海外ドラマを観てるとさ,
たまに
ん?
こいつ誰だ?
みたいになるときがあるんよ笑。
外国人の顔が見分けられないんですね。
いわゆる「人種効果」ってヤツ。

日本人なら日本人の顔を多数見て育つので,
日本人を基準にした顔認識空間が脳内につくられる。
だから,
接点の少ない白人や黒人の顔は,
きめ細かくは分類できないらしい。
ちなみに,
年を取ると,
接点が少なくなる若者の顔の区別がつかなくなるんだとか。
年寄りがアイドルの顔が同じに見えるのは,
このあたりに原因があるとの事。
さて,
ここでクイズです。
まず,
この2人の顔を覚えてください。
1人目はロシア皇帝ニコライ2世(在位:1894~1917年)。

そして,
2人目はドイツ皇帝ヴィルヘルム2世(在位:1888~1918年)。

まぁ,
髭のおっさんなんで,
やや似てる感じがしますね。
ただ,
この2人なら見分けられるよな?
大丈夫?
だいたい覚えた?
では,
これは誰でしょう?

え?
簡単過ぎた?
さすがにわかるよな?
うん,
正解は…
ニコライ2世
ではなく,
イギリス国王ジョージ5世(在位:1910~1936年)
でした笑。
え?
反則?笑
いやー,
ニコライ2世とジョージ5世って,
似過ぎじゃない?(※1)

(左がニコライ2世,右がジョージ5世)
理由は簡単。
この2人は従兄弟なんですよ笑。
いや,
実はヴィルヘルム2世も従兄弟。
うん,
同時代のイギリス,ドイツ,ロシアの君主が従兄弟ってわけ。
あ,
"同時代"ってのは,
いわゆる「長い19世紀」(※2)の末期ね。
まず,
デンマーク国王クリスチャン9世ってのがいるんだけど,

彼の長女アレクサンドラとイギリス国王エドワード7世の息子がイギリス国王ジョージ5世で,
次女マリアとロシア皇帝アレクサンドル3世の息子がロシア皇帝ニコライ2世。
そして,
ここでイギリスのヴィクトリア女王が登場します。

60年を超える長い治世において,
「大英帝国」を築き上げて"パクス・ブリタニカ"を謳歌した女王ですね。
(イギリスでは"女王の時代に国が栄える"と言われる)
彼女の長女ヴィクトリアはドイツ皇帝フリードリヒ3世に嫁ぎ,
後のヴィルヘルム2世を生みます。
さらに,
長男はイギリス国王エドワード7世となり,
上記の通り,その息子は後のジョージ5世。
うん,
まとめると,
ジョージ5世とニコライ2世は,
クリスチャン9世の孫であり,
ジョージ5世とヴィルヘルム2世は,
ヴィクトリア女王の孫になる。
いや,
それだけでなく,
ニコライ2世は,
ヴィクトリア女王の孫アレクサンドラ・フョードロヴナを皇后に迎えています。
つまりニコライ2世もヴィクトリア女王の義孫ってわけ。
んー,
ここに挙げただけでも,
ヴィクトリア女王が"ヨーロッパの祖母"と言われるのが納得ですね笑。
ところで,
19世紀後半は,
大英帝国(イギリス),ロシア帝国,オーストリア帝国の3つの大国で世界の半分近くを支配し,
絶妙なバランスで平和が保たれていました。
そこに新興のドイツ帝国が猛烈な勢いで工業化と軍事化を推し進め,
20世紀初頭には複雑な四つ巴状態となる。
やがて各自の利害対立が露わとなって,
バルカンを中心に一触即発の状態に…。
ドイツはもともとイタリア,オーストリアと同盟を結んでいたし,
イギリスは対ドイツ戦略として,
フランス,ロシアと協商を結ぶ。
(ちょっと単純化し過ぎているかな?笑)
そんな中,「サライェヴォ事件」が起こります。
皇太子を殺されたオーストリアがセルビアに宣戦布告。
オーストリアのバックにはドイツ,
セルビアのバックにはロシアが…。
そして,
各国は"敵の敵は味方"とばかりに同盟関係を作り上げていたので,
瞬く間に戦争は世界規模へと拡大していく。
オーストリア,ドイツ,トルコ,ブルガリアなどの同盟軍
VS
ロシア,イギリス,フランス,イタリア,セルビア,ベルギー,ルーマニア,日本,アメリカなどの連合軍
による「第一次世界大戦」ってわけ。
(詳しい経緯はいずれ記事に!)
この大戦の中心を担った4か国のうち,
オーストリアを除くドイツ,ロシア,イギリスの君主は,
先ほど確認した通りヴィクトリア女王の孫たちなんです。
(ヴィルヘルム2世,ニコライ2世,ジョージ5世)
第一次世界大戦が"従兄弟たちの戦争"の異名を持つ所以。
んー,
かつてヨーロッパでは,
ヴィクトリア女王の存在は重みを持っていました。
上記の3人以外にもヨーロッパ中に血縁者が散らばっていたから。
(子は4男5女,孫は40人,曾孫は37人との事)
それぞれの国の政府が表面では対立していようと,
裏で王室同士が血縁で繋がり,
決定的な対立をさせないって言うメカニズムが働いていたんです。
だからこそ,
"君臨すれども統治せず"の精神を持ったイギリス女王も最後まで外交権だけは手放さなかった。
ヨーロッパ中に睨みを効かせていたってわけ。

