ぼくは行かない どこへも
ボヘミアンのようには…
気仙沼在住の千田基嗣の詩とエッセイ、読書の記録を随時掲載します。

エッセイ 気仙沼の観光について 平成11年

2017-10-20 09:00:40 | エッセイ

頭注;これは、平成11年、1999年(20世紀の末年!)に書いたもの。いちど、2010年に掲載しているが、当時、長さの感覚が分からず、わざわざ上中下と3回に分けて掲載したもので、最近、この(上)だけが読まれているようなので、せっかくなので、その続きも最後まで読んで欲しいところなので、改めて掲載することにする。

 実は、これは、当時発足しようとしていた最初の気仙沼観光戦略会議の冒頭の市長挨拶の原稿として書いたもの。しかし、文学的で高踏すぎるということで没になった原稿である。市長挨拶の原稿を書くというのは、市職員として重要な仕事であるが、結果としては、採用されなかったわけで、デキの悪い原稿だったということになる。

 いずれにしろ、どうも、私も市の職員としては、型にはまることのできない落ちこぼれであったかもしれない。 

 でも、ここで書いていることは、いまでも、まさにそういうことなのではないだろうかと、相変わらず現在の課題そのものなのではないだろうか、と思うところはある。

  

・木ですら旅が好き

 詩人茨木(いばらぎ)のり子さんの「倚(よ)りかからず」は、二十万部近くという、詩集としては驚異的な発行部数を記録しているようですが、その冒頭の詩篇「木は旅が好き」は、次のような言葉で終わっています。

 

幹に手をあてれば

痛いほどにわかる

木がいかに旅好きか

放浪へのあこがれ

漂白へのおもいに

いかに身を捩(よじ)っているのかが

 

 あの立ち尽くす木ですら旅好きだということです。

 まして、わたしたち人間は旅にあこがれ、日常と別の世界に遊ぶことを求めるものでしょう。

 わたしたちの住むこの気仙沼が、旅人に対して、つまり、他の地域からお出でいただく観光客の皆さんに対して、どれだけの非日常の魅力を与えることができるか。よその地域にない、気仙沼独自の魅力を見せることができるのか。それが、課題です。

 観光とは、その土地の光を見ることだといいます。われわれは、ここで、気仙沼の光をいかに見せるか、その方法を考え、そこから行動に移す、ということが必要であると思います。

 では、気仙沼の光とは何か。

 

 一月七日付けの地元紙に掲載されていますが、商工会議所会頭、漁協組合長、農協組合長、また、お二人の県議との新春座談会においても、みなさん、美しい自然景観、豊富な海の幸、海の文化と、気仙沼はブームを起こす力量を、実は持っているんだとの認識を示されていました。しかし、その力量をどう活かすのかが課題であるというところも、また、共通の認識でした。

 

・気仙沼の魅力は

 つまり、気仙沼の力量は、まだ、半ば隠されている。その光は、まだ、充分に地域の外に輝き出してはいない、ということであろうかと思います。

 宮城大学の野田学長がおっしゃる「オリジナリティーと品格のある『港町スクエア』の建設」構想は、地域にとって大変ありがたいご提言です。これもまた、気仙沼の魅力をいかに輝かせるべきかという同じ文脈の中で理解すべきものでしょう。

 気仙沼の魅力は何か、その答えは、今、あえて口にしなくとも、この地域の皆さん、市民の皆さんの心の中にすでにあるのだと思います。その半ば隠された共通理解を改めて議論し、あからさまに言葉にしてまとめる。そのことが、地域の外にアピールしていくためにも重要なプロセスです。

 次に、その魅力をいかに表現するか、何をどう組み合わせればいいのか。言葉をかえれば、気仙沼の魅力でもって、いかに観光客の皆さんをもてなすかということです。

 気仙沼には光が溢れている。そう自信をもって言っていいのだと思います。それを素直に見て表現していけばいい。つまり、「おもてなしの心」でもってお客様に接していけばいい。

