戦争を語りつぐ証言ブログ

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『戦争で死ぬ、ということ』を読む

2006-11-06 13:49:57 | Weblog
 今年7月に発行された岩波新書の1冊。著者はノンフィクション・ライターの島本慈子。知人からすすめられて初めてこの本が出版されたことを知り、期待しながら一読した。
 期待に違わず戦争の実態を知るためには欠かせない資料である。著者は1951年生まれだから、戦争を知らない世代に属している。その自覚にもとづいて戦争の全体的な実像を確かめたいという目的でこの書を執筆したという。事実、巻末の参考文献には、テーマごとに合計376冊もの著者・書名が列記されている。じつに周到な取材と豊富な文献を裏づけとした労作である。
 
 もちろん戦争を体験した高齢者の証言に意味があることはいうまでもない。しかしどうしても個々の体験が中心だから主観的となり、全体像は背景に遠ざけられぼやけてしまうことは避けられない。
 ところが戦争を知らない世代の著者は、戦争の全体像を等距離の視点から確認しようとしている。しかも米英敵国やアジア諸国の側からも、加害者としての日本人に焦点を当てている。あくまで客観的に事実だけを丹念に集めた点に、本書の特長があり価値があることは間違いない。
 
 第1章は「大阪大空襲」=当時15才の手塚治虫「昭和20年の日記」などの資料を紹介しながら、淀川を首だけの死体が流れていく悲惨な情景の記録を紹介している。敗戦前日の8月14日の大空襲の真下で防空壕に入っていた作家・小田実の生きざまにも触れている。
 
 第2章は「伏龍特攻隊」=戦争末期の自爆戦術によって戦死した特攻隊員は多いが、その中でも15才を過ぎたばかりの少年隊員で編成された伏龍特攻隊があったことを初めて知った。
 なんと少年隊員に潜水服を着せ酸素ボンベを背負わせて海底に潜らせ、棒の先につけた機雷で敵艦の船底を突いて爆発させ自爆するというマンガ的な攻撃方法である。実行する前に敗戦になったのは幸いであったという他はない。
 
 第3章「戦時のメディア」=今年90才になるジャーナリストむの・たけじの取材が中心となっている。むの氏は戦後「たいまつ」を発行しつづけた反骨の人である。その会話の一節──
<国会で有事に備えて国民保護法をつくるといっているけれどね、一九四五年三月十一日の朝、私は大空襲を受けた東京の下町を歩き回りました。死体が道路にいっぱいだった。戦争って一晩で十万人が死ぬんですよ、あんた。誰がどうしてそれを助けるの。要するに、戦争が起こってしまえば助けようがない。本当に国民の安全を守ろうと思ったら、戦争をやっちゃだめなんだよ。やってしまってから助けるなんてことはできないということを、三月十日(東京大空襲の日)は教えている>
<恨みをかうからだめ、怨みをかわないようにやればいい。よそから攻められないような日本をつくればいい。原因を取り除くことが安全対策なんだと、あの戦争が教えたはず>

 第4章「フィリピンの土」=1946年にアメリカからの独立が予定されていたフィリピンに侵攻した日本軍は、独立の邪魔をして現地人全体から怨みを買うことになった。大平洋戦争は東南アジア諸国の独立を促進する結果となったという言説は、少なくともフィリピンでは通用しないことが理解できる。
<米軍の本格的な反攻がはじまると、それに呼応してゲリラの活動はますます激しくなり、戦場の日本軍将兵は「もはやフィリピン中ゲリラだらけ」「一般住民とゲリラとの見分けがつかない」「フィリピン人がみな敵に見える」という心理状態に陥っていく>

 つづく各章では、戦時中に日本側が原爆を製造するために努力した記録、それより先に原爆を投下された広島で子どもたちが見た情景、戦争を応援するチアガールの役目を果たした女性の反省、日本軍が実戦で使用した毒ガス製造工場の秘密と後遺症、そして最後に第8章の9.11世界貿易ビル爆破テロ事件に遭遇して死んだ2人の日本人青年につながっていく。著者は被害者の父親と同級生の悲痛な心境を取材している。
 当時、自爆テロはカミカゼ特攻隊を連想させるという説が世界に流された。両者の違いを云々する前に、今も世界からテロを根絶できない原因を追究しなければならない。
 前回に取り上げた『戦争中毒』同様の不完全な紹介に終わったが、戦争を知らない世代が戦争を知るために書いた資料として、戦争体験者とは違った面から戦争の全体像を認識するための貴重な情報であることは間違いない。
 著者は「あとがき」の終わりに次の一節を書きとめている。
<この本を、戦争で死んだ人々に。
 そして、私と同じく、戦争を知らない人々に>

1 コメント

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本書の目的について (ark)
2006-11-08 18:00:06
「加害者としての日本人に焦点を当てている。」との方針の元では、例えば下記に見られるような現地の人々の声は、本書では調査対象外なのでしょう。


インパール作戦に従軍した元兵士の方が、昭和58年にビルマを再訪し、現地の人に謝罪した際の出来事について書いています。

ラングーン空港よりバンコク行きの便を待つ待合室でのこと。
http://www.kcnet.ne.jp/~kubota/junpai.htm
(このページの下半分に掲載されています。)


日本軍を支持する声は、その他の地域(インドネシア、南洋諸島等)でも聞かれるのですが。それを著者の方針によって調査対象外としているのであれば、本書の目的は戦争のある部分に焦点を当てる事にあり、戦争の全体像を客観的に検証する事とは異なるのではありませんか。

日本軍を全肯定する事が誤りであるのと同様に、日本軍を加害者と定義するのも事実から離れています。

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