井上もやしの日常

ほぼ「つぶやきの墓場」となっております。ブログやSNSが多様化して,ついていけないのでございます。

♪ 君の心へ続く長い一本道は…

2010-10-30 11:35:00 | Weblog
 夕べ、妻と一緒にテレビを見ていたら、CMのBGMとして、チューリップの曲が流れてきました。妻が、「昔ね、この曲をFMの番組からカセットテープに録音したなぁ。なんていう曲?」と言いました。好き嫌いに関係なく、自分の中学時代にはチューリップの曲が沢山流れていました。どこかで聞いています。チューリップの曲には間違いありませんが、私は分からずに「心の何とかだっけ?」と答えました。「え、『心の旅』だっけ?」と妻。私は「それは『あー だから今夜だけは』で、別の歌だなぁ…。」

 後で、ケータイを使って検索すると、「青春の影」という題名だと分かりました。曲の歌詞中には「青春」という言葉も「影」という言葉も全く出てきません。メロディがふと頭をよぎってもタイトルが浮かばない曲の一つです。

 画像は昨日の夕焼け。普段は午後7時頃に退勤するので、夕焼けを見る余裕がありません。でも、昨日は午後5時前に帰路に就けたので、西方向が真っ赤になる素敵な夕焼けを発見し、手持ちのコンデジで撮影しました。毎日お空をのぞける余裕があれば、いろいろな発見があるのかも知れません。
コメント (2)

映画「アブラクサスの祭」 ~地元民の視点~

2010-10-25 21:51:12 | Weblog
 23日(土)が勤務日になったので、今日はその振替休日。

 お天気が良ければ、今が紅葉真っ盛りの中津川渓谷あたりに行こうかと思ったものの、晴天とは言えず、国道115号線を登るにつれて、雲が厚くなり、小雨も降り出した。これは行ってもいい写真が撮れないと、若干行き先を変え、耶麻郡磐梯町の慧日寺(えにちじ)へ。ここは、奈良時代から平安時代の初めに掛けて活躍した僧の徳一(とくいつ)が開いたとされる寺だ。徳一は東大寺で修行して東国で多くの寺院を建立したとされる。

 慧日寺は数年前に金堂が昔ながらの工法で再建されたということを聞いていたので、ここを訪れてみた。門と金堂は再建されているが、講堂や食堂は当時の土台が残っているだけである。小雨が降る中で写真を何枚か撮って、福島市へと戻った。

 約1時間半掛かって福島市へ戻ると、次は福島フォーラムの「アブラクサスの祭」へ。全国で公開されるのは暮れ頃かららしいが、福島県で撮影したということで県内では10月9日から先行上映している。

 筋を一言で言うと、うつ病の坊さんが日頃の煩悩や身近の人の死などを乗り越えて自分の住む町でロックのライブを行う話だ。ラストのライブシーンに向けて徐々に盛り上がっていくところは、映画「ソラニン」を彷彿とさせた。また、5年前に見た短編集「Jam Films S」の「α」で「個性」とは何かを演じていたスネオヘアーが「自分」とは何かを演じているのが面白い。

 物語の舞台は福島県にある「春見町」という架空の町。種明かしをすれば、ロケを行った伊達郡国見町と田村郡三春町をミックスしたものだ。国見町は私の住んでいるところから比較的近いので「ああ、これは龍雲寺(←主人公・浄念がお勤めしている寺)から東北道を見下ろしたシーンだ。」と分かるし、三春町のシーンでも「看板に『郡山信用金庫』って書いてあるから、これって三春だ。」と気付く。私の頭の中では50km以上離れている別の町だから、ちょっぴり混乱を呼ぶ。

 方言もそうだ。舞台が福島県だから、もちろん中通り(福島県を縦に三つに分けた中央の地域。)の方言が使われているが、地元の私たちが聞いたらちょっと変。寺の住職・玄宗(小林薫)は間違いなく福島弁の言葉を話しているが、アクセントがとっても軽い。「美しすぎる福島弁」だ。地元に根ざした龍雲寺の住職なのに惜しい。それに引き替え、菓子店店主役のほっしゃん。は福島弁をうまく使いこなしていた。お笑い芸人の勘のよさをまた痛感した。

 ストーリー的に無理が無く、とても分かりやすいが、もう少し浄念の悩みの根源やその解決の過程を詳しく説明してくれたらよかったのにと思った。収穫としては、ともさかりえの自然な演技だ。彼女はどんな役をさせても極々自然に演じることができる。困ったときの右側が上に上がるくちびるもご愛敬だ。