 そこを考え、議論していくことが必要です。

 

 しかし、「おもてなしの心」と言っても、単に観光関係業者のみが、実際に接客の上で発揮していればいいということではありません。

 気仙沼市民ひとりひとりが観光客をお迎えするという意識を持てるかどうか、気仙沼のまちの構造が観光客をお迎えするつくりになっているかどうか。気仙沼のあらゆる産業がまちに観光客をお迎えするということを意識する形になっているかどうか。

 

・観光こそキーワード

 観光こそ、二十一世紀の成熟社会における基幹産業であると言われています。狭い意味での物見遊山の観光というより、広く、ひとの交流と言うべきかもしれませんが、モノの流通、モノづくりの産業振興のために、ひとの交流が決定的な重要性を持っています。

 あるいは、気仙沼というイメージ、気仙沼という夢を売ることが、たとえば水産加工品などのモノを広く流通させる際のキーポイントになっている。

 そして、また、逆に、美味しい水産物、優れた加工品の存在が、気仙沼のイメージづくりの上で大きな役割を果たしています。

 観光は、地域のあらゆる産業の総力戦であり、また、あらゆる産業振興のためのキーワードです。さらに、あらゆる地域資源の総力戦であり、まちづくりのキーワードなのです。

 総花的で、あらゆる項目を網羅した立派な計画を作ること、そんなことが目的ではありえません。

 具体的な気仙沼ならではの魅力を検証し、それを活かすために、具体的にどんな手段が必要なのか、すぐに取り組めるものは何か、それを議論する。観光に関係するあらゆる問題を漏れなくとか、全体的なバランスとかはあまり気にせず、目に付くところ、気になるところから議論をはじめる。最終的にまとめてから、ではなく、途中であっても、早速に取り組むべきことはどんどん取り組んでいくべきです。

 「気仙沼の光」を素直に見て、気仙沼の魅力を再確認し、「おもてなしの心」で表現すること、その、基本的な戦略がはっきりしている限り、どんどん、具体的な戦術に取り組んでいっていい、取り組んでいくべきものでしょう。

 

 冒頭の、茨城のり子さんの詩にたちかえれば、「おもてなしの心」を発揮するということは、あの動かない木ですら持つという、つまり、ひとであれば誰でもが心のうちに秘めている「放浪へのあこがれ 漂白へのおもい」に応えると言うことに他なりません。安易なことではありませんが、やりがいのある、そして、夢のある仕事ではないでしょうか。

 最後になりますが、日本経済新聞地方部記者を長く勤められた 亀地 宏(かめちひろし)さん、日本の地方自治、まちづくり関連のジャーナリストとしては第一人者ですが、その著書「ワインロードのランナーたち」の中で次のように語っています。北海道のある町について、

「私は、この町がはじめから終わりまで一貫して追及し、また、大事にしたのは『自治』と言うことだったと思う。自分たちの町のことは自分たちで考え、決断し、行動して作り上げていくものだということを基本とし、すべてそこから出発した。途中にいくつもの高いハードル、厚いカベが立ちふさがったが、いずれも自力でかいくぐり、乗り越えて前進した。足りないものは自分たちでこしらえ、あるいは調達した。・・他人の力、特に中央の大きな力に頼らなかった。町の中で何度も何度も議論をし、繰り返して調査をした。」

 地域の皆さんが存分に議論し、具体論を提言し、実行していくこと、これこそが必要なことなのです。

 

※脚注;写真は、内湾・海の道周辺の「歩いて楽しめるまちづくり事業」として整備したポケットパーク。内湾に面し、ちょうど対岸に安波山が望めるスポット。もちろん、今は失われている。この事業で整備したイラスト付き解説版が、一枚だけ、神明崎五十鈴神社境内の猪狩霊社前に残されている。高いところにあったので、津波を免れた。

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