三代目虎真之助blog 『森から出たまこと』

「森はいのちの源」 奥三河の森から学んだこと、感じたこと、得たものを書き記しています。

南三陸町視察研修 その3

2014-06-27 08:50:20 | 日記

その他、南三陸町でみてきたもの。

 

民宿前の工事現場。

護岸・防波堤等の復旧工事。

地元の会社が請け負っている。

協力会社は、北海道の会社が多かったが、中には本社が香川県の会社も。

民宿にも工事関係者らしい方が宿泊していたが、駐車場に止まっていた2トンダンプは、なんと豊橋ナンバー!

帰り際に気が付いたので、残念ながら話をする機会がなかった。

 

 

移動中のバスの中から撮影した風景。

圃場整備は終わっていたが、塩害がひどいため、まだ作物はできない。

地域の高齢化率は高く、今後、担い手の問題が深刻な状況となるだろうとのこと。

 

奥に見える山林。

圃場部分の平地から、立木が生えている山林の間に草地がみえる。

これはもともと草地ではなく、ここまで津波が来て立木が流されたり、塩害で倒木したため草地になったとのこと。

あらためて津波の恐ろしさを知った。

 

 

おまけ。

帰りに立ち寄った、東北道羽生PA。

「鬼平犯科帳」をモチーフにしている。

ここまで徹底すると、人が集まることを実感。

ただ、出店者のほとんどは都内の有名店であり、地元色はあまり感じられなかった。

悩ましく思う。

 

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南三陸町視察研修 その2

2014-06-25 13:47:10 | 日記

南三陸町にて自主防災活動研修。

1人目の講師は、渡辺啓(わたなべ ひらく)氏。

仙台出身、震災当時は八王子に在住し、ログハウスの企画営業に従事。

南三陸町にいる祖父母の支援のためにボランティアとして駆けつける。

ボランティアを通じて奥様と知り合い、そのまま仮設住宅に暮らしながら今も支援活動を続けている。

 

講演要旨

・震災直後の情報収集手段はネットが有効。ツイッターやグーグルを使って安否確認を行った。

・物資はわりと充足していたが、途絶えてしまうことへの不安から「充足している」とは言えない状況だった。

・そのため備蓄用物資の保管場所の確保に苦労した。避難所と指定されている施設には保管スペースがないことが多い。

・避難所から仮設住宅に移動すると支援物資が受けられない。備蓄用物資をフリーマーケット方式で分配したこともあった。

・防災組織のトップは年配者が多いが、有事の際には持病等により現場から離れざるを得ないケースがある。

・現場に残るのは若い人が多いが、組織を統率する経験が不足しているため現場が混乱してしまう場合もある。

・体育館など1フロアーしかスペースがないと、走り回りたい子供と静かにしたい年配者ともにストレスがたまる。

 

等々、実際の現場で起きた問題や課題をお伺いした。

そして、以下のアドバイスをもらった。

・ネットやラジオ、消防の無線機など、携帯電話以外の情報ツールを活用できるようにしておくことが大事

・若い人に組織運営の経験を積ませることが大事。また若い人同士のネットワークを形成していくことも大事。

・避難所はできる限り多くの部屋やスペースが使えるように、あらかじめ指定しておくことが大事。

 ・平時の論理ではなく、有事の論理で動けるような人材育成が大事。

 

 2人目は、畠山扶美夫(はたけやま ふみお)氏。

南三陸町最大の仮設住宅(218戸・560人入居)の自治会長。

震災1週間後に、避難所に自治会を立ち上げ事務局長に就任。

その後、現仮設住宅完成とともに移り住み、H23.10月より仮設住宅の自治会長を務める。

 

講演要旨

・公共施設のため入居は抽選だったが、元の集落毎に固まって入居できるように調整。

・震災後1年半ほど過ぎるち「支援慣れ」してしまい自立の芽を摘んでしまうのが危険。

・高齢者、痴呆、生活困窮者、引きこもりなどへのケアが必要。

 

そして以下のアドバイスをもらう。

・仮設住宅にて各種サークル活動を行い、入居者のコミュニケーションをはかることが大事。

・仮設住宅から外出しにくい高齢者には、話し相手となるボランティアいると助かる。

・物資は公平に分配することが大事。例え数十円単位のものでも。また、支援物資と差し入れは異なることをルール化。

 

現地でなくては、当事者でなくては分からない、貴重なお話をいただいた。

これらの学びは、今後、参加者同士でふりかえりを行い、今後の新城地域自治区での自主防災活動に活かしていくこととなる。

有事の際にも冷静に統率のできるリーダーをいかに育成していくかが、カギとなるだろう。

 

