ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始めいつのまにか、トライアスリートになってしまった私。

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【毒ガス】難波先生より

2013-09-09 18:29:21 | 難波紘二先生
【毒ガス】「産経抄」はいつも面白く読ませてもらっている。9/2は「毒ガスの起源」からシリア情勢に転じるという論法だった。
 「毒ガスがペロポネソス戰争(BC431~404)で史上初登場し、成分は亜硫酸ガスだった」と書いてある。http://sankei.jp.msn.com/world/news/130902/mds13090203100004-n1.htm


 「本当かいな…」と思う。「火炎放射器」の間違いではないか。
 「ペロポネソス戰争」の歴史はツキジデスが同時進行で書いたが、途中で「疫病」(恐らく天然痘と思われる)で急死し、その後をソクラテスの弟子のクセノフォンが書いている。
 ツキジデス「ペロポネソス戰争史」(邦題は「戦史」または「歴史」、前者は京大出版会)
 クセノフォン「ギリシア史」(京大出版会)
 これらがペロポネソス戰争についての一次資料で、二次資料としては
 ディオドロス「歴史の図書館」(本邦未訳)がある。


 もし「産経抄」氏がツキジデスを参照していたら、BC424年、「デリオンの戦い」において籠城したアテネ軍を攻めるのに、スパルタと連合しているテーベ軍が、炭と硫黄と瀝青(ピッチ)を燃料とした火炎放射器を用いて、城門と城壁を焼き、さらに火は建物にも炎上。アテネ軍はあっけなく敗れたことを知ったであろう。確かに亜硫酸ガスも出たには違いないが、殺戮の役には立っていない。


 この史上初の火炎放射器の構造に興味がある方は、拙著「誰がアレキサンドロスを殺したのか?」(岩波書店)p.71に詳しく書いておいたから、見ていただきたいと思う。
 アテネ北方での「プラタエアの戦い」はBC429年、427年と2回行われているが、スパルタ軍が火炎放射器や毒ガスを使ったという記述は、上記3種の史書にはない。


 おおかたタネ本は去年出た、T.J.クローウェル(藤原多伽夫訳)「戰争と科学者:世界史を変えた25人の発明と生涯」(原書房)だろうと、見当をつけて開いて見たら、驚いた。
 著者はディオドロスの英語本が「209巻」あると参考文献目録に書いている。ツキジデスもクセノフォンも目録に上がっていない。
 ディオドロスの「ギリシア語・英語対訳本」はLoeb版で12冊、巻物の巻数にして40巻である。


 つまり著者クローウェルは、原本を確認せずに書きなぐっているし、訳者も確認せずに「横文字を縦文字にした」だけである。p.20に「前429年、プラタイアの戦いでスパルタ軍が樹脂と硫黄の混合物に火をつけて毒煙をたてた」とある。


 まず、ディオドロスの原本にはこの記載がない。クセノフォンにもない。ツキジデスには同じような記載があるが、それは「プラタイアの戦い(BC.429」ではなく、「デリオンの戦い(BC.424)」である。
 ガスマスクがない時代に、風向き次第では自分がやられる毒ガスが使えるはずがない。


毒ガスの話は、つまり「シリア問題」とからむからだ。
 まず政府軍が反体制派に対して用いている毒ガスは「サリン」だと、ケリー国務長官が述べている。
 http://ichigen-san.iza.ne.jp/blog/entry/3173601/


 これは有機リン酸系の毒物で、かつては日本でも農薬として使用されていた。これは「神経毒」である。
 神経ガスは呼吸、皮膚などから吸収されると、シナプス伝達物質であるアセチルコリンを分解する酵素を阻害する。その結果、シナプス間隙に過剰のアセチルコリンが溜まり、中枢神経、末梢神経ともに神経機能が麻痺する。サリン(SARIN)は第二次大戦中にドイツが開発したもので、開発した4人の研究者の姓の頭文字をとって名づけられた。ただしこのガスは他の同種の神経ガス、タブン、ソマンともに、実戦でもユダヤ人虐殺にも使用されていない。


