ヤルスベに米を渡して後、しばらくは平穏な日々が過ぎた。
米ほどうまいものはない。食えば生きる苦しみをすべて忘れるほどうまいのだ。涙を流しながら食う者もいる。だから米を渡せば、ヤルスベ族はカシワナ族への怒りをしばし忘れてくれる。
だが、人間というものは痛いものなのだ。カルバハのように、うまいことに味をしめればまたやることがある。
今までよりもたくさんの米を食ってしまえば、その味を覚えて、また食いたくなるだろう。アシメックはそのことを考えていた。
季節は夏を過ぎようとしていた。夏の土器作りも終わり、また秋が来る。イタカにはコクリの株があちこちで芽生えていた。
アシメックは澄んだ青空を見ながら、その日、オロソ沼に向かった。稲の実り具合を見ようと思ったのだ。今年のヤルスベとの交渉では、おそらく例年よりも多い米を要求されるだろう。今年はどれくらい米がとれるものか、それが気になったのだ。
沼の岸につくと、稲はもう丈高く伸びていた。赤米の稲は人間よりも背が高い。それが広い沼にびっしりと生え群がっている。もう穂ができていた。実りはまだだが、今年もそれなりの収穫はありそうだ。