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ケセラ・イズム

~人生の微分理論~
今が大事,先の事なんて知った事か!

誰でも黒歴史ってあるよね

2025-04-30 03:29:21 | 音楽鑑賞日記
大学2年目(1回目の2年生)の追いコンにて,

ナガヌマって後輩と一緒に

モーツァルトのヴァイオリンとヴィオラのためのデュオの第1楽章
(僕がヴァイオリンで,ナガヌマがヴィオラでした)

を弾いた事があるんですよ。


ほら,

僕って極度のあがり症だから笑。

2人で舞台に立つのは無謀だった。

せめてクァルテット(4人),

いや,

クィンテット(5人)くらいじゃないと…。

本番はあまりに緊張し過ぎて,

最初の重音の音程から間違えてたのを覚えてます。

ナガヌマが凄い目で見てきた笑。

その後もどうも上手く弾けなくて,

 早く終わって欲しい

って気持ちでいっぱいだったんだよね。

演奏中にそうなったらダメ。
(諦めたら試合終了)

んで,

曲の終わり近くでヴァイオリンとヴィオラが掛け合う場面[6:38],

まずナガヌマが落ちたんだよね怒。

続いて,

僕も落ちた笑。

デュオなのに,

2人とも落ちた笑。

そして誰もいなくなった的な…笑。

結局,僕が最高音のE音[6:47]を無理やり弾いて続けたんだっけ。



いやー,

最悪な舞台でしたね。

封印。



と言うわけで,

今回はベートーヴェンあたりの黒歴史を紹介したい笑。



んー,

ベートーヴェンの代表作と言えば,

やはり交響曲第5番『運命』だろうか。

いや,

交響曲第6番『田園』も有名。

うん,

実はこの2作って同時に初演されてるんです。

しかも,

ピアノ協奏曲第4番って傑作も…。

1808年12月22日,

アン・デア・ウィーン劇場におけるチャリティ・コンサートだったんだが,

当日のプログラムは,

交響曲第6番『田園』,

アリア『ああ不実なる人よ』,

ミサ曲(抜粋),

ピアノ協奏曲第4番,

休憩を挟んで,

交響曲第5番『運命』,

ラテン語賛歌,

ピアノ独奏のための幻想曲,

『合唱幻想曲』

って言う超豪華版。

総演奏時間は4時間にもなる大規模な演奏会ですね笑。

チケット代は当時のウィーンの労働者の1週間分の給料くらいと高額だったらしいが,

それでも市民の2.5%程度が演奏会に押し掛けたとの事。

そんな満員の聴衆の前でベートーヴェンは黒歴史を演じたってわけ笑。


まず,

演奏会の約1か月前,

リハーサル中に少年合唱団員の1人が灯りのろうそくに悪戯しているのを見つけたベートーヴェンが,

その少年を殴りつけたって事件があったんだとか。

その横暴極まる行為に対して演奏者達は怒り狂い,

次の演奏会でベートーヴェンが指揮する事を拒絶したんです。

しかし,

ベートーヴェンも自分で指揮すると譲らず,

話し合いの末,

本番はベートーヴェンの指揮で行うが,

リハーサルは別の人間でって感じで決着。

だから,

当日のリハーサルに関しても,

ベートーヴェンは直接タッチする事ができなかったんですね。

しかも,

宣伝のポスターでは,

交響曲の第5番と第6番を入れ替えて印刷されるって間違いが発生。

ザ・踏んだり蹴ったり。


そして迎えた本番。

とりあえず,

ピアノ協奏曲第4番がグダグダだったらしい笑。

ベートーヴェン自身がピアノを弾いたんだけど,

当時,かなり難聴が進んでいたため,

その演奏は聴くに耐えないほど乱暴だったし,

途中で譜面台のろうそくをひっくり返すって言う失態まで演じた。

これに懲りて,

ベートーヴェンは2度と公の場でピアノを弾かなかったんだとか笑。

続く『合唱幻想曲』は輪をかけて酷い。

事前の打ち合わせが徹底されていたかったので,

繰り返し記号のところで,

オケの半分は先へ進み,

残り半分は指定の箇所まで戻って演奏したみたい笑。

当然,オケは大混乱。

ベートーヴェンは大声を出して演奏を中断したって話。

うん,

この演奏会に対しては"大失敗"の烙印だけが残され,

あの『運命』や『田園』って言う,

音楽史上でも1,2を争うレベルの傑作に対する聴衆の反応が後世に一切伝わっていないんです笑。

あーあ。


って事で,

今宵の我がリスニング・ルームには,

その贅沢なプログラムの中でも,

有名な交響曲や協奏曲でなく,

比較的にマイナーな『合唱幻想曲』が鳴り響いています。


演奏される機会は少なめな作品だけど,

管弦楽にピアノを加えただけでなく,

独唱や合唱まで取り入れた,

まさに『第九』に向けての習作と言うべき楽曲。

事実,僕も大学オケにおいて,

『第九』の前座として演奏した事があります。

ちなみに,

バイエルン王国の初代国王であるマクシミリアン1世に献呈された
(1806年にバイエルン公国は王国へ昇格)

って情報だけでも僕はときめく笑。
(ヴィッテルスバッハ家についてはいずれ)


冒頭は26小節にも及ぶピアノ独奏から始まります[1:11]。

初演のときはベートーヴェンの即興だったとの事。
(数年後,楽譜に書き起こされた)

その後,

オケが静かに登場してピアノと掛け合う[4:48]と,

コンチェルト的な様相を呈してきますね。

華やかに盛り上がる場面[8:14]なんか,

かの『皇帝』もかくやと思わせる。
(ちょっと言い過ぎか笑)