 もちろん、戦後は核兵器とならんで米軍をはじめ欧米諸国の多くは独自開発して、武器として所持している。
 が、1995年、カルト団体「オウム真理教」が独自に製造し、実際に用いたことから、テロでの使用可能性が浮上し、各国が衝撃を受けた。


 「ヒトラーもためらった武器を、シリア軍が使った。これは大変だ」というのが、オバマの認識であろう。
 村上龍の小説「コインロッカー・ベイビーズ」では、毒ガス・サリンをヘリコプターで東京上空に撒く、という設定だった。
 オウムはそこからヒントをえて、地下鉄に撒いたわけだ。


 トム・クランシーは「合衆国崩壊」で、日本のジャンボジェット機がワシントンの国会議事堂に突入するという筋の小説を書いた。「日米開戦」の次作で、日本とアメリカの貿易摩擦から、戰争が起きるという流れだった。彼は右派で国粋主義の作家だ。
 これにヒントを得て、ハイジャックしたジャンボ機を2機、世界貿易センターのビルに突入させたのがアルカイダだ。もしあれにサリンが満載されいたら、ニューヨークは壊滅したに違いない。
 テロリストひとりが、液化サリンのタンクを持ち込み、市街地の真ん中でこっそりバルブを開いても同じ効果が生じるだろう。
 米大統領ならずとも、多少とも感性のある人なら、背筋がぞっとするに違いない。


 「シリア(Syria)」の語源ははっきりしない。正式名は「Al-Jumhuriyah al-Arabiyah al-Suriyah」だ。公用語はアラビア語。イスラム教徒が人口の86%を占め、キリスト教徒は8%(多くはギリシア正教)。alは定冠詞だから、「シリア・アラブ共和国」という意味だ。この国は、北がトルコ、東がイラク、西がレバノンとイスラエル、南がヨルダンと接している。かつてエジプトと結託した「6日戰争」(1967)でイスラエルに攻め込み、ボロ負けして「ゴラン高原」を取られているから、強力な武器と隙があればまた攻め込んで失地を取り返したいと思っている。


 この国は1970年に「戒厳令」が敷かれて以来、この国はアサド大統領(今のアサドの父親)の独裁体制が続いてきた。
 http://kotobank.jp/word/アサド
 つまり「北朝鮮王朝」と同じような国である。


 2011年、チュニジアの「ジャスミン革命」が波及して戒厳令が撤廃されたら、西部のホムス(Homs, Himsとも綴る=人口75万人)を中心に反体制運動が活発化した。国際赤十字は2011年にシリアを「内戦国」と認定している。宗教対立が原因の内戦なら、他国が介入する余地はない。ましてイスラム教徒内部の抗争なら、アメリカは放置しておくだろう。
 煎じ詰めれば「大量破壊兵器」が備蓄されているか、という問題だろう。ブッシュはそれを口実にイラクに侵入したが、結局空振りだった。


 毒ガス工場や毒ガス貯蔵施設を叩くのなら奇襲攻撃しか意味はない。地上部隊を送らずに、ミサイルや砲撃で叩くのなら、事前発表したら無意味だ。シリア政府はとっくにどこかに武器や製造施設を移転している。いつも同盟を組む英国が不参加なら、大英連邦に入っているカナダ、オーストラリア、ニュージーランドはまず参加しない。ドイツも不参加だし、フランスもたぶん参加しないだろう。


 せいては事をし損じる。物証と証人が必要だ。CIAがスパイを使って、サリンの缶詰と司法取引による免責を約束して、実際にサリンを撒いたという兵士をアメリカに連れて来ないと、国際世論を納得させることはできないだろう。憲法上は米大統領は最高軍司令官で行政のトップだから、軍を動かすことは違法でない。宣戦布告も大統領権限でできる。しかし、「やれること」と「できること」は別だ。ニクソンと同じようにオバマも「黒人初の大統領」として、歴史に残る名誉を期待するだろう。もう後がない大統領だ。
 だから「議会の反対により、シリアへの限定軍事行動はしないことにした」という、名誉ある撤退を選ぶだろうと観測している。


