ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【図書の書き込み】難波先生より

2013-12-24 12:40:26 | 難波紘二先生
【図書の書き込み】12/19の「産経」に「図書館で借りた原書に微笑」というある医師による投書が載っていて、つい読んだ。新聞の投書欄は社論に合うものしか採用せず、投書する人はそれに迎合して書くから「世論」ではない。よって読まないことにしているが、時にページをめくるとき、記事の見出しが勝手に目に入ることがある。


 こういう現象は古本屋でもあり、本の背表紙の文字が勝手に目に入ってきた思わず手にとって見ることがある。古本屋の店主によると、そういうのを「本が呼んでいる」というのだそうだ。
 本棚の本を見わたせば、背表紙の文字は眼が勝手に「画像情報」として読み取り、それを脳に伝えている。脳の方はその情報すべてを読み取れないから「無意識」がいま本人が必要なものとそうでないものを選り分け、必要なものだけが大脳皮質に送られ、「意識」として立ち現れてくる。
 この認知作用は、意識から見ると「本が呼んでいる」ように感じられるのである。


 その投書だが、モリエールの「ドン・ジュアン」フランス語原本を東大図書館で借りたら、仏文の教授だった辰野隆(ゆたか)の旧蔵本で、いろいろ書き込みがあったという内容。(「MSN産経」に電子記事がないのでPDFを添付。)
 米本昌平が「独学の時代」(NTT出版)に、京大全共闘だった頃数学の教授室の図書を調べたら、図書館のラベルがあるのに、書き込みや線が沢山あるのに驚いた、と書いている。


 誤解を解くために説明しておくと、もともと教官の図書は教育と研究のために、教官が自分で選んで発注する。だから本来は消耗品なのである。アメリカ政府ではそういう扱いになっている。留学中にNCIで買った本は全部持ち帰った。誰も何ともいわない。


 ところが、日本の大学の図書館は貧乏だから、教官が自分の研究費で買った本でも図書館の蔵書として登録している。
 このため大学の管轄は文部省だが、厚労省の研究費でも民間の研究費でも、ともかく買った本は大学図書館の蔵書になる。教官は定年まで貸し出しを受けているというかたちになっている。
 熱心に研究すれば、書物に付箋がついたり、書き込みが起こるのはむしろ当たり前で、「買ったまま積ん読」の美本は図書館にはありがたくても、買った教官がいかに研究と教育に不熱心だったということを意味する。


 この投書氏は62歳で「40年前のこと」と書いているから、全共闘時代のことではない。あの頃は封鎖した教官室から、蔵書を持ちだして古本屋に売る学生がいた。
 で、辰野隆は1948年に東大を定年退官しているから、蔵書はその時に図書館に返却したものだろう。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/辰野隆


 辰野の講義は講談調で面白くて学生が多く集まったが、マラルメの話が前に進まず、「マラルメが生まれるまでに1年かかった」と後に文芸評論家になった仏文科の中村真一郎がぼやいた、と加藤周一が書いている。


 加藤周一は東大医学部に入学した後、医学部の授業と文学部の授業を受講していた。よく時間があったと思うが、「羊の歌」(岩波新書)という回想録に、仏文科の教授が辰野隆、助教授が鈴木(信太郎)と渡辺一夫のふたり、講師が中島健三だったと書いている。
 モリエールの著作の大部分を邦訳したのは鈴木力衛という。東大卒だが学習院大の教授になった男だ。


 大江健三郎の恩師、渡辺一夫は「敗戦日記」(博文舘新社)の昭和20年7月16日の項で、「辰野、鈴木の両氏、想像力に欠け、かつエゴイスト。…共に浅ましきエゴイストなり」と、教授と先輩助教授をつよく批判している。
 加藤周一は昭和16年12月8日朝、本郷の医学部キャンパスを歩いていて、同級生のひとりが本郷通りで手に入れた新聞号外を読み上げるのを聞いて、戦争が始まったことを知った(p.169)。


 山田風太郎「同日同刻」(立風書房)は1941年12月8日と45年8月15日の前後に、誰がどこで何をしていたかを、膨大な文献により実証的かつ立体的、文学的にまとめたものだが、「羊の歌」から医学生たちの反応を雰囲気を引用している。「くのいち忍法」の時代と違い、1979年頃の風太郎は、科学者の手法を用いて書いている。


 風太郎は東京医大在学中から小説を書き、医者にならなかったが、加藤周一は卒業後内科を開業し、フランスに留学して血液学を勉強したという変わった経歴を持つ。



 投書氏の「本に辰野の署名がある」というのが事実なら、辰野が自分個人の金で買った私物蔵書で、死後大学に寄贈されたものではないかと思う。
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