三代目虎真之助blog 『森から出たまこと』

「森はいのちの源」 奥三河の森から学んだこと、感じたこと、得たものを書き記しています。

消防団協力事業所

2012-02-29 08:11:38 | 日記

先日、新城市から消防団協力事業所に認定していただきました。

 

※消防団協力事業所 http://www.city.shinshiro.aichi.jp/index.cfm/6,18108,129,713,html

 

新城市では、過疎化や就業形態の変化(被雇用者の増加+職住分離)により、

年々、消防団員の確保とともに平日昼間の有事の際の出動が困難になっています。

そこで、地域支援団員制度(消防団OB再登録制度)を活用しながら、

なんとかやりくりしている状態です。

 

しかしながら、消防団は地域の安全・安心のためのみならず、地域コミュニティの維持・存続のためにも

なくてはならない存在だと考えます。

 

私自身も通算で10年以上消防団員を務め、昨年は分団長として地域の皆様にお世話になったこともあり、

今後は企業として、当社の社員たちの消防団活動を支援してまいりたいと思います。

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木の駅プロジェクト

2012-02-21 08:44:35 | 森づくり

ここ新城でも「木の駅プロジェクト」が始動しました。

※木の駅プロジェクト  http://kinoeki.org/

 

このプロジェクトは、元農水省の丹羽健司氏が提唱され、

いま全国に広がりつつある取り組みで、愛知県内では豊田市旭地区に次いで2例目となります。

 

山林に放置されている切捨て間伐材を、山主さんか又は山主さんからの承諾を得た人が、

軽トラックに積めるぐらいのサイズに造材し、定められた集積土場(木の駅)まで運搬すると、

1トンあたり6000円に換算した地域通過を受け取ることができるという仕組み。

搬出した材は、チップ材や薪として利用されます。

この木の駅プロジェクトの特徴は、そのシステムが関係者の信頼関係によって成り立っているということ。

土場まで搬出した材の寸法や数量は自己申告であり、誰も検尺しません。

悪く考えれば見た目よりも多目の寸法で申告して実際より多くの地域通過をもらう、ということもできてしまいます。

しかし、それを防いでいるのが、「世間の目」であり「人間関係」だということです。

このシステムは中学校区ぐらいの単位での運用が基本となっています。

ということは、材を出す人どおしの多くは顔馴染みであり、人間関係上、そう悪いことはできないはず……

また自分の名前を記したヤードに材を積み置きするため、他の人の目にもその量が明らかであり、

自らの名誉とプライドにかけても過大申告はできないはず……

と、極めて日本的な考えによってシステムが維持されているのです。

 

「甘い」と思われるかもしれません。

ただ、この木の駅プロジェクトは、このシステムのみで完結するのではなく、

これをきっかけに、地域と森林の新たな結びつきを生み出すことがねらいにあります。

つまり、「木は金にならない」と放置されてきた森林に地域が再び目を向け、

地域の繋がりの中から、その再生を図る自主的な動きが生まれることを期待しているのです。

だから、縛りをきつくして実際の利用をしにくくしてしまうのではなく、

気軽に多くの人が利用できるようにすることにより、次の動きを生み出しやすくしています。

 

他県の例では、この事業をきっかけに、山主さんたちがそれぞれの山の境界を明確化したり、

共同で重機を購入し、より多くの材を搬出する動きも生まれてきたようです。

 

今回の新城での事業の対象地は、細川・睦平・巣山・阿寺・大野・井代・湯谷地区です。

今回の社会実験により、一定の成果をおさめ、この動きが奥三河の他地区にも広がっていくことを期待しています。

 

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キツツキと雨

2012-02-20 09:51:02 | 森づくり

映画「キツツキと雨」  http://kitsutsuki-rain.jp/

 

別に小栗旬のファンではない。

役所広司の方が好きだ。

その役所広司が「木こり」の役を演じるというから、これは必見だ。

 