んー,
ヴィクトリア女王は1901年に亡くなってるんだけど,
"もし"1914年の第一次世界大戦勃発時まで存命だったなら,
あなたたち,
おやめなさい!
の一言で大戦は起こらなかったのでは…。
いや,
もう20世紀の戦争は"国王の戦争"ではなく,
"国民の戦争"だったからな。
止まらなかったか?
どうだろ?
※1
ちょっと目が違うか。
目が淀んでいるのがニコライ2世で,
目に光があるのがジョージ5世って感じ?
んー,
ロシア革命によって惨殺されるニコライ2世に対し,
息子(ジョージ6世),孫(エリザベス2世),曾孫(チャールズ3世)へと王朝が続いていくジョージ5世。
(ジョージ6世についてはこちら)
そんな運命を知っているからこその先入観か?
※2
一般的に「19世紀」と言うのは,
1801~1900年の100年間を指します。
ただ,
歴史をどう見るかって歴史観を反映させた結果,
イギリスの歴史家ホブズボームは,
1789~1848年を「革命の時代」,
1848~75年を「資本の時代」,
1875~1914年を「帝国の時代」
と題し,
1789~1914年を「長い19世紀」と規定しているんです。
(1815~1914年とする主張もある)
ちなみに,
1914~1991年は「短い20世紀」と言われている。
そして,
1688~1815年は「長い18世紀」なんだとか。
名誉革命,フランス革命もしくはウィーン会議,第一次世界大戦,ソ連解体
などが歴史的な世紀の変わり目と言うわけですね。
たまに
ん?
こいつ誰だ?
みたいになるときがあるんよ笑。
外国人の顔が見分けられないんですね。
いわゆる「人種効果」ってヤツ。

日本人なら日本人の顔を多数見て育つので,
日本人を基準にした顔認識空間が脳内につくられる。
だから,
接点の少ない白人や黒人の顔は,
きめ細かくは分類できないらしい。
ちなみに,
年を取ると,
接点が少なくなる若者の顔の区別がつかなくなるんだとか。
年寄りがアイドルの顔が同じに見えるのは,
このあたりに原因があるとの事。
さて,
ここでクイズです。
まず,
この2人の顔を覚えてください。
1人目はロシア皇帝ニコライ2世(在位:1894~1917年)。

そして,
2人目はドイツ皇帝ヴィルヘルム2世(在位:1888~1918年)。

まぁ,
髭のおっさんなんで,
やや似てる感じがしますね。
ただ,
この2人なら見分けられるよな?
大丈夫?
だいたい覚えた?
では,
これは誰でしょう?

え?
簡単過ぎた?
さすがにわかるよな?
うん,
正解は…
ニコライ2世
ではなく,
イギリス国王ジョージ5世(在位:1910~1936年)
でした笑。
え?
反則?笑
いやー,
ニコライ2世とジョージ5世って,
似過ぎじゃない?(※1)

(左がニコライ2世,右がジョージ5世)
理由は簡単。
この2人は従兄弟なんですよ笑。
いや,
実はヴィルヘルム2世も従兄弟。
うん,
同時代のイギリス,ドイツ,ロシアの君主が従兄弟ってわけ。
あ,
"同時代"ってのは,
いわゆる「長い19世紀」(※2)の末期ね。
まず,
デンマーク国王クリスチャン9世ってのがいるんだけど,

彼の長女アレクサンドラとイギリス国王エドワード7世の息子がイギリス国王ジョージ5世で,
次女マリアとロシア皇帝アレクサンドル3世の息子がロシア皇帝ニコライ2世。
そして,
ここでイギリスのヴィクトリア女王が登場します。