 ☆ 総合評価  80点
  
コメント   トラックバック (1)

福島県知事選挙

2010-10-23 22:48:55 | Weblog
 10月31日(日)は福島県知事選挙の日。絶対に再選されること確実な現職の候補に対して、共産党から初めて聞く対立候補といういつものパターン。共産党候補が出馬しなければ、県の余計な予算を使わないだろうに、県の選挙管理委員会も忙しくないのに…ということは置いといて。

 今回の投票を呼びかけるポスターが画像のものだ。20代、30代の投票率が低いために、いわゆる「萌えキャラ」(←想定:短大を卒業して県職員として採用された20歳で、やる気満々の「福島未来(ふくしまみらい)」)を使ったとのこと。でもさぁ、サブカルチャーの世界にいるから「萌え」であって、官公庁が使い始めたら魅力半減ではないのか。

 また、投票率が低いのは政治不信に他ならない。大風呂敷を広げて政権交代を果たしても昔ながらの体質が抜けずに抜本的改革のできない民主党、的外れの批判を強めて大局的に見られなくなっている自民党、秋波を送られ右往左往する社民党と公明党などなど。国会中継などで噛み合わない議論やヤジを見た若者は「あんたら、いってーなんだべぇ。」と思うはずだ。
コメント (1)

「ニッポンの嵐」 ~商業主義の香り~

2010-10-22 20:50:46 | Weblog
 一般的なニュースというよりは芸能ニュースの範疇で扱われていて、知らない人も多いと思うので簡単に説明する。

 アイドルグループ・嵐は今年4月に国土交通省観光庁から任命された「観光立国ナビゲーター」の活動の一環で、「嵐ブック」を制作し、9月に全国の小中高校などへその本が寄贈された。観光庁に一旦送付され、そこから文部科学省の協力も得て各学校に寄贈されたことになっている。本を寄贈された大概の学校では図書室に置くことにしていたが、21日夕方のフジテレビのFNNスーパーニュースによると、どこからか流出し、価格8万円でネットオークションに掛けられているというのだ。(22日にヤフオクを覗くと、即決価格が12万円で、正午頃には10万円まで価格が上昇していた。夕方に再度ヤフオクを見た時には落札されたのか、削除されたのかで「ニッポンの嵐」ページはなくなっていた。)また、観光庁長官も「嵐の気持ちを踏みにじっている。」などのコメントをしていた。

 近くの小学校でも、昨日までは寄贈された1冊(←観光庁の公報には1校に2冊ずつ寄贈とある。もう1冊は…?)を図書館に無造作に置いていたのだが、今日から職員室で厳重に保管することにしたそうだ(苦笑)。今一番の人気アイドルだから、図書室に置いていたのでは、盗難あるいはオークション流出の危険性大という訳なのだ。一見4千円ぐらいのきちんとした装丁で、内容を少し見せてもらったが、嵐メンバーがピンで美術館、介護施設、宮崎駿の個人事務所などに赴き、対談を繰り広げているもので、小学生には難しく(文字が細かく、振り仮名もなく、文章を読む気にならないだろう。あ、つまり、小学生にとっては完全な写真集か!!)、中高校生向けと感じた。もちろん、嵐の写真も多数ある。

 しかし、私はきな臭さというか、商業主義的な臭いを感じる。これは税金で作られた本ではないのだ。観光庁が著作権を有する書物ではないのだ。発行所は「株式会社M.Co.」となっていて、値段の表示は全くない。あくまでも嵐からの「謹呈」なのである。私はよく分からないが、ネットで検索するとこの会社はジャニーズ事務所系列の出版社らしい。ジャニタレの写真集やカレンダーを多く出版している会社だ。嵐が企画・出版して、観光庁経由で各学校に寄贈されたことになる。こうなると、自分が登校している学校にレア本の無料サンプルが送付され、それが小中校生ファンたちの購買意欲を俄然煽る(「あ、リーダーが青森県立美術館に行ってる。この本、私も欲しいなぁ。」「一般にも販売してくれないのかな。」などはファンの自然な発想。)。そして、株式会社M.Co.がファンの要望に応えて、一般向けに出版して大ベストセラーになる…という構図が見えてくる。本当に多くの子どもたちに見て欲しいのなら、学校にたった2冊ということではなく、今時ならネット版の「ニッポンの嵐」を制作して公開したほうが安上がりだし、小中高校生以外のファンも気楽に見られるはずだ。それをしないことに、後の金儲けを感じてしまう。杞憂ならばよいが、もし、そうなると、アイドル本販売のお先棒を担いだり、「嵐の気持ちを踏みにじっている。」と怒りのコメントをしたりした観光庁関係者が余りに哀れで滑稽だ。