やがて4人の独唱が登場[16:59]。

そこからはピアノ,管弦楽,独唱が絡みながら,

小気味よく音楽が進みますね。

合唱が入ってから[18:04]は,

もう一気呵成にクライマックスへ。

かの『第九』もかくやと…。
(だいぶ言い過ぎか笑)

まぁ,

あんまり有名な作品じゃないけど,

その割に聴いていて胸が熱くなりますね。

ベートーヴェンを聴く喜びを感じられる。

そーいえば,

弾くのも楽しかった気がする。
(たぶん)


CDでは,

録音は古いんだけど,

L.クラウスが愛聴盤かな。



オケも,独唱も,合唱もイマイチ。

それでも,

珠を転がすような彼女のタッチを聴きたくてCDラックから取り出しちゃう。

録音の新しいところでは,

やっぱりアルゲリッチか。
(上の動画もアルゲリッチ)

ルガーノ・ライブの1つなんだが,



とりあえずレパートリーに取り上げてくれた事を喜びたい。

他人に進めるなら断然こっち。

いや,

総合的にどう考えてもアルゲリッチ盤の圧勝なんだが,

なぜかL.クラウス盤を忘れられない自分がいる笑。

この気持ちはなんだろう。



参考
ベートーヴェン:合唱幻想曲
L.クラウス(Pf)リヴォリ指揮アムステルダム・フィルほか
1968年録音
[Scribendum]
アルゲリッチ(Pf)ファソリス指揮スイス・イタリア語放送管ほか
2016年録音,ライブ
[WERNER]

しゃべりながら"撮られてるなー"って認識はありました笑

2025-04-29 03:24:16 | 仕事は真面目に
母親から

 新聞に載っとったよ。

などと言われたんよ。

うん,

たぶんコレの事。


(北日本新聞より)

確かに僕が写っている。

先日の高校入試説明会の記事ですね。

んー,

僕自身や少なくとも会場にいた人ならともかく,

こんな小さな写真の中のこいつを僕だと判断できるんか?笑



さすが親だな笑。


と言うわけで,

高説が無事に終了。

こちらの記事では,

 30分を超えるのは必至か?

などと書いた僕の発表だが,
(持ち時間は25分)

意外と26分程度だったらしい。

あー,

途中から時間が心配で,

最後はなかなかのアッチェレランド(※1)ぶりだったのに…。

もう3,4分は話せたな笑。



※1

音楽の速度記号ですね。

イタリア語で"accelerando"と書く。

"だんだん速く"って意味。

"accel"と略して記譜される事も…。

うん,

アクセルってわけ。

今回の発表では,

フルトヴェングラーも顔負けのアッチェレランドを見せたと思う笑。

"回復不可能な損傷"は目を疑うやろ笑

2025-04-28 23:35:45 | 遊ぶときゃ遊ぶぜ
飲み会の途中でさ,

僕の隣にいた人の腕時計にこんなんが表示されたんよ。



え?

僕の声が90dBだとおっしゃってるんですか?笑

調べてみたら,

犬の鳴き声,

または騒々しい工場の中ってレベルだと言うじゃない?

いや,

授業中ならともかく,

普通にしゃべってるだけだぜ?

それなのに,

30分さらされると,

聴覚が一時的に失われるだと?

しかも,

"回復不可能な損傷"などと言う文字まで見える。

さすがにウソやろ笑。

もし本当なら,

僕の生徒たちは全員が難聴になってるって…笑。


あー,

飲み会のシメの定番でも貼っておこう。



粋宏閣のムースーローですね。

今回は4軒目だったと思う。

いやー,

軟弱になったものだ。

この写真を撮った頃には,

これ以上食べられません,

これ以上飲めません,

そもそもこれ以上起きていられません

って状態だったもんな。

昨日は朝6時半から起きてたとは言え,

飲み会の途中で体力が尽きるなんて情けない。

昔は12時間くらい飲み続けても平気だったのに…。

僕の中では"30円<30秒"です笑

2025-04-27 00:24:30 | 日常的な事
仕事帰りにコンビニでビールを買ったのよ。

プレモルとヱビスを3缶ずつカゴに入れ,
(一晩で飲むわけではないよ笑)

レジまで持っていった。

そしたら,

店員さんが

 こちらの商品なんですが,

 缶がへこんでるので,

 30円引いておきますね。

などと言い出すではないか。

 え?

と思い,

見てみたら確かにへこんでる。

こんな感じ。



てか,

缶がへこんでたら30円引き

みたいなシステムがあったんですね。

そう感心していたら,

 もしくは,

 新しいものと交換しますか?

とも言われた。

うん,

こうなってるって事は,

強い衝撃が加えられているに違いない。

もしからしたら味が劣化しているかも知れない。

まぁ,

気が付いたら

 30円引かれるなら,

 このままでいいです。

と答えてたわけだが…笑。

ただ,

会計を済ませながら,

心の中で

 ん?

 これは試されているのか?

って考えが頭を過った。

プレモルやエビスと言う高級志向の買い物をしながら,

30円引きにつられて劣化した商品を求める様を,

この店員は心の中で笑ってるんじゃなかろうかって…。

いや,

これについては弁解させて。

僕は30円を惜しんだわけではなく,

新しいビールを持ってきてもらう時間を惜しんだんです。

明日(もう今日)は朝からの出勤なんで,

早く帰りたかったってわけ。

と言うわけで,

そろそろ寝ますね。

不遜の許される才

2025-04-26 04:12:48 | 音楽鑑賞日記
指揮者のカルロス・クライバーが飛行機に乗っていたとき,

近くの座席でCAを怒鳴りつけている大柄な老人がいました。

よく見ると,

その老人はチェリビダッケではないか。

カルロスより18歳年長の指揮者。

 おまえ!