冒頭、山で木を伐倒するシーン。

受け口をつくって、方向を再確認して、追い口を入れて……と、

伐倒する際の基本に忠実に、役所広司が見事に木を切り倒す。

別のシーンでは、伊武雅刀がグラップルやフォワーダーなど林業機械を操る。

※グラップル (伐倒した木をつかんで積み込む作業の際に使う重機)

   http://www.iwafuji.co.jp/lineup/forest/gs.htm

 フォワーダー  (荒地や軟弱地で木を運搬するときに使う重機)

   http://www.iwafuji.co.jp/lineup/forest/u.htm

 

昼の休憩時に外でみんなで弁当を食べたり、

移動はいつも荷台にチェーンソーを積んだ軽トラックだったり、

かなりリアルに木こりの仕事が映し出されている。

おまけに、4人の木こりたちの性格描写が、「あぁ、いるいるこういう人」と思ってしまうほど。

 

自分はいつもよく見る光景だけに、「そこはちょっと現実は違うよな」とか思いつつ見るのだが、

山仕事を知らない都会の方々には、どう映ってるんだろうな、と気になる。

 

ちなみに、役所広司の作業時の服装。

ヘルメットに作業服に地下足袋のみ、………少し古いかな?

当社では、それに加えフェイスガードと耳当てと防護ズボン装着が基本装備です。

↓こういうこと。

 

映画の寸評は、私は専門家ではないので差し控えますが、

とにかく笑った、笑った。

 

小栗旬ファンなのか、おばちゃん達も結構来ていて、その豪快な笑い声に誘発されたせいもあるかと思うが。

 

小栗旬ファンの方も、役所広司が好きな方も、映画をこよなく愛する方も、ぜひ一度ご覧ください。

そして、冒頭の林業シーンや、愛すべき木こりたちの人情から、少しでも山に関心をお寄せいただければと思います。

 

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あれから1年…… 焼却作業

2012-02-16 17:34:24 | 土木

2011年2月16日(水) PM3:00

埋却作業の任務が終わり、そのまま会社に戻る。

2日間ほぼ徹夜状態だったにもかかわらず、不思議と眠気はなく、

留守にしていた間に溜まった要件を1つずつ片付ける。

 

そこに、再び支部の役員から電話が入る。

嫌な予感が……

 

「鶏の焼却業務を支部で担うことになった」

 

………予感的中。

 

翌2月17日(木) PM1:30

建設会館に支部会員全社が集められ、話し合いを行なう。

指令は、24時間体制で10日間かけて鶏をすべて焼却処分すること。

繁忙期でもあり、1社で担うのはとても無理なため、各社1日ずつを担当することとなる。

当然のように、当社はまたもや先陣をきることに。

しかも、ありがたいことに最後の10日目も担当することに……

 

翌2月18日(金) AM6:30

焼却作業を担当する作業員3名と、運搬作業を担当する作業員3名が現場到着。

作業手順を伝える。

鶏舎から2トントラックにて、殺処分した鶏が入った箱を運搬。

焼却炉は現場の隣とはいえ、敷地外のため、消毒作業を行なう。

焼却炉の裏口から、搬入。

箱は密閉されているため、感染拡大の恐れはないとのことだが、

衣服が汚れたり臭いがつく恐れがあるため、防護服を着用する。

焼却炉のゴミの投入口が4階にあるため、かごに積みクレーンで引き上げる。

4階の空きスペースに置けるだけ置く。

防毒マスクを装着するも、ゴミのすぐ横での作業のため悪臭・異臭がひどく、臭いに関してはほぼ効果なし。

この臭いに1時間以上耐えるのはとても無理なため、休憩・交代を入れながらの作業となる。

この箱を、焼却施設の係員の指示の下、20分おきに4箱ずつ投入。

いっぺんに投入したいところだが、鶏の脂分が強く炉が傷むとのこと。

また、運の悪いことに、炉は2基あるのだが、点検中のため1基のみでの作業となる。

 

私は、夜7:00~翌朝7:00まで12時間を担当。

繁忙期であり、人手不足のため、青年会議所の後輩たちにも助っ人を頼む。

 

しかし、この作業は辛かった。

あちらこちらに染みや汚れが付着したコンクリートの打ちっぱなしの作業場は、

その8割がゴミの山で占領されており、視覚的に嗅覚的にもかなり凹む空間だった。

1回投入を終えると、その後およそ20分間はすることがなく、

かといって次の指示がいつとんでくるか分からないため外に出るわけにもいかず、

ひたすら臭いと埃と眠気と戦うのみ。

 

