後も,
ハイドンの頭蓋骨は人の手を転々と…。
結局,胴体のもとへ返されたのは,
なんと1954年!
およそ150年間も彷徨っていたんですね笑。
(いや,笑ってはいけない)
と言うわけで,
今宵の我がリスニング・ルームに鳴り響くのは,
ヴァイルによるハイドンの『天地創造』。
2度目の訪英から帰国した後,
やはりザロモンからの依頼で書かれた作品で,
ヘンデルの『メサイア』,メンデルスゾーンの『エリヤ』と並ぶ,
オラトリオの傑作中の傑作です。
参考
ハイドン:オラトリオ『天地創造』
ヴァイル指揮ターフェルムジーク・バロック管ほか
1993年録音
[VIVARTE]
ハイドンの命日なんですよ。

18世紀後半に活躍したオーストリアの作曲家ですね。
(いわゆる「古典派」と言われる時代)
"交響曲の父"として知られています。
貧しい生まれ故,
幼い頃は苦労したらしいが,
早くから音楽的才能が認められ,
エステルハージ侯の宮廷楽長となります。
んー,
エステルハージ侯と言えば,
ハンガリー随一の大貴族なんですよ。
(当時,ハンガリーはオーストリアの支配下にあった)
そこの宮廷楽長を長く務めたんで,
なかなか安定して満ち足りた生活を送れていたはず。
そーいえば,
オーストリアの"女帝"マリア・テレジアがエステルハージ侯の城を訪れたとき,
(正確には"女帝"ではない)
ハイドン率いる宮廷楽団の事を
ウィーンの宮廷楽団より質的にずっと高い。
と賞讃したんだとか。
一地方の宮廷楽団が"帝都"のソレを凌駕してるってわけ。
(ん?"帝都"と言っていいんか?)
それはそうと,
30年の宮仕えを終えたハイドンは,
ウィーンでフリーの作曲家に…。
そして,
音楽興行師ザロモンの招きで,
2度に渡ってロンドンを訪問します。
その際に作曲されたのが『ザロモン・セット』ですね。
12作の交響曲(第93番~第104番)からなるんだけど,
第94番『驚愕』や第96番『奇跡』,第101番『時計』なんか有名。
(『驚愕』についてはこちら)
僕は第100番『軍隊』,第104番『ロンドン』を愛聴しています。
(いずれ記事に…)
ちなみに,
最初の訪英の前,
60歳のハイドンに対して
英語もできないのに大丈夫ですか?
と心配したのが,
"愛弟子"もしくは"若い友人"たるモーツァルトです。

ハイドンの返答は,
私には音楽と言う共通語があるからね。
ってもの。
まぁ,
モーツァルトは言語を不安視したと言うより,
敬愛する先輩の老齢を思いやったって事らしいが…。
うん,
このときのモーツァルトだが,
まさかハイドンが帰国するより前に,
24歳も年下の自分が先に死ぬとは想像もしていなかったみたい。
(享年35歳)
対するハイドンの方は当時としては破格の長寿。
1809年5月31日,77歳での老衰死です。
ナポレオン軍によるウィーン砲撃の最中の話だったらしい。
さて,
生前は恵まれた人生を送ったハイドンだが,
(少なくともモーツァルトに比べれば…)
その遺骨は波乱万丈です笑。
死後11年目にあたる1820年,
遺骸を別の墓地に埋葬しなおす事になり,
棺を開けてみたら,
頭部が消えていたんですよ。
犯人はすぐに判明。
頭蓋骨研究家がこっそり盗み出していたんです。
大作曲家のハイドンだから,
その頭蓋骨は普通の人とは違うのでは?
と考えたんだって…笑。
しかも,
研究に使った後は,
知人に見せびらかすため,
居間に飾っていた笑。
え?
どう言う感覚?笑
そして,
この犯人の死後も,
ハイドンの頭蓋骨は人の手を転々と…。
結局,胴体のもとへ返されたのは,
なんと1954年!
およそ150年間も彷徨っていたんですね笑。
(いや,笑ってはいけない)
と言うわけで,
今宵の我がリスニング・ルームに鳴り響くのは,
ヴァイルによるハイドンの『天地創造』。
2度目の訪英から帰国した後,
やはりザロモンからの依頼で書かれた作品で,
ヘンデルの『メサイア』,メンデルスゾーンの『エリヤ』と並ぶ,
オラトリオの傑作中の傑作です。
参考
ハイドン:オラトリオ『天地創造』
ヴァイル指揮ターフェルムジーク・バロック管ほか
1993年録音
[VIVARTE]






















