 ワシを知らんのか!

 誰だと思っとるんじゃ?

などと息巻いている。

CAを不憫に思ったカルロスは間に入る事に…。

んで,

大先輩に敬意を表しながら放った言葉が

 マエストロ!

 無理もないです。

 彼女たちはこの私の事すら知らないのですから。

 どうか許してやってください!

だったんだとか笑。



ちなみに,

このC.クライバーなんだが,



いわゆる"天才肌"で,
("変人"と紙一重)

演奏会をキャンセルする事もしばしば。

ウィーン・フィルとのリハーサル中に,

突如,指揮台を降りて帰ってしまったときなど,

その理由が

 第2楽章冒頭の2ndヴァイオリンの弾き方が気に入らん!

だったらしい笑。

このときの演目は十八番のベートーヴェンの交響曲第4番だったみたいだが,

同じウィーン・フィルとベートーヴェンの交響曲第6番『田園』をやった際には,

リハーサルの途中で

 ぼく,この曲がわからなくなった。

と言い残して忽然と姿を消したんだとか笑。

メチャクチャ迷惑!

ただ,

その音楽は素晴らしいんよ。

鞭のようにしなるフレーズ,

官能的なリズム,

怒涛のテンポとスリル感,

ゾクゾクするような色香。

ドイツ出身ながらドイツ風って感じは皆無。
(父は巨匠指揮者エーリヒ・クライバー)

南米への亡命生活が何かをもたらしたのか?笑


対するチェリビダッケは,



かつてカラヤンとベルリン・フィルの常任を争った事で有名。

それに破れ,

"変人"になっていった笑。
(どいつもこいつも…)

頑なにレコーディングを拒絶したため,

我々は彼の死後に発表されたライブ録音を辛うじて楽しんでいるって感じ。

その音楽は緻密を極め,

テンポは異常に遅い。

ただ,

どこか巨匠ぶってる感も否めないんだよな。
(カラヤンに地位を奪われて拗ねた?笑)

いや,

素晴らしい演奏も多いんだが…。


って事で,

今宵の我がリスニング・ルームには,

チェリビダッケ/シュトゥットガルト放送響によるブラームスの交響曲第4番

が鳴り響いていています。



後年のミュンヘン・フィル時代ほどクセが強くなく,
(それはそれで魅力的な演奏だが…)

音楽に合わせて移り変わる表情の柔軟さが売り。

テンポは揺れ動き,

音色は千変万化。

大いに粘った濃厚な歌を轟かせたかと思ったら,

異常なまでの繊細な美しさも表出します。

第4楽章のフルートのソロとか何なん!

こんなん聴き入るやろ!

んー,

同曲はカルロスも得意としていて,

ウィーン・フィルとの録音が名盤の誉高いんだが,

この曲に関する限りはチェリの勝ちかな?



参考
ブラームス:交響曲第4番ホ短調
チェリビダッケ指揮シュトゥットガルト放送響
1974年録音,ライブ
[DG]

バナナの搾り汁

2025-04-25 01:13:31 | 仕事は真面目に
これがドラゴンフルーツですね。



んー,

大学時代に食べた事があるんだが,

あんまり美味しいとは思わなかった笑。

それはそうと,

このドラゴンフルーツの果肉をくりぬいて,

水を加えながらすり潰し,

それをろ過すると,

ろ液はフェノールフタレイン溶液と同様の使い方ができるらしい。

つまりアルカリ性に反応するってわけ。

酸性・中性では青紫色,

弱アルカリ性では橙色,

強アルカリ性では黄色って感じ?

昔,沖縄の入試で出題されてました笑。


と言うわけで,

今週の中3理科の授業では,

「酸とアルカリ」を扱ってます。



あー,

メチャクチャ内容が薄いんだよな笑。

酸性を示す原因は水素イオン,

アルカリ性を示す原因は水酸化物イオン

って話をするだけだから。

ソレをふんだんに味付けして授業をする。

気が付いたら,

1時間しゃべり倒してましたね笑。

とりあえず,

水酸化カリウム(KOH)が出てきた際の

 クォーーー

ってギャグが思いの外ウケたので,

満足してます笑。

そーいえば,

 青になったらアルカリ(歩かれ)

の件では,

ある生徒がこんなんを描いてたんよ笑。
(絵に描いたような優等生)



僕が言ったストーリーを再現している。

いや,

それは構わないんだが,

婆さんより僕の方を小さく描いているのは非常に遺憾。

絶対にユルサナイ笑。



それはそうと,

今宵も"模試つくりのみやつこ"です。

進捗状況は87.5%。

残り大問1題ですね。
(全部で8題だから)

しかも,

化学や物理の問題は終わっていて,

"流し"の生物。

うん,

楽勝だな笑。

模試つくりのみやつこ

2025-04-24 01:37:04 | 仕事は真面目に
中3数学(HL)の確認テストで,

 a=2.75,b=7.25のとき,

 a²-b²の値を求めなさい。

って問題を出したのよ。

当然,正しい解き方は

 a²-b²

=(a+b)(a-b)

=(2.75+7.25)(2.75-7.25)

=10×(-4.5)

