貧者の一灯 ブログ

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貧者の一灯・THEライフ

2022年11月10日 | 流れ雲のブログ


















出会い系で知り合った男に「心」を求めて

浩平と破局した後、弘子はインターネットの
出会い系にハマり、そこで次の不倫相手を
見つけることとなる。

牢獄のような家庭生活から一瞬でも逃れられ
たらとの思いで、弘子は自分の「心」を満たして
くれる相手を求めていた。

その男性は不動産の営業マンで、月に1~3回は、
千葉から100キロもの道のりを車で飛ばして
やってきた。弘子はそれがうれしかった。

やり手の営業マンということもあって、気遣い
ができて会話も面白い。

相手の車でラブホに入り、そのままサービス
タイムで昼間を過ごす。3年間もそんな関係
が続いた。

しかし、いつも会うのはラブホという密室。

当たり前だが相手にも子供がいて、W不倫
ということもあり、安易に外を出歩くわけには
いかなかった。

それでも弘子は、身体だけの関係だとは
思いたくなかった。最初は、ラブホで会う
だけでも楽しかったが、次第に普通の恋人
同士のようなことをしたいと思うようになった。

しかし、街でデートしたいという話をすると、
それを巡って毎回必ず口論になった。

「私は、一口に不倫といっても、身体を求め
合うというより、ちゃんと恋愛がしたかった。

公園に散歩に行ったり、花火を見に行ったり
という普通のデートがしたかったけど、それは
無理だって言われたんです。

やっぱり身体だけ求められているんだなぁ
と思いました。

“男の人って身体だけなんだよね?”って言って
私が怒ったふりをすると、“そんなことないよ”とは
言うけれど……。

始めの何年かは優しかったんだけど、
そういうのを2度3度と繰り返すと、向こうも
嫌になったんだと思う。いつの間にか、
連絡が途絶えちゃったんです」

ああ、私って馬鹿だな、大切な人をなくし
ちゃった。弘子は、不倫相手が去っていく
たびにそう思った。

「不倫っていう、本来であればしてはいけない
ことをしてるんだから、これで良かったんだと
後で思ったんだけど、それでも本音は恋人
同士みたいな遊びをしたかった。

大切にされたかった。そういうのって、
求めちゃダメなのかもしれないけど……」

寂しくて、辛くて、心細くて、誰かにすがりたい
しかし、不倫は、弘子にとって逃避で
しかなかった。

夫の良平の両親は二人とも小学校の教員で、
ほとんど家にいなかったそうだ。

親からの愛情に飢えた幼少期を送った良平
が理想とする家族像は、そのトラウマを反面
教師にしたもので、「母親は常に家にいないと
ダメだ」というものだった。

「旦那のお母さんからも“自分たちが共働き
だったから、ちゃんと子供を育てられなかった
のよ。弘子さんは、ちゃんと家にいて、子育て
をしっかりやってほしい。

フラフラ外に出ていくことはしないでね。
仕事なんかしないで”って言われていた。

でも、それって私という人間をダメにするな
と漠然と思っていました」

夫はPTA活動などの子供に関わることでの
外出は認めていたが、弘子が外で働くことは
絶対に許さなかった。

自分の所有物という感覚がとても強く、
思い通りにしないと激しく当たり散らした。

唯一、内職としてやっていた公文の採点で、
採点者向けの講習会に行くことすら禁止された。

「遠出する必要なんてない。ちゃんと家にいろ」
こっぴどく叱責され、怒鳴りつけられ、弘子は
精神的に追い詰められていった。

DV、モラハラなど、あまりのストレスから突発性
難聴も発症。この出口のない絶望から逃れるには、
やっぱり離婚するしかない。

度重なる不倫の末に気付いた結論、それは
夫と妻という関係に終止符を打つことだった。

「お父さん、お願いだから私を解放して」と
離婚を懇願

弘子は、夫に何度も離婚を懇願したが、
夫はそれを聞くたびに怒り狂い、眼前で
離婚届をビリビリと破いた。

そのため、話は離婚調停に持ち込まれる
ことになったのだが、品行方正そうな調停
委員たちは、「そんなのどこの家庭でもよく
ある話よ」と訳知り顔で諭し、離婚を思いとど
まるように説得した。

