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焼き餃子と浮世絵

2005-09-28 22:40:40 | Weblog
 夕飯のおかずは餃子。にんにくいっぱいれたきつね色の
やつを、ラー油入りの酢醤油につけてぱくぱく食うのは至
福である。生きててよかったと。

 餃子というのはもともと北京料理であるとのことだが、本
場中国において、餃子を焼いて食うというのは変則的な食
べ方であるとなにかで読んだ。正統派の食べ方というのは
あくまで水餃子であり、焼き餃子というのは残り物の餃子を
食うための最後の手段ということである。

 すなわち焼き餃子というのは中華料理でありながら、その
おいしさについて中国人は理解できていない、ということに
なる。食文化というのはその国特有のモノがあるのだろうが、
「焼き餃子が広まらない」というのは、どう考えても不思議で
ある。まあ、逆に言えば「日本人は水餃子のうまさを理解して
いない」ということにもなるのだが。

 日本特有のモノでありながら、日本人にはそのよさがあま
り理解できず、逆に外国人によってそのよさが理解されたと
いう、いわば上記の「焼き餃子」的なモノに浮世絵がある。江
戸時代に流行した浮世絵は、芸術などとは縁のない大衆的
なものであった。それが陶器の包み紙として外国に輸出され、
欧州の画家の目にふれて、「ヨーロッパ的にものとはまったく
異なる技法の絵」が、彼らの技法に大きな影響を与えた。ゴ
ッホが浮世絵に大きな影響をうけたのは周知の事実である。

 しかし中国人が焼き餃子のうまさに気がつかず、江戸の日
本人が浮世絵の芸術的価値に気づかなかったのは何故なの
か。「燈台もと暗し」という言葉で済ますことも可能だろうが、ど
うもそれだけでは足りない気もする。「慣れてしまうと、その美
点も美点ではなくなる」ということか。それとも「美点と思われる
モノも、異なる文化圏に移動すると美点ではなくなる」というこ
とか。

 どっちにしろ焼き餃子はうまい。今度マジで宇都宮へでも行っ
てみるかな。
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