 今後も注視したい。
コメント

水琴窟(すいきんくつ)

2010-10-21 23:14:39 | Weblog
 楽天ブックスに頼んでいた「水琴(みずごと)の音」が到着。

 マキノ出版「ゆほびか」お得意の「不眠・うつ・アルコール依存症が治った!」「金運・仕事運・家庭運がアップ!」「年収5倍! ロトで大当たり! ついに正社員に!」などの効果絶大な(?)CDブックである。

 水琴窟とは、日本庭園の装飾の一つで、手水鉢(ちょうずばち)の近くの地中に作った空洞の瓶の中に水滴を落とし、その際に出る音を反響させる仕掛けで、「ピーン」とも「キーン」とも言えない金属的な反響音が有名である。私が実際に生音を聞いたのは宮城県丸森町にある齋理屋敷の庭園でのみである。

 このCDブックの眉唾物の効果はほとんど信じていないが、自分自身を振り返ると、金属的な音がなぜか好きである。チェンバロ、スティールパン、リュート(←元々はガット弦だけど。)、ガムラン音楽などを聞くと、不思議と心が落ち着くので、この「水琴の音」も購入してみた。時間は約40分間で、曲数が5曲、水琴の音にバイオリンや五十鈴、鳥の声などが弱く乗っている。本によると高周波成分が多く、脳が活性化して、癒しと幸福をもたらすらしい。確かに水琴の音だけでは非常に単調で、これをじっと聴くというよりは何か作業をしているときに聞こえるか聞こえないくらいに小さく流しているのがよいらしい。
コメント

ラジオの聴き方

2010-10-19 23:40:34 | Weblog
 昨日、新聞を読んでいたら、中波局・ニッポン放送の広告が載っていた。ゲストを呼んだり、プレゼントの大盤振る舞いがあったりしたら、それは聴取率を調べている週である。私はラジオ好きである。平日の夜にradikoでニッポン放送を聞いたり、土・日に普通のラジオで地元局・ふくしまFM(TOKYO FM系列)を聞いたりしている。妻には「何でラジオなんか聞いているの?」と言われるが、一家にテレビが一台しかない時代に育った者としては自由にできるのはラジオのみであった。その延長で、今でもラジオには愛着を感じている。

 それで、先程のニッポン放送の広告である。私は正直言って、ぶったまげた。記事の黄色く枠をした部分にである。ダイアルキッドさんのweb page「BCL Dial」で「ラジオの将来(2010.5.4)」という記事を読んだ時には、記事の内容は少し誇張されているのではないかと思った。しかし、今回、新聞広告に「ラジオの聴き方」の説明があったので、あながち誇張ではないと非常に驚いた。説明と言っても、


[ラジオの聴き方]
①スイッチを入れる
②バンド(BAND)をAMにする
③1242に合わせる

これだけであるが、こんなことを説明するの?!と本当に衝撃であった。私からしたら、当たり前すぎることが順序に従って指示されていて、これほどラジオ離れが進んでいるんだと痛感した。考えてみれば、今はテレビもパソコンも電話も各種音楽再生機もボタン1つで好みの番組や曲が流れてくるのだから、ダイヤルを回して1242kHzなどという中途半端な数字に合わせなければならない難易度の高い道具になってしまったのかも知れない。これは早急にラジオのデジタル放送化、あるいはradikoのようなパソコンとの融合をしていかないと生き残れないようである。
コメント

純粋な子どもの心を傷付けた?

