家庭からの提出物が遅いのは 家庭訪問後でないと
本人に注意はできないと言うのが 私の持論でした
学校に通っていた頃 両親が揃っていたのに
貧乏な暮らしをしていました
その日の漢方薬の行商の集金を 父が家にもって帰らないことが
多々あったからです
父も一種の奇人変人でした
「健康に恵まれているのに 何をこれ以上不足に思うのか」
と言う考えを押し通すのでした
もっと苦しんでいる人に使ってもらえればよいと言って
集金のお金をすっきりどこかへ置いてくるのです
PTA会費の240円の袋を学校からもらって帰り
母にお金を入れて~と頼むと
「お父さんが夜帰ってきたときに頼んであげるから~」と言ってくれ
安心して寝ます
朝起きて見るとまだ空っぽのままなのです
これじゃあ持ってはいけません
「忘れたやつは手を挙げろ!
集金袋を忘れたやつは後ろに立っとけ~ 」
忘れた生徒が悪いのではないのです
お金を持ってこれない理由は親にあるのですから 惨めな思いで立たされているのは
とても辛いことでした
毎朝どんどん人数が減ってきます
最後のほうまで残っていると とても卑屈になり 惨めです
だらしないやつだと思われる辛さは 骨身に沁みて懲り懲りで・・・
私が教師になったときは 絶対にお金を持ってこない子の責任だなんて思わないぞ!って
先生と父の生き方を恨んでいました
返信の遅いのは おそらく鞄の底にT君が入れたままで
親に渡していない だらしなさのせいだろうと 結論付けていたのです
T君にはなにか 大きな理由があるはず
T君と出会って 大きなトラブルは何も起きていないし
すぐに部活に走って行き 練習に打ち込んでいるし・・・
おかしいなあ~?と思っていました
4月下旬から5月の連休明けくらいまでの10日間が 家庭訪問期間でした
真っ先に予定をT君の家から始めました
妹と両親の4人家族と言う構成は分かっていたのですが
後はなにも知らされていません
「学校からの連絡はT君が読んで教えてくれる」と母親は話してくれました
両親は家の貧しさから学校に行けなかったので 平仮名がやっとと言う学力で
彼を頼りにしているって とても喜んでおられるのです
学校では決して見せたことのない笑顔で 彼は照れています
2年生になって喜んで学校に行ってくれるので
安心していると言う母親の言葉でした
学級通信のことは知ってくれていますか?と問うと
「はい、この子が全部読んで聞かせてくれるので~」って
自慢げに頼もしそうに 息子を見ています
返信を出す部分は親を困らせるので 彼は読まなかったのでしょう
字を読めないのに書けませんもの
彼は体格の大きさを使って 突っ張ることで 居場所を確保していたのでした
私がそんな両親を 笑い見下す人間ではないという安心感で
よい笑顔で座っているのです
いじらしいほどの親孝行のT君でした
「家庭の事情をよく理解して まっすぐに伸びる気配りを親代わりにして欲しい!」
と言う 前担任の申し送りだったのです
なあ~んだ~!
もっと暗い方に私は考えていました
よほどのことがあるはずだと・・・
大きな守るものがあるために T君は虚勢を張って身構えてきたのです
勉強は苦手なので野球に打ち込み 親の期待に添えるようにと
毎日を頑張っていたのでした
チラッとでも問題児だと疑ったことを申し訳なく感じたし
彼を見るときに 突き刺すような視線を 私も投げていたかもしれないと思いました
周りの生徒も 寡黙な彼を怒らせたら大変だと
保身のために祭り上げようと集まっているのです
あの学級開きの出会いの時の黒い集団は 私の対応の仕方で
どちらにでも転べる彼の仕掛けだったのかもしれません
もうかなり美しい色に 私の中で T君は染まってきていました
非行生の扱いなども 子育ての経験のある教師に
お願いしたいと言う要望はよくありました
母親は辛抱強く見捨てないで どこまでも寄り添って付き合いますからね
弱者に住みよい社会は みんなに住みよい環境です
安心感を得られるのが一番の特効薬です
T君の家にしばらくいると 真っ黒の猫が入ってきました
我が家はここから7キロほど離れた隣の市なのですが
飼い猫のヤマが行方不明に 一ヶ月前からなっていました
そっくりの大きさの黒猫なので
「ヤマ、ヤマ~」と呼んで見ました
「先生何を言うてんの?
名前が違うで~」と彼
「先生の匂いを見つけて 家のヤマが来たのかと思ったのよ」と真顔で言いました
「変な名前やなあ~」と笑います
「黒い子猫を息子が拾ってきたから 黒猫ヤマトの宅急便の
ヤマにしようと決めたの
もう何年も前にねえ」
「ふうん」と とても和やかな家庭訪問になりました
続きは明日~
原尻の滝です
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