 さてそのSiryaだが、国名は古代の「アッシリア(Assirya)」に由来するのではないか、と私は考えている。
 アッシリアは前2000年頃から前612年まで、今のイラクと地中海東岸を版図とした王国である。アッシリアはシュメール人のバビロニア帝国を滅ぼした好戦的民族ということになっているが、その国家は1500年も続いたから、ローマ帝国よりも永い。
 アッシリア人の言葉は「アッカド語」だった。これはセム語族に属し、アラビア語、ヘブライ語、イエスがしゃべっていたとされるアラム語と同じ語族に入る。但し、アッカド語は「東セム語」、アラビア語、ヘブライ語、アラム語は「西セム語」とされている。


 元々、現生人類は15万年前にアフリカで誕生し、中東をへてアジアとヨーロッパに拡散した。だから言語の古さはコイサン語<セム語<印欧語<ウラル・アルタイ語の順となる。
 Cf. C.レンフルー「ことばの考古学」, 青土社


 セム語のうち、アフリカ北海岸、エチオピア、エジプト、地中海東海岸に広がったのが西セム語で、メソポタミアに広がったのが東セム語である。イランではインド経由の印欧語と東セム語が衝突している。


 アッシリアの主神(男)が「アッシュール(Assuhur)」である。女神が「アシュタロテ(Astarte)」だ。「イシュタル(Ishtar)」と呼ばれることもある。セム語では語幹に接頭辞あるいは冠詞がつく。アラビア語ではこれがAl--となる。Al-lah(アラー)、Al-Qaeda(アルカイダ)がそうだ。


 東セム語のアッカド語(シュメール語、アッシリア語)は、元は「神の名」にAs-(男神)、Ish-(女神)という接頭辞を付けていたが、後に語尾変化をもつ印欧語の一種イラン語の影響を受けて、「神」を表す「Dingil」を前置するようになった。「Dingil Assuhur」、「Dingil Ishtar」である。土地を意味するには「-ki」を語尾に付けた。「アッシリアの国」はAssuhur-kiである。


前1000年頃から、印欧語を話すギリシア人がアッシリアの地に進出をはじめた。印欧語では「土地、国」を表すのに語尾に-aをつける、こうしてAssuhurが「Assyria(アッシリア)」に変わり、その西側の土地が(As-を冠詞と誤解したために)、「Syria(シリア)」になった。アラビア語が「Al-Suriyah」と定冠詞とu, iという母音を残しているのは、西セム語の音を引いているためであろう。


 私はサンスクリット語とされている「阿修羅(Asura)=鬼女神」もアッシリア人を意味するAsur(男鬼神)に由来すると考えている。「アシュラ」はイラン経由でインドに入った言葉で、語尾に-aという女性語尾をつけたものだ。アッシリア帝国の最大版図はザグロス山脈を越えて、ペルシア(イラン)にも及んだから、アッシリア人の残虐非道ぶりは「鬼」と思えたに違いない。


 最初のインド文明は「インダス文明」で、これはパキスタン・イラン寄りのインダス川流域に起こった。この文明の担い手は印欧語族である。ヴェーダ文学はすべて印欧語系のサンスクリット語で書かれている。友人に「Bharat(ブハラート)」というインド系米国人病理学者がいるが、サンスクリット語で「持つ」(日本語でいうと「保」)という意味だ。


 「ペルシア語」と「サンスクリット語」が類縁であることは添付1の「印欧語系統図」を見てほしい。
 なお、この印欧語系統図に「エストニア語」と「フィンランド語」が入っていないことにも注目してほしい。
 これはフン族の言葉に由来するから、印欧語でないのである。そのことは本にはあまり書いてない。
 Cf.S.R.フィッシャー「ことばの歴史」(研究社)


 このように「シリア」という地名は、アッシリアに由来する世界最古の地名の一つと考えられる。
 WIKIのシリアのEtymology(語源)を参照してほしい。http://en.wikipedia.org/wiki/Syria


