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もとむら歯科通信

きょうも元気で、おいしく食べる事ができますように!
あなたにとって何か素晴らしいことが起こりますように。

☆ななつ星☆

2013-10-27 22:53:07 | もとむら歯科

こんにちは 衛生士の石橋です

朝晩冷え込んでまいりましたが、皆さまお変わりないでしょうか

 

さて、先日より世間をお騒がせしている ななつ星

実は当院は久大線の真横にあり

ほら・・・

題して  『院長と ななつ星』 (笑)

院長が  『いつか乗りたい』と思っているかはわかりませんが(笑)

カメラをかまえる私も、至近距離で大興奮

ぴっかぴかの車体にぞくぞくしながら、手をいっっぱい振りまくりました(笑)

週に2回は、こうしてちょうど昼休みくらいに通過します

このナイスな絶景?ポイントで見たい方は、ぜひスタッフにお声かけください(笑)

 

あ、こちらは当スタッフが撮ったものですが、

『ななつ星』と『ゆうふいんの森号』

これまた貴重な写真

いつか、乗れるといいですね

 

 

コメント (6)
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鳥取 島根の旅 1

2013-10-01 07:22:07 | 久留米地名研究会

院長の大石です。

先日の休みに、鳥取、島根に行ってきました。

 

 

鳥取砂丘は、南北2,4km、東西16kmもの広さがあります。

この砂丘は、中国山地の花崗岩が、風化して千代川に流され、海岸に集まってできたのだそうです。

ここまで大きな砂丘ができたのには、実は人間の営みが関係しているのです。

中国地方は、古代から明治の初めまで、盛んに製鉄がおこなわれてきました。

もののけ姫にもでてくるたたら製鉄です。

山の中の渓流で、砂鉄を取って、大量の木を伐採して木炭を作り鉄を作っていました。

江戸時代の末期には、日本全体の鉄の90%を生産していたそうです。

その鉄は玉鋼と言われ、純度が高く、刃物に最も適した鋼で、日本刀に使われていました。

製鉄に使う木炭を作るために、海岸付近の大量の木を伐採するため、土壌の流出がどんどん進み、砂が海岸に堆積して、

あのような大きな砂丘になったのではないかとも言われています。

人間の営みは昔から、私たちが思っている以上に、環境に影響を与えてきたのかも知れません。

明治以降は、八幡製鉄などが、鐵を生産するようになり、たたら製鉄は廃れて行きました。

そのため、現在は、海岸の砂が流失して砂浜がなくなってきていると、鳥取の皆生温泉の海岸にあった看板に、

書いてありました。

流失を防ぐため、現在、皆生温泉の浜辺は独特の波打つ形に整備されていました。

鳥取砂丘も、現在は草木が生えないように維持しているそうです。

 

福岡県 糸島の元岡遺跡では、弥生時代の28基もの製鉄炉が見つかっています。

弥生時代に大原海岸の砂鉄を使って、たたら製鉄が行われていました。http://www.okunomasao.com/kodaiseitetu.html(奥野正雄先生)

この製鉄で、糸島半島の木が伐採されて、島だった糸島が半島になり、

現在の美しい白砂の海岸ができたのかもしれませんね。

 

また、ひもろぎ逍遥のルナさんによれば、(http://lunabura.exblog.jp/16450288/)

福岡の福津市の津屋崎でも江戸時代以降出雲より技術を導入して、たたら製鉄が行われていたそうです。

海ノ中道も、たたら製鉄のために大量に流出した砂が、堆積してできたのではと想像してみました。

歴史が身近になってなかなか面白いでしょう

 

久留米地名研究会 


2013年 10月例回のご案内です。

 
2013年 10月 5日  土曜日  13:30 ~ 16:30

サン・ライフ久留米 (西鉄久留米駅南700m  えーるピア久留米の隣)

「筑後川の向こう側 歯科技工士から観た古代」

大石 耕史  (久留米地名研究会 会員)

歯牙の噛み合わせの状態から、筑後川を挟んで異なった形質の人が住んでいるという

研究発表を行います。また、発掘された遺跡群と絡ませ、民族東遷の道筋も

辿ってみたいと考えています。ご興味おありの方におかれましては、

お気軽にご参加くださいませ。

 

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