2010-10-16 22:28:36 | Weblog
 またかという気持ちで、教員の不適切発言に関する記事を読んだ。今回は、鳥取県米子市立中学の理科担当の男性講師が今月上旬に1年生の授業で、「がけの上に立っている人に力を加えるとどうなるか」などと、殺人を想像させる問題を出したそうで、不適切な表現であると保護者に指摘されて、自身で理科の授業を担当する中学生に謝罪したらしい。

 先月辺りから、不適切発言等が話題になっているが、昨日の朝日新聞「天声人語」がコンパクトにまとまっているので、以下に引用する。

  ***** ここから引用  *****

 運動会も終わり、さあ学びの秋と意気込む先生も多かろう。授業や教材に工夫を凝らし、子どもの心をつかむ。その一助に新聞を活用していただくのはうれしいが、残念な使われ方があった▼山梨の小学校。5年の担任が道徳の授業で「脅迫状」を作らせたそうだ。児童はグループごと、ひと昔前の誘拐犯よろしく新聞を切り張りし、黒板の例文を再現したという。この「不徳」について教師いわく。「共同作業の大切さを学ばせたかった」▼愛知では、小3の担任が出した割り算の問題がとがめられた。〈子どもが18人います。1日に3人ずつ殺したら何日で……〉。片や横浜の中学教師は、生物の時間に男子の口と鼻をふさいで失神させた。どれほど呼吸が大切かを教えるつもりだったという▼これらの先生は40、50代。悪意なく盛り上げようとしたにせよ、教室を笑わせるには寄席とは違った用心深さが要る。超えてはならない一線もあろう。授業中ではないが、大阪の高校教師は不用意にも、女生徒にゴキブリ駆除剤を食べさせてしまった。「私の特製クッキーよ」と▼無論、悪ふざけに傷つく子ばかりではない。とはいえ、脅迫状の代わりに招待状、「殺す」ではなく「遊ぶ」でも出題の狙いは達成されよう。それも穏やかに、親からの苦情もなく▼手作り、オンリーワンの授業だから良いとは限らない。効果のほどは、すぐれて「ワン」の中身による。面白くてためになる工夫なら、教師の研修を通じて津々浦々に広まり、技を欠いた思いつきは、コラム書きの糧となる。

  ***** 引用終わり  *****

 冒頭の理科講師は何と年齢が70歳。「講師」と書かれていたので、正式採用されていない20代前半くらいの先生を思い浮かべたのだけれど、新聞各社のサイトを読んでいくと、中学校の校長や町の教育長などを歴任して再任用で現在の中学校で教えているようだ。理科の時間に子どもたちにとって分かりづらい「力点」「作用点」などの用語を教えるための説明の中で「殺人を想像させる問題」を出してしてしまったらしい。でも、彼は中学生の興味を引きつけ、力の掛かり方というものを考えやすいようにたとえ話をしただけである。多くの宗教家はたとえ話をよく使い、しかも上手だ。信者を自分の世界に引き付けるために、分かりやすく、かつ、誰でも納得できるたとえ話を用いる。だからこそ、沢山の信者を集め、宗教として成り立たせているのである。もちろん、件の理科講師も他のたとえ話もできるのであろうが、その時の話の流れから選んだネタであろう。「他の質問ができなかったのか。」は、授業の詳細な内容を知らず、外野の安全圏にいる無責任な物言いである。

「天声人語」にあった「脅迫状」は「担任を誘拐したから返して欲しければ現金を持ってこい」といった内容だったようで、子どもたちは担任を思う気持ちで、グループ全員で協力して新聞紙から文字を切り抜いたのかも知れない。だったら、稚拙でも「道徳」の授業にはなっていたはずだ。「殺人割り算」はこれらの中では一番大々的に報道された。私も殺人抜きの別なシチュエーションでも良かったとは思うが、多くの報道でなされていた「純粋な子どもの心を傷付けた。」という紋切り型のコメントには疑問を感じる。この「殺人割り算」で具体的にどのくらいの数の小学三年生が心に傷を負ったのであろうか。このニュースが報道された時期は、連日テレビや新聞で児童虐待や消えた高齢者が報じられていて、小学生だってそんなニュースを目にしていたはずだ。それに、殺人事件がよく起きる「名探偵コナン」などを夕飯を摂りながら家族揃って見ていたり、子ども自身がテレビゲーム等で敵キャラクターをばしばし倒すゲームで楽しんでいたりするのに、「殺人割り算」だけを採り上げて「子どもの心が云々」などと言っているのが噴飯ものである。親たちだって、日常的に2時間サスペンスを「楽しんで」いるはずだ。

「呼吸」の先生は、前もって生徒に「苦しくなったら合図をしなさい。」と言っていたらしい。格闘技でのタップのようなものだ。しかし、予想外に早い時間で失神したので、先生自身も驚いたであろう。それに全国版で叩かれたし…。「ゴキブリ駆除剤」はいわゆる「ホウ酸ダンゴ」で、これは先生の目を盗んでつまみ食いした女子高生にも責任があるはずだ。

