一人の貧しい中年男が油絵を学ぶために世界中の名画を模写し始めた。20年後にはそれが千枚に達した。これが彼の人生ではとても有益だった。彼にはこの愉しみがあったので晩年も退屈せずに過ごせた。このことを自分に証明したくて今模写の一覧表を作成しているのだけど、こんなことに20年という歳月を捧げたことを笑う人は多いだろう。模写などしている場合ではなく自分のオリジナルを発見開拓することが大事ということになって久しいから、自分のようなものはまるで現代の画家の在り方に反しているわけだ。それでも海外ではさほど不自然には感じられなかった。というのも僕は肖像画家としてめしを食べるつもりであったから、注文があれば即座に製作にかかる、注文がないときにはこうして模写をして自分の技術を高めることに日々邁進する、それで理屈は通っていたわけである。個展をする場合にも、これらはすべて模写に過ぎませんが肖像画のご注文を頂ければこれらの見本のように製作してお届けできますよ、でよかったわけである。実際にそれで注文を頂いたし、満足もしてもらえたのだ。ところが日本では全く肖像画など美術市場にはなく、したがって絵画と言えば大方は水彩で描かれた風景か静物くらいにしか思っていない様子で、まさしく自分がしていることなどは時代錯誤も甚だしいということになるわけだ。それでも20年間わき目もふらず千枚もの模写をしてきたのだから実に滑稽ではある。今リストを作るにあたって作者不明の元絵の探索のためにあれこれ古い時代の名作を眺めていると、またもや新たに模写したい作品などが次々に登場してきて、これでは死ぬまで退屈できそうにない気がするのである。お金もかけないのにこんなに退屈しないで遊べるのは本当に嬉しいことだと思っている。遊びをせんとや生まれけむ、の心境なのである。