消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(13) 新しい金融秩序への期待(13) スティグリッツ書評

2008-11-23 20:42:41 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)

 ブッシュ政権が気軽に始めたイラク侵略戦争の結果は無惨である。民主主義を根付かせる大義どころか、この侵略は中東全域に未曾有の混乱を引き起こしてしまった。

 今後、長い間にわたってアメリカ国民は人的・物的・精神的な戦争の後遺症に苦しめ続けられることになるだろう。本書が看破するのは、大義のもとで巧妙に隠された戦争の負の連鎖である。直接的な戦費、借金の利子、傷痍軍人に払われる巨額の補償費の合計は少なく見積もっても三兆ドルに達するという。

 こうした結末になることは、戦争開始前から専門家たちには分かっていた。しかし政府は市民に戦争の巨大なマイナス面に気づかせないようにしていた。本書はその情報伝達面での周到な虚偽を、徹底的に暴いていく。開戦から五年間も、直接的な対イラク戦費は議会への詳細な説明責任を伴う予算ではなく、自然災害対策的なものとして、緊急予備費から賄われた。その額は少なく報告され、本来、戦費に支出する性格のものではない国防費からも補填された。

 今回の戦争は、戦争請負企業の従業員を多用した。彼らに支払う巨額の出費への説明責任も国防総省は果たさなかった。人々の吟味に耐える戦争会計を政府はついに作成しなかった。戦争は、大義ではなく金銭的欲望で動く請負兵士によって担われ、そのことを利用して政府は戦闘の負担を多くの若者に担わせることを避けた。

 多くの国民は戦争の悲惨さを知らされず、大義のみが大げさに喧伝された。国民は、自国が戦争をしているという意識すらもたないように誘導された。軍事請負会社とその社員だけが勝者であった、という著者の指摘は衝撃的だ。

 アメリカ国民は、長い時間をかけてこれら巨額の費用を払い続けなければならないのである。

 二〇〇一年度ノーベル経済学賞受賞者によるアメリカの良心を具現化した感動的な好著である。


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