 このようなことで不適切発言などと大々的に報道されているが、本当に殺人を犯したとか万引きをしたとかわいせつ行為をしたとかとは質が全く違う。私が危惧するのはちょっと冒険した発言や行動をすると保護者やマスコミに叩かれると、教員が萎縮して四角四面というか石部金吉な可も不可もないつまらない授業を行うようになることだ。これは児童生徒にとっても不幸な事である。一例として、小学1・2年でプールで力を抜いて浮く「クラゲ浮き」というのがあり、そこでは子どもにイメージさせるために「死んだ人になりなさい。」と指示をするそうだ。これは子どもにとって非常に分かりやすいと思うのだが、先のような記事を読むと指示がはばかられるのではないだろうか。

 それに、「死」や「命」が恣意的に扱われていることにも疑問を感じる。私が小学生、中学生の頃にはニワトリの卵を孵化する学習やカエル・フナを解剖する授業があったのだが、保護者たちから「気持ち悪くて子どもが卵を食べなくなった。」とか「授業で生き物を殺していいのか。」とかの苦情が文部省(当時)に多く届くようになり、次第にその学習は消えてしまった。つまりは、身近なもので生物の発生や生き物の内臓などを教えるいい機会を義務教育から奪ってしまったのだ。我々人間は周りにある植物、周りにいる動物の命をもらって、食べなければ生きていけないのに…。そして、近年は「命の授業」がもてはやされている。難病等で余命数ヶ月の人をゲストティーチャーとして学校に呼んで小中学生の前で講演をしてもらうことが結構行われている。これは、教師にも保護者にも割と評判がいいらしい。でも、私は言いたい! 小中学生は60年以上も先の自分の終末を考え、自分の死におびえる必要はない。今だけを一生懸命生きなさいと。



追記

 10月19日の新聞報道によると、「ホウ酸ダンゴ先生」が知らないうちに女子高校生がつまみ食いしたとされていたが、調査の結果、「ホウ酸ダンゴ先生」が「私の特製クッキーよ。」と女子高生に手渡したとのことだ。それだったら、「ホウ酸ダンゴ先生」の冗談がきつかったことになる。まともな高校生なら、食べ物ではないと感じた時点で吐き出すので、中毒症状までにはならないはずだが、「ホウ酸ダンゴ先生」が家庭科担当なのであれば、毒性があるということはしっかりと知っておいて欲しかった…。
(^_-)
コメント (3)

毒りんごサブレー

2010-10-11 23:37:31 | Weblog
 三連休の最終日、やっとお天気になったので、妻と母と磐梯吾妻スカイライン・喜多方方面へドライブに出掛けました。

 吾妻山近辺はちょうどよい紅葉具合でしたが、途中霧が掛かってきて周りの景色が見えなくなり、台無しでした。カメラ持参で、紅葉の写真を撮ろうと思ったのにぃ…。

 収穫は「毒りんごサブレー」。喜多方市役所の駐車場に車を置き、蔵の街並みを見て駐車場に戻ろうと思ったら、あら、緑町の「本家やまぐち菓子店」じゃあないの! 先月の朝日新聞で読みました。ここはユーモア菓子(「日本一うまいバターパン」「日本一まずいバターパン」などのネーミングのパンを50円で売っています! 雰囲気伝わりますよね?)を多く販売している店ですが、以前からずっと販売していた毒りんごサブレーに対し、買った客がうたい文句の「毎日食べると体の毒が取れます」「食べる前に頭に当てると、頭が良くなります」等はまずいのではないかと地元保健所に訴えました。

 それで、保健所が薬事法に違反する可能性があると効能に対して指導をしたのですが、やまぐち菓子店は効能の表記をやめることはせず、「追伸 効果がまったく無い事がわかりました」という追加のシールで乗り切ったという話です。朝日新聞全国版の「青鉛筆」に載ったし、その後、県内版に事件の詳細が載ったし、やまぐち菓子店さんは一躍有名になりました。

 冗談に目くじらを立てる人はどこにもいるものですね。そうなると、渋々役所関係も動かなければならないし。面倒臭い時代です…。一休さんみたいな頓智ですねぇ、っていうよりは、目には目を、屁理屈には屁理屈をですね。
コメント   トラックバック (1)