持参した防臭剤の数々は、まったく何の役にも立たず、

爽やかさを求めて口にしたミント系のガムは、かえって鼻の通りが良くなり逆効果。

パイプイスに座り、週刊誌で気を紛らわすのが精一杯。

 

1時間置きの交代を繰り返しながら休憩所に戻ると、別の後輩が差し入れをもってやってきた。

 

ケンタッキーフライドチキンを……

 

4日前、とり五目とたまごサンドは食べたけど、

このときは、危うく後輩を殴りかかりそうになる。

 

そんなこんなで、翌朝7:00に次の担当会社との引継ぎを終え、帰宅。

 

これを10日後に、また行なうかと思うと、どこかへ逃げ出したくなる思い。

ところが、うれしいことに点検中の炉が再稼動し、作業量が倍に!

おかげで、当初予定より3日早く、作業が完了。

というわけで、当社の2回目の出番はなしに。

 

思わず小躍りをしてしまった。

 

これにて、鳥インフルエンザに関する任務はすべて完了。

 

今年は、発生しないことを、切に切に願っています。

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あれから1年…… 2日目~3日目

2012-02-15 14:30:02 | 土木

2日目。

2011年2月15日(火)。

 

AM6:30 作業員7名が到着。

繁忙期であり当社だけではとても対応できないため、同じ支部の会員より応援人員3名を派遣してもらった。

 

今日の作業は、鳥インフルが発生した鶏舎にある飼料と糞を、昨日、掘削した箇所へ埋設すること。

当初は、鶏そのものを埋設する予定だったが、昨日の試掘等の結果、

十分な埋設スペースが確保できないため、鶏はすべて隣接する市の焼却炉で焼却処分することとなった。

 

豊橋の同業者より、鶏の埋設作業の悲惨な状況を伝え聞いていたため、作業内容が変更になり少しホッとする。

 

が、それも束の間。

感染拡大を防ぐため、埋設作業は幾重にも防御策を施した、とても手のかかるものであった。

掘削箇所へ隈なく石灰をまく。

その上に、吸出防止マットを敷き、その上にさらにブルーシートを敷く。

トンパックに詰めた鶏の飼料と糞尿を積んでいく。

ブルーシートで全体を覆う。

その上に、下と同じように吸出防止マットをかぶせる。

その上に石灰を再度まく。

そして、掘削した土で埋め戻す。

 

という一連の作業を繰り返していくわけだが、これが思うように進まない。

昨晩から作業内容が二転三転したため、その情報共有がうまくなされておらず、すぐさま着手できなかったり、

豊橋でのケースとは異なる作業内容となったため、その作業手順を確認するのに手間取ったり、

埋め戻しの土を仮置場から運搬するのだが、その入退出に消毒作業が必要となったり、

狭い鶏舎の敷地内に100人を超えるような人員がいるため、接触防止のためダンプが足止め状態になったり、

トンパックへの袋詰め作業のペースと埋め戻し作業のペースが合わず、手待ち状態が発生したり……

みんな、早期に終息させねばと気持ちが焦るばかりに、情報や指示が錯綜し、

その結果、手待ち、手戻りが発生して、気持ちをさらに焦らせるという悪循環。

 

夕方PM5:30には交代人員が到着し、同業者3社からの応援人員を加えた計17名で作業を引継ぐ。

だが相変わらず作業は思うようにはかどらず、当初、深夜0:00には完了する見込みでいたのが、

あらかた埋め戻しが終わったのは、朝の7:00。

 

再度、交代要員が到着し、最後の仕上げを行なう。

埋め戻し箇所に石灰をまき、立ち入り禁止措置を施す。

 

気がつくと、一時は100人以上いた鶏舎に、残っているのは我々と県の担当の方数名。

時間はPM1:00をまわっていた。

最初に「鳥インフル発生」の一報を受けてから、48時間。

無事に任務を終える。

どっと疲れが出る。

 

が、実は鳥インフルへの対応は、これで終わりではなかった。

 

つづく。

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