=-45

だよな。

だけど,

こんな斬新な解き方をしてる奴がいた笑。



あー,

その前に

 95²

=(100-5)²

みたいな問題があったから笑。

うん,

まさかと思い,

 47²-37²

って問題を見てみたら,

案の定,こうなってました笑。



因数分解と言う発想はなかったらしい。

それにしても,

小数を整数部分と小数部分に分け,

小数部分を分数に変えた上で乗法公式とは…。

偉いのは,

ちゃんと正答を導き出している事。



加法の交換法則・結合法則により,

ちゃんと整数と分数を分けて計算しているのが心憎い笑。

んー,

 a²-b²

=2.75²-7.25²

=7.5625-52.5625

=-45

とやるよりは簡単か?笑

一応,彼の名誉のために言っておくと,

HLクラスでは進度を速めるため,

この単元は扱ってないのよ。

先週の授業で

 各自でやっておけよ。

と伝え,

いきなり確認テストをしているってわけ。

我ながら酷い話だ笑。

それでも理想の進度には程遠いんです涙。

今は「平方根」をやってるんで,

どうにか5月の2周目に「2次方程式」に入り,

少なくとも1学期中に「2乗に比例する関数」を終わらせて,

少し「相似」をかじりたい。
(え?無理?)


それはそうと,

今,ちょっと模試が切羽詰まってます。

GW明けすぐに検討の会議があるから,

今週中に他職員へ送信しなければならない。

進捗状況としては,

70%ほどだろうか。

と言うわけで,

今宵は"模試つくりのみやつこ"ゆえ,

この辺で。

人道的な装置の発明

2025-04-23 02:51:09 | 歴史浪漫
毎晩,浴びるようにビールを飲むって行為は,

ある種の自傷行為なんよね。

自分で自分の肝臓を破壊している。

死に急いでいる。

ただ病気で死ぬのは,

ちょっと御免かな。

どうせ死ぬんなら,

ブルボン家(フランスの王家)みたいに,

ギロチンで首をちょん切られて一瞬で死ぬ

ってのが理想的。

ハプスブルク家(オーストリアの皇家)の最期なんかは,

老衰による緩慢な死って感じ。

苦痛はないだろうが,

死なないから生きているだけって言う長生きの仕方は嫌。

まぁ,

1番避けたいのは,

ロマノフ家(ロシアの皇家)みたいな死に様。

同家は全身を病に蝕まれ,

悶え苦しみながら,

七転八倒の末,息を引き取る。

うん,

健康には気を付けよう。

ただ,

ビールを飲む事がホントに健康を害しているかは疑問。

年によって健康診断が異なるんだもん。

ある年は拙い結果だった僕の肝機能だが,

酒の量を増やしたにもかかわらず,

異常なしって結論の年も…。



まぁ,

それはいいとして,

フランス革命にて大活躍したギロチンですが,



パリの医師であり,

第三身分議員であったジョゼフ・ギヨタンの名を冠したものって話は有名ですね。



彼は国民議会にて,

 火炙り,車輪轢き,八つ裂きなどの残虐刑は止めよう。

 貴族にしか許されていない斬首をすべての人に適用しよう。
 (最も苦痛が少ないと考えられる)

 ただ,

 処刑人による剣や斧では失敗が多いから,

 器械によって首を切ろう。

って提案したらしい。

この提案は"人道的"とされ,

1791年に可決されます。

ちなみに,

この芸術と言うべき処刑器具を完成させたのは,

外科医のアントワーヌ・ルイって人物ですが,

彼の名前は忘却の中に埋もれている笑。


さて,

このギロチンの発明により,

1人の処刑に1,2分しかかからなくなったので,

一気に死刑判決の数が増えていった。

いやー,

実に"人道的"ですねー。
(これは皮肉)

特にフランス革命後の恐怖政治の時代,

1794年に「草月法」と呼ばれる,

あらゆる手続きを省略して,

尋問した後,即,判決を下す

って言う悪魔的な法律が制定されてからは,

1ヵ月半で約1300人が処刑されたんだとか。

1日に30人近くを殺している。

これはギロチンが

処刑人の手間と労力を省いているって以上に,

精神的苦痛を取り除いているって事でしょうね。

その意味では,

確かに"人道的"なのかも。


世紀の発明たるギロチンなんだが,

失敗もあったらしい。

ギロチンが水平に置かれていないと刃の落ちる速度が鈍ったり,

髪の毛があると切れ味が悪くなったりして,

致命傷に至らず,

何度もやり直して苦痛を長引かせたって事例もちらほら。

考案者のギヨタン自身,

ギロチンでの死を怖れて毒薬を携帯していたんだって…笑。


ちなみに,

最後にギロチンが使われたのは1981年の事。

意外と遠い過去のものではないんだね。

ストレスフリー

2025-04-22 03:53:11 | 仕事は真面目に
ちょっと思うところがあり,

ネットで「職場のストレスチェック」をしてみたのよ。

結果はこちら。



念のため,

他のサイトでもやってみた。



うん,

やっぱり。

最近,仕事におけるストレスが皆無なんよ笑。



いや,

もともと仕事なんかでストレスを感じてはいなかった。

だってさ,

ほとんど趣味なんだもん笑。

ただ,

ここ数年はそれなりに気の進まない業務もあったんで,

そこそこのストレスは感じていました。

だけど,

今年度からその嫌な業務が消滅。

まぁ,

仕事中に

 ん?

と違和感を禁じ得ない瞬間はゼロではないが,

そんな細かい事はあまり気にしないタイプ(※1)。

かくして,

ストレスフリーな生活に…笑。

んー,

それにもかかわらず,

ビールの量が減る気配を見せないのは,

一体全体なぜ?涙(※2)



ところで,

もうすぐ高校入試説明会ですね。

僕は今回も入試概略を担当します。

もう何回目?