 この地は後にフェニキア人の土地となり、ここで「フェニキア・アルファベット」が発明された。これは子音のみを表記するタイプだった。
 このアルファベットがギリシアに伝わり、ギリシア語を表すのに不要なフェニキア文字を「母音記号」として使い、「ギリシア・アルファベット」ができた。これがローマで改良されて、後に「英語アルファベット」になった。ロシア文字(キリル文字)はギリシア文字の傍流である。


 フェニキア文字は右から左に書いた。この書き方は、フェニキア文字に由来するヘブライ語、アラビア語に残っている。
 朝鮮のハングルも1字の中に子音と母音を組み合わせてあり、ラテン語アルファベットの影響を受けて生まれたものだ。モンゴル文字ははじめ左横書き、後に右からの縦書きになったが、「ア」を表す「′」はアレフと読む。フェニキア文字の「A」と同じ発音である。(オウム真理教の新名「アレフ」はフェニキア文字のAの名前から来ている。「阿吽(あうん)」はサンスクリット語だが、「阿」はギリシア語のアルファであり、「呍(うん)」はサンスクリット・アルファベットの最後の文字「ん」である。
 ギリシア語新約聖書にいう「我はアルファでありオメガである」とは、「αとω」つまり「初めと終り」という意味で、「すべて」を意味している。
 Cf.世界の文字研究会「世界の文字の図典」, 吉川弘文舘


 インドの「ブラーフミ文字」はフェニキア文字から生まれ、チベットに波及し「チベット文字」になった。さらに西域に波及して「ウィグル文字」になった。敦煌から発掘された仏典はウィグル文字で書かれている。サンスクリット文字もフェニキア文字から生まれた。日本語の「五十音図」はサンスクリット語の「母音、子音一覧表」の変形である。
 (日本語とモンゴル語がいまや絶滅機危惧種の「縦書き」言語だとは、前に書いた。)
Cf.馬淵和夫「五十音図の話」、大修館書店                                                           
 農耕の起源地、都市の起源地、アルファベットの起源地であるシリアは、東西南北の交易の要衝でもあった。
 シルクロードの西の陸路終点はシリアであり、途中に漢代には黒海周辺に「大夏」と呼ばれたバクトリア王国があった。今のアフガニスタンだ。
 シリアはその後、前5世紀にペルシア帝国の拡張にともない、ペルシア領となり、ついで前4世紀アレキサンダーの征服で彼の帝国に組み込まれた。彼の死後、その武将セレウコスが王朝を建て、「セレウコス朝シリア」が成立した。しかし前2世紀にローマに滅ぼされ、1世紀にはローマの正規州となった。


 4世から300年間、ビザンチン帝国の一部となり、8世紀にはイスラム帝国に、ついでオスマン・トルコ帝国に組み入れられ、オスマン帝国が崩壊した後は英国の植民地(「信託統治領」)だった。だから通貨単位は「シリア・ポンド」である。1945年、国家として独立したのは古代のフェニキア王国以来、4000年ぶり位である。


 1人あたり国民所得(2008)が2,090米ドル(20万円)と貧しい国で、GDP(2008)が445億ドルしかないのに、外債(2008)が57億ドルもある。外貨収入の1/3は原油の輸出で得ている。この国の最大の財産は豊富な歴史遺産による「観光資源」だが、治安が悪いため、ほとんど活用されていない。


 出生率(1000人当たり)が25.6人に対して、死亡率は3.7人(2008)だから、人口増加率は2.2%になる。人口が2000万人だから、22万人が毎年増える。(うち120万人はイラクとイスラエルからの難民。)独立した時は600万人しかいなかった。
 平和が続いても、人口増で極貧国に転落するのは目に見えている。
 Cf.「Time Almanac 2013」, Time


 要するに「国連信託統治領」からの独立が早すぎたので、もう一度「国連直轄領」に戻し、民主主義の基礎からまなび平和主義をたたき込むのが最善の政策だろう。それなら安保理でロシアも中国も反対しない(中国は拒否権を発動するか…)のではないか。
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