予想外の展開に言葉を失った。

調停委員たちは、いくら弘子がDVの現状を
訴えても、全然聞く耳を持たなかったのだ。

「私は経済的に自立したいと思っていたけど、
そんな私を旦那は馬鹿にしていた。

そうはいっても、食っていけねぇだろ、と。
“離婚したいだの、一人になりたいだの、
よくそんな口が叩けるな。

俺が食わしてやってるのに”。そう言われると、
何も言えなかった。でも、何度も“お父さん、
お願いだから私を解放して”って泣きついた」

弘子は根気よく離婚調停を続けた。
夫との離婚が成立するまで9か月を要した。

手に職をつけることの必要性を強く感じた
弘子は、紆余(うよ)曲折あって現在の
介護福祉士という資格を2年がかりで勉強し、
手に入れた。

弘子は、離婚して一度は家を出たものの、
子供からの要望があって、現在は元夫と
住んでいる。

「夫は一人では何もできないし、放って
おけないという気持ちもあります。

やっぱり結婚生活30年も経つと、
完全には切り捨てられない。

旦那は病んでるんですよ。きちんと愛情を
もらわずに大きくなってるし、愛情表現も
まともにできない。

要するに、病んでる夫のところに、愛情
溢れる家庭で育った私が来て、そのせい
で私も病んじゃったんだなぁと。

今振り返ってみると、その結果が不倫だった
んだと思いますね」

60歳に近くなり、年老いた元夫は、もはや
弘子の仕事に何も言わなくなった。

弘子は現在、仕事の合間を縫って3歳年上
の恋人と月に2回ほど会っている。セックスも
するし、外で堂々とデートもする。

それは、弘子がずっと待ち望んでいた、
身体だけの関係ではない、普通の恋人
同士のような関係だった。

「例えば、雨が降ってきて、私しか傘を持って
なかったことがあるの。“いや、僕が持つから。
腕を組んでくださいよ”って彼が傘を持って
相合傘をしてくれた。

もう、それだけで幸せな気持ちになる。
私、そうやって相手に必要とされるのが
好きなのかもしれない」

元夫とはいえ、恋人がいることを悪いとは
思わないのだろうか? 単刀直入にそれ
を尋ねてみた。

「私ね、お父さんに今まで本当に尽くしてきたし、
今も尽くしてるんです。もし病気になって身体が
動かなくなっても、最期をちゃんとみとるって
決めているの。

だから、恋人がいても罪悪感は全くない。
心だけは縛ることができない。もし、咎(とが)
められたら、“これ以上、私に何を求めるの?
”って言うかな」

弘子のまっすぐな目が私を捉えていた。

不倫は良くない、不倫はダメだ、そんな倫理
を振りかざしても、不倫に走らざるを得ない
個々の心情と、その心情を作り出す悲惨と
向き合わなければ、根本的な解決には
至らない

i今、弘子の生活が何十年もの時を経て、
ようやく輝きだそうとしている。

元夫は、そんな弘子の新しい船出を全く
知らない。知ったところで、すでに離婚して
いるので、口を挟む権利もないかもしれない。

「今は、幸せですね。不倫で得たことは、
自分もそうだったんだけど、みんな自分を
愛せていないってことかな。

女は自立したほうがいいです。仕事は楽しい。
介護の仕事は、汚かったりするし、夜勤もあるし、
辛い時もあるけど、

何よりも利用者さんから“ありがとうね”って
感謝されるのは、“いや、こっちがありがとう”
って言いたいくらい、うれしいことなんですよ」

「不倫体質」を自称する弘子の人生にとって、
不倫は最初、逃避の手段であり、一つの救い
であった。しかし、それが次の扉を開けるため
の起点となった。

びくともしない扉に思われたが、文字通り
体当たりでこじ開けたのだった。

一人の自立した人間として元夫と向き合える
までに、思えば何十年もの歳月がかかった。

夜勤明けで疲れていても、家に向かう弘子
の足取りは不思議と軽い。

夫は年を取ったこともあり、家にいても寝て
いることが多くなった。

何よりも弘子との婚姻関係がなくなって、
経済的に独立したこともあってか、弱気に
なって何かと頼ってくるようになった。

「お父さん、私なんて付属品だと思っている
くせに、“アイス食べたい”とか、メールを送って
甘えてくるんです。変なやつでしょ」

そんな元夫のために「これからアイスクリーム
を買って帰ります」と言って、弘子はとびっきり
の笑顔で一礼すると、

帰宅ラッシュでごった返す駅の構内に
消えていった。…












「どうしたんだ、勃たてっ!」  できることなら
命令して、思いっきり局所を叩たたいてやりたい。

だが、肝心なそこは、なにごともなかったよう
に穏やかである。 「あれだけ、準備をしたのに…」  
(渡辺淳一『愛ふたたび』幻冬舎文庫より)