数え切れないな笑(※3)。

"県立高校の合否決定のしくみ"とか,

正直,飽きてきてます笑。

まぁ,

今回のメインは,

富山中部と富山の倍率の話,

点数開示の結果

あたりだろう。

んー,

持ち時間は25分なんだが,

先週末の練習会では26分以上かかったし,

今日(もう昨日),見逃し配信用の動画を撮影してみたら,

29分を超えていた笑。

あー,

本番は数百人の観客を前にして気持ち良くなっちゃうから,

30分を超えるのは必至か?笑

夜の打ち上げのビールが美味そうだぜ笑。


それはそうと,

練習会では若手の発表がメチャクチャ良かったのよ。

特に英語の教科アドバイス。
(次いで数学か?)

いやー,

嬉しくなりましたね。

若手のパワーを感じる事ができたから。

あ,

こんな事を書くと,

 年を取ったなー。

って実感してしまう笑。

まだまだ若いつもり。

てか,

それなりに偉くなったはずなのに,

未だに最前線に立って戦い続けてるし…笑。



※1

仕事をしていると,

自分とは異なる人生を歩んできた"他人"と否応なく関わらなければならない。

そんな中で心の引っ掛かりを感じるのは当たり前。

そう言うのはどうにかしようとせず,

受け入れる他はないんです。

そんな事にストレスを感じるのは二流の人間ですね。

いや,

僕は恵まれているだけかな?

少なくとも日常的に接する人たちに関しては,

何かズレを感じたとしても,

 はぁ?

と言う苛立ちではなく,

 へ~

みたいな興味深さを覚えるに留められている笑。


※2

もともと仕事のストレスで酒を飲んでたわけではないからだな。

ん?

今となっては,

特に仕事以外のストレスもないはずだが…。

一体全体なぜ?涙


※3

新人の頃は,

高説で発表してる先輩方に対して,

羨望の眼差しを向けていたのよ。

だけど,

すぐに理科の教科アドバイスをするのが当たり前になった。
(これまた何回やった事やら)

そうすると,

入試概略に憧れたよね。

貫禄あるベテランがやるイメージがあったから。

そして,

5年くらい前からそのポストに就いている。

時の流れの速さよ。

愛は言葉ではない。行いによって示される。

2025-04-21 02:53:18 | 歴史浪漫
コレ,うちのトイレの画像ね。



ピカソのポスターを飾ってるんよ。

んー,

こんな一筆書きみたいなもんなのに,

13,000円くらいしたんだよな笑。

と言うわけで,

今回はピカソの女性遍歴について語りたい。



何しろ,

女との交わりを原動力に作品を描いていたような奴だから笑。


早熟の天才として知られる彼ですが,

8歳の頃に描いたと言われるデッサンがコレ。



メチャクチャ巧い!

巧いんだけど,

8歳の少年が何をモティーフに描いてるんだ?笑

その後,

「青の時代」と呼ばれる時期,



「ばら色の時代」と呼ばれる時期の作品で注目を集めます。



そして,

 誰も見た事のない絵を描いてみせる。

と取り組んだのが「キュビズム」と言う前衛的な手法。



あー,

難解な感じになってきた笑。


さて,

彼が最初の結婚をしたのは37歳のとき。

10歳年下のバレリーナ,オルガ・コクローヴァです。

保守的な価値観の持ち主だったオルガから,

 私の顔がはっきりとわかる絵を描いて。

と頼まれたって言う,

ホントかどうかわからない逸話もありますが,

この後は「新古典主義時代」へと突入。



これからのピカソは,

愛した女性によって画風を変えるようになるってわけ。

結婚後,オルガはバレリーナとしての舞台を降り,

名声ある芸術家の夫を献身的に支えようとしました。

しかし,

奥底に"野獣の血"が流れるピカソにとって,

常識的な彼女との生活は檻の中に閉じ込められたも同然。

インスピレーションを見出せなくなり破局します。


お次は,

17歳の少女マリー・テレーズ・ワルテルへの恋。

パリの地下鉄出口の階段を登って来る彼女に気付いた45歳のピカソは,

 マドモワゼル。

 君の顔は興味深い。

 君の顔を描きたい。

 僕はピカソです。

って話しかけたらしい笑。

最後の1文がなかったら,
(いや,あっても…)

ただの変態おっさんですね笑。

しかも,

芸術に興味のなかったマリー・テレーズは,

ピカソの事を知らなかったんだとか笑。

それでも不思議な魅力に惹かれた彼女はピカソの愛人となります。

そして,

若く健やかな肉体を持つ彼女との性愛がピカソの芸術を激変させるってわけ笑。

後にマリー・テレーズは,

 ピカソは女を犯してから絵を描く。

って証言してるみたい笑。

まぁそれはそうと,

彼女はピカソとの間の子を授かります。

ちなみに,

これをきっかけに正妻オルガとの離婚話が持ち上がるも交渉は決裂。

このオルガ,自身が亡くなるまでピカソの正妻の座を死守するんです笑。

一方,このマリー・テレーズなんですが,育

児に没頭し母親の顔しか見せなくなると,

だんだんピカソの心は離れていく。


続いては,

カフェで出会ったドラ・マールと言う女性。

彼女との熱愛の日々は,

第二次世界大戦による窮乏の時期です。

代表作は有名な『ゲルニカ』。



戦争の悍ましさを描いた作品ですが,

こんな逸話が残されています。

『ゲルニカ』を観た軍人がピカソに対して,

 あなた?

 これを考えたのは?

と尋ねた。

ピカソは答えて曰く,

 どんでもない。

 あなたでしょう,こう言う事を考えるのは!