60年を超える長い治世において,
「大英帝国」を築き上げて"パクス・ブリタニカ"を謳歌した女王ですね。
(イギリスでは"女王の時代に国が栄える"と言われる)
彼女の長女ヴィクトリアはドイツ皇帝フリードリヒ3世に嫁ぎ,
後のヴィルヘルム2世を生みます。
さらに,
長男はイギリス国王エドワード7世となり,
上記の通り,その息子は後のジョージ5世。
うん,
まとめると,
ジョージ5世とニコライ2世は,
クリスチャン9世の孫であり,
ジョージ5世とヴィルヘルム2世は,
ヴィクトリア女王の孫になる。
いや,
それだけでなく,
ニコライ2世は,
ヴィクトリア女王の孫アレクサンドラ・フョードロヴナを皇后に迎えています。
つまりニコライ2世もヴィクトリア女王の義孫ってわけ。
んー,
ここに挙げただけでも,
ヴィクトリア女王が"ヨーロッパの祖母"と言われるのが納得ですね笑。
ところで,
19世紀後半は,
大英帝国(イギリス),ロシア帝国,オーストリア帝国の3つの大国で世界の半分近くを支配し,
絶妙なバランスで平和が保たれていました。
そこに新興のドイツ帝国が猛烈な勢いで工業化と軍事化を推し進め,
20世紀初頭には複雑な四つ巴状態となる。
やがて各自の利害対立が露わとなって,
バルカンを中心に一触即発の状態に…。
ドイツはもともとイタリア,オーストリアと同盟を結んでいたし,
イギリスは対ドイツ戦略として,
フランス,ロシアと協商を結ぶ。
(ちょっと単純化し過ぎているかな?笑)
そんな中,「サライェヴォ事件」が起こります。
皇太子を殺されたオーストリアがセルビアに宣戦布告。
オーストリアのバックにはドイツ,
セルビアのバックにはロシアが…。
そして,
各国は"敵の敵は味方"とばかりに同盟関係を作り上げていたので,
瞬く間に戦争は世界規模へと拡大していく。
オーストリア,ドイツ,トルコ,ブルガリアなどの同盟軍
VS
ロシア,イギリス,フランス,イタリア,セルビア,ベルギー,ルーマニア,日本,アメリカなどの連合軍
による「第一次世界大戦」ってわけ。
(詳しい経緯はいずれ記事に!)
この大戦の中心を担った4か国のうち,
オーストリアを除くドイツ,ロシア,イギリスの君主は,
先ほど確認した通りヴィクトリア女王の孫たちなんです。
(ヴィルヘルム2世,ニコライ2世,ジョージ5世)
第一次世界大戦が"従兄弟たちの戦争"の異名を持つ所以。
んー,
かつてヨーロッパでは,
ヴィクトリア女王の存在は重みを持っていました。
上記の3人以外にもヨーロッパ中に血縁者が散らばっていたから。
(子は4男5女,孫は40人,曾孫は37人との事)
それぞれの国の政府が表面では対立していようと,
裏で王室同士が血縁で繋がり,
決定的な対立をさせないって言うメカニズムが働いていたんです。
だからこそ,
"君臨すれども統治せず"の精神を持ったイギリス女王も最後まで外交権だけは手放さなかった。
ヨーロッパ中に睨みを効かせていたってわけ。

んー,
ヴィクトリア女王は1901年に亡くなってるんだけど,
"もし"1914年の第一次世界大戦勃発時まで存命だったなら,
あなたたち,
おやめなさい!
の一言で大戦は起こらなかったのでは…。
いや,
もう20世紀の戦争は"国王の戦争"ではなく,
"国民の戦争"だったからな。
止まらなかったか?
どうだろ?
※1
ちょっと目が違うか。
目が淀んでいるのがニコライ2世で,
目に光があるのがジョージ5世って感じ?
んー,
ロシア革命によって惨殺されるニコライ2世に対し,
息子(ジョージ6世),孫(エリザベス2世),曾孫(チャールズ3世)へと王朝が続いていくジョージ5世。
(ジョージ6世についてはこちら)
そんな運命を知っているからこその先入観か?
※2
一般的に「19世紀」と言うのは,
1801~1900年の100年間を指します。
ただ,
歴史をどう見るかって歴史観を反映させた結果,
イギリスの歴史家ホブズボームは,
1789~1848年を「革命の時代」,
1848~75年を「資本の時代」,
1875~1914年を「帝国の時代」
と題し,
1789~1914年を「長い19世紀」と規定しているんです。
(1815~1914年とする主張もある)
ちなみに,
1914~1991年は「短い20世紀」と言われている。
そして,
1688~1815年は「長い18世紀」なんだとか。
名誉革命,フランス革命もしくはウィーン会議,第一次世界大戦,ソ連解体
などが歴史的な世紀の変わり目と言うわけですね。
























