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南三陸町視察研修

2014-06-24 08:29:18 | 日記

6/19~6/21に1泊3日の、それもバスで片道12時間の強行軍にて、南三陸町を訪問。

新城市にて昨年度から始まった地域自治区制度に基づく地域自治区予算による、自主防災活動に関する事業の一環。

http://www.city.shinshiro.lg.jp/index.cfm/6,32144,161,870,html

南三陸町を選んだのは、新城市と交流があるから。

震災後、定期的に市の職員が派遣されており、毎年3月中旬には市の職員有志による復興市が新城市でも開催されている。

 

「新城には津波は来ないのでは?」という意見もあったが、

津波対策を学ぶことではなく、有事の際の自主防災活動の心得について学ぶことが目的。

 

最初に飛び込んできたのこの風景。

震災直後、何度も映像を通して目にしたが、その場に立つと改めてその被害の大きさに驚かされる。

高さ、広さ、そのスケール感は映像では伝わらない。

この防災庁舎、国は震災遺構として保存したいと考えているようだが、

まちは、震災の記憶を呼び起こしてしまうので撤去して欲しいと願っているそうだ。

どちらが正しい選択なのか……。

 

まちは、まだ造成途中で、復興まではまだまだ遠い。

だが、あの世界的建築家、隈健吾氏がこのまちのグランドデザインを描いてくれたようで、これからに期待がもてる。

 

南三陸さんさん商店街。

まちは造成途中でも、そこかしこに仮設店舗が立ち並び、人の営みがみえてくる。

中でも、ここは複数店舗が集まり商店街を形成している。

来訪者向けの飲食店やお土産物屋ばかりでなく、床屋・電器店・整骨院などもあり、まさに商店街。

近くの高校に通う生徒なども、バスの待ち時間に、普通にラーメンを食べたりしている。

 

南三陸新名物「きらきら丼」

季節によって旬の食材を用いて提供するこの丼ぶり、この時期は「うに丼」

この、きらきら丼を使った新たな復興支援プロジェクトが、いま、新城で進行中。こうご期待!

 

バスを待っていた高校生が利用していたのが、BRT(バス・ラピッド・トランジット)。

バスによる大量輸送システムのことで、そのための専用走行空間を有しているケースが多い。

ここ南三陸では、沿岸部を走っていたJR気仙沼線が甚大な被害を受け、復興までかなりの時間を擁するため、

被災されず残っていた鉄道用の線路をアスファルトで覆い、バス専用レーンとして活用している。

専用レーンには信号待ちがないため時間通りに運行され、また本数も鉄道の時よりも増えているため地元の評判もよく、

今後もこのままBRTとして残して欲しいとの声が多くあがっているそうだ。

 

長くなってしまったので、肝心の自主防災については、また改めて。

 

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新城ラリー2014

2014-06-12 08:39:50 | 奥三河の紹介

昨年、荒天の中、4万人を超える来場者が集い、大成功に終わった新城ラリー。

今年の開催まで、あと5ヶ月。

http://masc.muse.weblife.me/

早くも、準備が始動している。

 

これは、6月4日に敷設した鉄板。

そして、1週間後の昨日、鉄板を撤去した状態。

目測では、敷設前とほとんど変わらない状況。

 

それでも、念には念を入れ、測量機器(レベル)で沈下度合いを計測。

敷設前と比較し1~2mmの沈下。

だが、これは計測上の誤差の範囲内。

ほぼ問題ないことが示された。

 

ちなみに、鉄板3枚の重量は約2.7トン。

さて、雨天の中、関係者がこんなに多く集まって、いったい何のテストか?

 

それは、これからのお楽しみ。

 

今後も県営総合公園内にて、様々なテストや検討が続きます。

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桐炭そうめん

2014-06-07 17:36:43 | グルメ

先日、訪問した奥会津地方の佐久間建設工業さん。

桐炭を使った商品も販売されているとご紹介しましたが、そのひとつがコレ。

「桐炭そうめん」

まるでイカ墨パスタのようですが、そうめんです。

見た目は真っ黒でちょっと引きますが、食べてみるとしっかりした食感で美味しかったです。

 

桐……

実は奥会津地方は日本一の桐の里と呼ばれており、確かに民家の庭先には必ずといってよいほど桐が植えられていました。

なんでも昔は、娘がいる家では、庭の桐でつくった箪笥を嫁入り道具にしたとのこと。

そうした地域になじみのある桐を使って地域おこしができないかと、産官学で検討してきた結果、うまれたのがこの桐炭商品。

 

とにかく地域にあるものは何でも使ってまちおこしをする。

しかもアイデアを出すだけでなく、すべて実行する。

 

見習わなければと、桐炭そうめんをすすりながら反省しました。

 

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