さて,

ドラ・マールと同棲していたピカソですが,

画家を志すフランソワーズ・ジローって女性が売り込みに現れ,

当然のように愛人にします。

ドラ・マールにとっては苦しい日々の始まり。

喜怒哀楽の激しかった彼女の激情は凄まじいものだったと想像されます。

その彼女をモデルに描かれたのが,



有名な『泣く女』ってわけ。

その後,

ピカソはドラ・マールを捨て,

フランソワーズと同棲を始めます。

しかし,

セックスによって女性を支配しようとし,

その女たちの反応から強いインスピレーションを得ていたピカソとの関係に嫌気がさしたフランソワーズは,

彼との間の2人の子を連れて家を出ていく。

ピカソの方は,

 私のような人間を捨ててしまう者はいない。

と公言し,

いつか復縁を迫ってくるだろうと余裕の様子。

だけれど,

彼女が戻ってくる事はありませんでした。

まぁ,

70歳の男盛りを過ぎたピカソですからね。

そのため,

フランソワーズは"ピカソを捨てた唯一の女性"として歴史に名を残します。


凄いのは,

その後もピカソを慕う女性がいたって事。

陶房で働く26歳のジャクリーヌ・ロックを誘惑したんです。

しかも,

その時期に正妻のオルガが亡くなったので,

これ幸いと,

そのジャクリーヌと結婚。

ピカソ79歳,ジャクリーヌ34歳の45歳の年の差夫婦…笑。

この夫婦生活はピカソの死まで続きます。


ピカソが死んだのは1973年4月8日。

昼食前に苦しんでいるところをジャクリーヌに発見されましたが,

医師が来る前に亡くなってしましました。

死因は急性肺水腫による窒息死。

遺体の周りにはクレヨンが散乱していたとの事。

92歳を超えてなお創作意欲が満ち溢れていたんですね。

その生涯に油絵13,500点,版画100,000,挿絵34,000点,彫刻・陶器300点って言う,

膨大な数の作品を制作したと言われるだけの事はありますね。


ところで,

ピカソの女性に対する求心力は凄まじいものがありました。

最初の妻オルガは精神を病んで死んでいったんですが,

2番目の妻ジャクリーヌはピカソの死後も共に暮らしたノートル・ダム・ド・ヴィの城に住み続け,

13年後に謎のピストル自殺をする事に…。

また,

ドラ・マールは別の男性からプロポーズされるも,

 ピカソの後は神だけ。

と言って固辞。

後に修道女になったとか。



ご覧の通り,

天才と言うのは凡人の犠牲の上に成り立っている。

でも,

その代わりに何十倍,何百倍って言う凡人の心が救われているんだから…。

"トロッコ問題"ってわけではないが,

仕方ないよなって納得する他ない気がする。

って事で,

僕も周りの多くの人間を傷付けながら生きているが,

それ以上の人々に効用を与えているんだから許して欲しい笑。

家内安全!商売繁盛!

2025-04-20 04:07:50 | 日常的な事
寝室のカーテンなんだけどさ,



遮光性を重視して選んだんよ。

ほら,

僕って夜行性じゃない?

明け方に布団へ入り,

昼前くらいに起きる。
(休日は昼過ぎ)

だから,

昼間でも真っ暗になるようなカーテンにしたってわけ。

コレで午前中もぐっすり眠れる。

ただ,

選挙期間はつらい。

午前中でも問答無用で選挙カーが押し寄せるんだもん笑。

スピーカーから候補者の名前が連呼されるたびに,

目が覚めちゃう笑。

選挙運動の時間帯は朝8時から夜20時までと決められているらしいが,

僕の家の周りだけ13時以降にしてもらえないだろうか笑。


あーでも,

今日(もう昨日)の朝はもっと酷いのが来たんだった。

朝の10時過ぎだったかな?

僕が最も深い眠りについてる時間帯。

外が騒々しいので目が覚めたんよ。

何やらけたたましいお囃子が聞こえている。
(笛とか太鼓とか)

うん,

たぶん近所の神社の神輿ですね。



僕も小さい頃に参加していた記憶がある。

それがなかなか家の前から立ち去らない。

まぁ,

おそらく5,6分程度の話なんだろうが,

寝てる身からすれば永遠に感じられる。

しかも,

立ち去った後もなかなか寝付けず,

今日(もう昨日)は寝不足のまま仕事へ行く破目に…。
(おかげで今もめっちゃ眠たい)

んー,

神事ゆえに

 うるせぇ!

などと文句を口にすれば,

罰が当たる気がするんで,

心の中に秘めておくしかないわけだが…。
(ブログに書くのは許して…笑)

空耳アワー

2025-04-19 03:53:31 | 日常的な事
大阪万博が始まっているらしいですね。


(何なん?このキャラ?笑)

半年くらいやってるの?

まぁ,

今のところ,あんまり興味はないけど,

もし行きたくなったら,

なべやんに連絡すればいい?笑


んー,

万博と言えば,

「愛・地球博」(愛知万博)が懐かしいですね。



大学時代に行ったんです。

オケの後輩のマツヤマが名古屋出身だったんで,
(マツヤマについてはこちらも参照にされたい)

実家に泊めてもらったんだよな。

別の後輩アンザイと一緒に,

1週間くらい滞在したと思う笑。

万博以外にも,

名古屋の市街地を観光したり,

東山動物園へ行ったり。

それにしても6,7泊とは…。

ちょっと厚かましかったと反省している。
(マツヤマのお母様には感謝!)


