
久留米市のもとむらし歯科院長の大石です。
吉田祥吾さんを知っていますか?
吉田祥吾さんは
久留米市在住のミュージシャンです。

でもただのミュージシャンではありません。
自分の小中学校時代の不登校の体験を、学校などの講演で、歌とお話で伝えているかたです。

3月11日に西日本新聞に、吉田祥吾さんの事が記事になりました。2010年03月11日 11:17
『 軽妙な語り口に、会場から思わず笑い声が上がる。「冗談みたいでしょ。でも本当の話です」。小中学生の時に不登校に苦しんだ体験を歌と語りで伝える。隠しごとはない。なぜなら、訴えたいことは「さらけ出すこと」だからだ。
2月13日。福岡県久留米市在住のミュージシャン吉田祥吾さん(31)は、佐賀県みやき町での講演会に臨んだ。集まったのは子どもたちや母親、お年寄り。話題は不登校の経験、親への気持ち…。「どんな自分であっても恥ずかしいと思わなくていい」。正直に自分の過去をさらけ出した。最後列では、マネジャーの妻希(のぞみ)さん(28)が優しい視線で見守っていた。
「感動したよ」「いい話をありがとう」。講演後、お年寄りの励ましに2人は笑顔で応えた。吉田さん夫婦にとって、過去を笑って話せるようになるまでの時間が貴重だった。
佐賀県鳥栖市で育った。3歳の時、事故で父を亡くした。家庭で居場所を見つけられず、母や祖父母の顔色ばかりうかがった。保育園児のころ、十二指腸潰瘍(かいよう)と診断された。傷だらけの患部を見た医者は言った。「サラリーマンのようなストレスを感じていますね」
人見知りも激しく、小学校は3年生ごろから足が遠のいた。たまに登校しても同級生になじめない。中学校でも同じ。「僕は生きてていいのか」。自殺も考えたが、死ぬのは怖かった。
転機は中学3年の時に訪れた。父の形見のギターを見つけた。練習すればするほど上達するのがうれしく、夢中になった。「自分にも自慢できるものがあった」。定時制高校を卒業後、仲間とバンドを組んだ。久留米市の路上で歌った。注目を集め、地元のテレビ番組にも出演した。
不登校コンプレックスは消えた気がした。
2003年、福岡県八女市での音楽イベントに出演した際、受付を担当していたのが希さんだった。終了後の打ち上げで意気投合。ほどなく共同生活を始めた。吉田さんは、音楽活動とともに不登校の経験を伝える講演を始めていた。
2人で講演に行くようになった。初めて話を聞いた希さんは、違和感を覚えた。「確かに心に響く話だけど…」。不登校を乗り越えた過去は、美談になっていた。吉田さんもすべてをさらけ出す勇気はなかった。克服したはずのコンプレックスは消えていなかった。
心の中の殻-。破ってくれたのは、どんな過去もまっすぐに受け止めてくれた希さんだった。不登校になって以降、折り合いが悪かった母親とも腹を割って話した。希さんを紹介すると、祖父らとともに喜んでくれた。
講演内容は徐々に変わった。台本はない。感じるままに。ギターを手に自作のメッセージソングも歌う。いつしかステージでの顔と普段の顔が重なるようになった。「自分を隠さなくなって楽になれたのかな」。希さんはそう感じた。
3年前、正式に夫婦になった。講演の評判は口コミで広がり、九州を中心に週1回のペースで続く。「過去は変えられない。でも過去と向き合い、どう受け入れるかは自分次第。それに気づけたのは希のおかげ」
感謝を胸に、聴衆にも語りかける。出会ってくれてありがとう、聴いてくれてありがとう-と。 』
まるで花が咲いたかのような、明るい今の吉田さんからはとても想像出来ない体験です。
吉田さんを見ていると、人はこの世での、自分の役割を見つけたとき、本当に輝くのだなと感動します。



吉田さんはいつもいつも、奥様の望さんに、とても感謝していらっしゃいます。

二人が出会えてよかったですね!

そして私たちも、お二人に会えてとてもうれしく思っています。

もとむら歯科でも、いつかぜひ吉田祥吾さんの講演とお話を聞かせていただきたいです。

きっと実現しますのでその時はよろしくね!


