古今東西、多くの男性にとって「いつまで挿入
を伴うセックスができるか」は強い関心事です。

特に肉体的な衰えを感じ始める中高年男性
では、実際に「どうしたんだ、勃てっ!」と
心の中で叫びたくなる状況の方も少なく
ないことでしょう。

では、いつまでできるのでしょうか。それは、
個人差がとても大きく、一概には言えません。
最終的には本人の意欲の差ということに
なります。

ただやはり、心身ともに健全なことが長く現役
であり続けるための秘訣ひけつです。

「できるけどしない」と「できない」は大きく違う

中高年の性生活において、女性にとって
スキンシップや会話などのコミュニケーション
が大事で、「挿入にはこだわらない」

「むしろ必要ない」という意見も多いといいます。
一方で、男性は硬い勃起を望み、挿入する
ことにこだわる傾向にあります。

女性にとって同じ「挿入を伴わないセックス」
であっても、男性にとっては「できるけど
(女性側の希望から)挿入しないセックス」と
「(自分側の事情から)挿入できないセックス」
では、意味が全く異なってきます。

1999年3月23日、日本でもバイアグラの処方
が可能となり、勃起不全(ED)の治療は大きく
変わりました。

その後、レビトラ、シアリスと、バイアグラと同じ
働きを持つ薬(PDE5阻害薬)も登場し、

勃起が難しくなった多くの男性が恩恵を受け
ています。特に軽度から中等度までのEDで
効果が出る人の割合は高く、加齢に伴う軽度
のEDに悩む中高年男性の福音となりました。

バイアグラ以外にも治療の選択肢あり

EDの治療はカウンセリングに始まり、
PDE5阻害薬のほか、プロスタグランディンE1
(PGE1)海綿体注射、陰圧式勃起補助具
(VCD)、陰茎プロステーシスまで選択肢が
あります。

しかし、現在の日本では性機能の専門医が
いる一部の医療機関以外では、PDE5阻害薬
の処方しか行われていないのが現状です。

したがって、近所の泌尿器科医を含めた
お医者さんに、PDE5阻害薬を処方してもらい、
うまくいかなかったら諦めるか、性機能専門医
のいる医療機関を受診することになります。

PDE5阻害薬以外の治療に臨むか、
いつまで頑張るか、と多くの方が悩まれて
います。

妻の期待に応えたい

70歳代のAさんは前立腺がんで、前立腺の
全てを摘出する手術を受けました。

手術では、前立腺のすぐそばにある、
勃起機能に関わる神経も切除せざるを
えませんでした。

術前にはお話しになりませんでしたが、
Aさんは二つ年上の妻と仲が良く、手術の
直前まで週1回のセックスが夫婦の楽しみ
でした。

術後半年ほどたったところで、ED治療の
相談にいらっしゃいました。

妻が夫婦生活の再開を求めているけど、
「妻の期待に応えられない(挿入できない)」
ということでした。

当初僕は、Aさんより年上の妻は「挿入を
伴うセックス」を求めてはおらず、挿入の
希望はAさんの思い込みだろうと考えて
いました。

当時の僕たちの病院で前立腺を全て摘出
する手術をした後の性機能に関する調査
をしたところ、

半数以上の夫が術後の勃起の改善を願う
一方、約70%の妻は「勃起の改善は必要
ない」と答えていたからです。

注射によって希望をかなえる

Aさんは毎回、妻と一緒に受診されていました。
直接妻に話をお聞きしたところ、妻は潤滑
ゼリーを使ってはいるものの、本当に
「挿入を伴うセックス」を望んでいることが
わかりました。

PDE5阻害薬は神経を介して勃起を
引き起こすため、神経まで切除する手術
を受けたAさんのような方には通常効果
がありません。

PGE1海綿体注射は海綿体に直接
働きかけて勃起を起こすため、血管に
問題がなければ勃起を起こせます。

ED治療に関し日本は制度面で遅れており、
海綿体注射は治療薬として認められて
いませんが、性機能専門医の責任の下、
必要な患者には広く使われています。

PGE1海綿体注射を行ったところ、
Aさんの反応は良好でした。

注射後10分くらいで完全に勃起を果たし、
約2時間にわたって維持されました。

その次の診察時には、海綿体注射をして
すぐ家に帰り、Aさん夫婦は久しぶりに
セックスを楽しむことができました。

それから2週間ごとに注射のために
受診され、その後何年もセックスを
楽しんでいらっしゃいました。

セックスの目的はカップルによって
様々です。

全ての男性に勃起が必要であるとは思い
ませんが、「挿入を伴うセックス」を必要とす
るカップルには、年齢に関係なく、できる
だけ期待に応えられるような治療を提供
したいと思っています。 ・…

author: 今井伸
日本性科学会幹事、
日本泌尿器科学会指導医、
島根大学臨床教授。