あーでも,

そのマツヤマもさ,

僕の自宅に10連泊した事があるんだよね笑。
(実家ではなく,仙台の家の方だが…)

何かの飲み会の折,

PS2をウチに持って来たんよ。

んで,

 ワカミヤさんちにあった方が使い道が多いと思うので…。

と,

そのまま置いていった。

確かにオケの連中の溜まり場になっていたんで,
(練習場の近くに住んでいたから)

ゲーム機は重宝する。

だけど,

彼自身も普通にプレイしたかったらしく,

それ以来,僕の家に入り浸るように…。

いや,

持って帰ってやれよ笑。

と言うわけで,

マツヤマは

大学の授業が終わった後,

そのまま我が家へ来て,

朝になったら自宅へ戻り,

着替えて大学の授業へ

って生活を送るようになった笑。

ちなみに,

3日目くらいから,

僕は彼を空気だと思うようになり,

ゲームしてるのを横目に日常生活を送ってましたね笑。


そんな生活の中,

最も記憶に残ってる出来事を1つ。

そのとき,

僕は普通に音楽を聴いていました。

ザ・日常ですね。

曲はモンテヴェルディのオペラ『ポッペアの戴冠』。

バッハよりも古い時代に書かれた傑作中の傑作です。

僕が音楽鑑賞をしている間,

マツヤマは無音でゲームに興じていたわけだが,
(僕の日常を優先させていた)

突然,笑い出したんよ。

なんかゲームで面白い事があったのかと思い,

 どうしたん?

と聞いてみた。

そしたらさ,

 膝に雨が当たっただけでそんなに嘆くな。

だって。

聞こえてきた音楽に反応したらしい。

ちょうど第1幕第2場が鳴っていたときです。



うん,

[0:15]からのセリフが

兵士1:膝に,膝に。

兵士2:雨が当たった!雨が当たった!

に聞こえたんだって…笑。

ちなみに,

実際の歌詞は

兵士1:Chi va li? Chi va li?

兵士2:Camerata! Camerata!

です。

んー,

この動画だとイマイチかな?

僕が愛聴しているヤーコプス/コンチェルト・ヴォカーレだと,

ホントにそう聞こえる笑。



それ以降,我が家の宅飲みにおける必須アイテムになりました笑。

おっと,

『ポッペア』を冒涜している。

この傑作については,

いずれ記事にしたい。

"オレを馬鹿にする風潮になってる"は面白いやろ笑

2025-04-18 02:31:59 | 仕事は真面目に
今週の中3理科の授業では,

「電気分解」を扱っています。



電解質を溶かした水溶液に電流が流れる理由から,

塩化銅水溶液の電気分解,

塩酸の電気分解と続けました。

んー,

最後に水酸化ナトリウム水溶液の場合について触れるんだが,

 それぞれの電極から何が発生する?

に対して,

 ナトリウムと…,

 す,水酸化…?

って答える奴,大好きです笑。
(当然,陽極からは酸素,陰極からは水素が発生する)

何やねん!

水酸化って!笑

あ,

今日(もう今日)の授業では,

 塩(しお)!

と答えた奴もいたっけ?

ナトリウム

塩化ナトリウム

食塩

は短絡的な発想に過ぎるやろ笑。

どっから塩素が出てきたんだよ。

うん,

残念ながら,

単体のナトリウムって金属なんだよな。



まぁ,

食塩がしょっぱいのは,

ナトリウムイオンの味なんだが…。
(塩化物イオンは甘いらしい?)


それはそうと,

塩化銅の化学式であるCuCl2を聞いた瞬間,

ヤスノスケが

 何?

 そのR2-D2みたいなん?

などと言い出したんよ。

いや,

"CuCl2"と"R2-D2"は無理があるやろ笑。

んー,

次回の「酸とアルカリ」で酢酸(CH3COOH)を紹介したら,

 C-3POじゃん。

とでも言うのか?笑


(酢酸と塩化銅)

そーいえば,

先週の授業後,理科大好きな女子生徒が

 酢酸って,

 ニワトリの鳴き声みたいじゃないですか?

みたいな事を言ってきたんだっけ?笑

聞いた瞬間は

 確かに!

と思ったが,

冷静に考えると,

これまた無理あり笑。

モルックW杯(ワカミヤ・カップ)

2025-04-17 02:20:10 | 日常的な事
Amazonから大きめの荷物が届いたのよ。



例によって中身は不明…笑。

ほら,

僕って夜な夜なビールを飲みながらポチるから,

何を買ったか覚えていない事も多いんです笑。

ワクワクしながら開封したら,

モルックやないかい笑。



モルックと言うのは,

フィンランド発祥のスポーツですね。

それをプレイするためのセットってわけ。



んー,

何年か前(なべやんが中3の頃),

『ガキ使』でやってるのを観て

 やりたい!

と思ったんだが,

残念ながら当時は品切れ状態。
(テレビの力は凄い)

そのため,

「モルックW杯(ワカミヤ・カップ)」は断念する事に…。
(なべやん,金餅の子らと開催する予定だった笑)

んで,

そのまま忘れていたんだが,

つい最近,職場の話題に上がっていたため,

酔った勢いで購入してしまったんです笑。


ちなみに,

モルックのルールは至って簡単。

"モルック"と呼ばれる木製のピンを投げつけて,

"スキットル"と呼ばれる木製のピンを倒すだけ。

スキットルには1~12の数字が書いてあって,

1本だけ倒れた場合は書いてある数字が得点になり,

2本以上倒れた場合は倒れた本数が得点となる。

つまり,

"10"って書いてあるスキットルが1本だけ倒れたら10点だけど,

スキットルが3本倒れたら書いてある数字に関らず3点って事。

んで,

先に50点になったチームの勝利。

ただし,

ぴったり50点じゃなきゃダメで,

50点を超えたら25点からやり直し。

なかなか楽しそうじゃね?笑


うん,

運動不足だし,

そろそろ会社にモルック部でも作ろうかな笑。

ん?

