どんな対象であれすべてのコレクションというのはやはり病気に相当するものだと思う。阿刀田高さんの『ナポレオン狂』という短編ではナポレオンにまつわるすべてのものをコレクションしている男が一人の訪問者の顔がナポレオンに似ているというので、その頭部を切断して標本に加えるという話があるが、病気も高じるとそうならないとも限らない。僕も5歳から始めたモデルガン収集の総決算として500万円を投資してモデルガンショップを持つまでに至るのだが、今にして思えば病気であったとしか思えない。グアム島へ実弾射撃に出かけ3日間の弾代だけで18万円、実銃を一度は購入所持したという体験を得る目的だけに現地で実銃を購入、3日間それを抱いて寝るという異常神経に至ってはなにおかいわんやである。3日間抱いて寝るだけで決して日本へは持って帰れないものを大枚のお金を払って購入するなんかはまさに気違い沙汰としか言いようがない。さように人間はいったん狂えば何をするか常人には理解できない不思議な生き物である。僕は絵を描き始めてから自分が恋するものをすべて紙の上に写したのでもうそれだけで大満足、現実にその物を所有したいという願望は希薄になっただけでなく、物質を所有することを最も忌み嫌う人間にかわってしまった。これこそは絵画を始めた最大の恩典になっているのだけど、その絵画に夢中になるあまり一向に売れもしない絵をキャンバスに1000枚も描き、この絵を保管する場所がないためにそれを保管するという目的だけのために田舎に一軒家を購入するなどは、やはりあまり健全な考えとは思えない。僕はその見本を見ているから日本に帰ってからはキャンバスには描かず安い画用紙に油絵を描き始めた。これなら場所は取らないし、自分の死後は燃えるゴミに出してもらえば造作なく片付く話である。