モルックって運動になるんか?

僕にモルックのブームが訪れていた頃の記事を紐解いていたら,
(今は非公開になっている記事)

ジュン(当時は中2)との会話が出てきたんで,

ココに載せておこう。

※※※※※※※※※※※※※※※

授業中,ジュンから

 運動とかせんの?

と問われたので,

 そろそろモルックでもやるかな。

って答えたら,

Tさん(変態トライアングル所属)から

 やった事ある!

と言う意外な反応が…。

まさかモルックをプレイした事ある奴が身近にいたとは…笑。

ちょっと先を越された気分…笑。

師匠と呼ばせて欲しい笑。

ただ,

モルックの簡単なルールを説明したら,

ジュンから

 ソレ,

 ホントに運動なん?

って言われました…。

う…,

そう言われると,

確かに怪しい気がしてきた…笑。

何しろ木の棒を放ってるだけだからね笑。

消費カロリーで言ったら,

ゲートボールあたりといい勝負かも笑。
(ちなみに,ゲートボールはメチャクチャ得意でした笑)

※※※※※※※※※※※※※※※

加須底羅

2025-04-16 03:15:38 | 歴史浪漫
大学6年目(2回目の4年生)の頃,

お菓子作りにはまったのよ笑。

クッキーとか,

フォンダンショコラとか,

チーズケーキとか,

いろいろ作りました。

それなりに評判もよかった。

だけど,

カステラだけは失敗したんだよね笑。



レシピ通りに作ったはずなのに,

ベチョベチョになった卵と小麦粉の塊ができた笑。

ちなみに,

このカステラなんだが,

16世紀後半,安土桃山時代にポルトガルから日本に伝わったらしい。

"カステラ"と言う名前は,

カスティーリャ王国が語源なんだとか。

え?

カスティーリャ王国を知らん?笑


簡単に言うと,

スペインの前進国家の1つ

って感じ?

ご存じの通り,

スペインはヨーロッパの西端に突き出たイベリア半島にある国。



その昔,古代フェニキア人がイベリア半島を"イシャファニム"と呼び,

それを聞いたギリシア人,ローマ人が"ヒスパニア"と発音した事で,

スペイン語の"エスパーニャ",英語の"スペイン"となったみたい。

もともとは古代ローマ帝国の属州ヒスパニアだったわけだが,

ゲルマン民族の大移動の際,

その一派である西ゴート族が定着して,

この地に西ゴート王国を建てたんです。

しかし,

711年に北アフリカからイスラームの勢力が侵攻してきて,

西ゴート王国はあっさりと崩壊。

半島はあっと言う間に征服されてしまう。

こちらがイスラームのウマイヤ朝の最大版図だが,

イベリア半島が完全に飲み込まれてますね。



イスラーム軍はピレネー山脈も超えたんだけど,

732年,トゥール・ポワティエ間の戦いにて,

フランク王国の宮宰カール・マルテルが撃退した事は有名。

まぁ,

戦争に勝ったと言うより,

イスラーム軍が何らかの理由で撤退していっただけらしいが…。


そんなこんなで,

イベリア半島からキリスト教徒が駆逐されたかと言うと,

実はそうではなく,

ほどなく北から反撃に出ます。

いわゆる「レコンキスタ(国土回復運動)」ですね。

その起点は2つ。

1つ目は北西部で,

西ゴート王国の残党がアストゥリアス地方に逃れ,

小さな王国を残す事に成功していました。

アストゥリアス王国と呼ばれますが,

少しずつ領土を拡大し,

そのたびに都をカンガス・デ・オニス,ラングレーオ,プラビア,オビエドと遷し,

10世紀にレオンへ遷都してレオン王国となる。

そこから独立したのがカスティーリャ伯領なんだけど,

11世紀にはレオンとカスティーリャが再統一され,

カスティーリャ王国と呼ばれるように…。
(細かい事は省く)

ちなみに,

対イスラーム戦の最前線となるカスティーリャは,

"カスティーリョ(城塞)"が多数あったので,

その名が付いたとの事。

もう1つ,

北東部からもキリスト教徒が攻め立てます。

8世紀後半,フランクのカール大帝がイベリア半島へ遠征。

フランス側から乗り込んで,

イスラーム勢力の討伐を試みたんです。

しかし,

戦果は思うように上がらない。

ピレネー山脈の南側にスペイン辺境領をいくつか設置するのがやっとでした。

それがナバラ王国やアラゴン王国。


とりあえず,

レコンキスタの歴史は,

この地図みたいな感じらしい。



だんだんキリスト教徒が版図を広げていますね。

15世紀後半,カスティーリャ女王イサベルとアラゴン国王フェルナンドが結婚し,

夫婦で共同統治するスペイン王国が誕生。

1492年には,

最後のイスラーム勢力だったグラナダ王国を滅ぼし,

レコンキスタを完結させます。

あ,

一応,ポルトガルにも触れておこう。

カスティーリャ王国が前線地帯に置いたポルトカーレ伯領が始まり。

これが独立してポルトガル王国になったんです。

ただ,

フランスのブルゴーニュ公の一族が国王だったんで,

ブルゴーニュやフランドルから多くのキリスト教徒を入植させた。

そのため,

ポルトガル人って,

スペイン人と少し違うんだよね。

北方の血を引いている。

ま,

このあたりはまた今度。