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東京五輪:エンブレム顛末記

2015-09-02 19:08:16 | 東京五輪2020
東京五輪エンブレム問題で組織委員会が会見(THE PAGE 2015/09/01)


一言で言えば、遅きに失した。

ついては、責任の所在を明らかにしない言い逃れ、詭弁、誤魔化し、佐野氏や選考委員の擁護や弁護等々、様々な意見や感想があるだろう。
もちろん、それを踏まえ、私はそれでもある意味で実に無難な、そしてある意味で大人の対応会見だったように思う。
言い換えれば、そもそも彼らに切実な対応を望むのは土台無理な話である。それは予め承知の上だ。

ともあれ、武藤敏郎事務総長の右隣に座る、横柄で高慢な槙英俊マーケティング局長に喋らせるよりは、まだ百倍ましだった。その点は事務総長の威厳であり、その肩書きを持つだけのことはある。

「デモは否定しない。国民の政治活動として尊重されるのは当然。政治家も国民の政治的意思として十分耳を傾けなければならない。ただしデモで国家の意思が決定されるのは絶対にダメだ。しかも今回の国会前の安保反対のデモ。たったあれだけの人数で国家の意思が決まるなんて民主主義の否定だ。」

唐突だが、これは「戦争法案反対」の国会前10万人行動のその日、8月30日にかの橋下徹がTwitterでつぶやいたものだ。
日本オリンピック組織委員会の発想も、基本的には同じである。
つまり、国民の意見には耳を貸すふりをするが、それに流され「盗用・模倣」を認めたのではJOCの沽券に関わる、権威失墜だとするものだ。

まったく何様だと言いたくなるが、それが官僚主義である。
何にせよ、決まったものは淡々と、粛々と機械的に進める。彼らにとってそこから先は「仕事」以上でも、それ以下でもない。ただ決定事項に従い、慣例に従いそれを確実に履行するだけだ。
それにおける弊害は考えようとせず、そこに融通性などは無い。つい先頃、個人情報の流出で大問題になった「日本年金機構」とその図式は全く同じであり、今回もまた、そうした官僚主義の暗部が炙り出されたと言えよう。

とは言え、内情はおそらく、相当数に上る市民からのクレーム殺到に危機感を抱き頭を抱えていたのも確かだろう。そうした世論の高まりを認識しつつ、だが、確たる証拠の無い「疑惑」だけでは決め手に欠けた。
そのようなグレーな状態では決定には至らず、また、単に「盗っ人を登用していた」ではあまりに情けない話で、もとより佐野氏の一連の「盗用・盗作問題」と「五輪エンブレム」は直接の関連は無い。JOCとしてはそうした感情論のみでの解決は避けたかった。そのことから充分「大儀」になるような理由を探していたのもまた事実なのではないだろうか。

そうしたどっちつかずの状態から、ついては、むしろ「疑惑」を払拭せんがため公表した「佐野エンブレム」の「原案」であったが、思惑に反し、とんだ墓穴を掘る羽目になってしまった。
だがこれが一転、次いで「展示例」の写真の無断使用が良い材料となった。客観的に見て、これなら明確で誰にも解り易いからである。さしずめ踏ん切りがつき、観念せざるを得ない状況において、結果的に怪我の功名だったとしての「佐野エンブレム」撤回である。これなら「大義名分」が立つという寸法だ。

会見において、責任問題については巧みにはぐらかし、言わば誰も「悪人」にしなかった武藤事務総長であるが、「佐野氏は模倣ではないと断言している」と擁護はしつつ、その実、佐野研二郎氏をスケープゴートにした可能性はある。
佐野氏本人が「取り下げ」を申し出たとするのだが、果たしてその具体的なやり取りに関しては不明瞭である。あるいは佐野氏の申し出を「渡りに船」とする演出があったのかどうかも含め、それもまた定かではない。

武藤事務総長は、「佐野エンブレム」の使用中止、取り下げ撤回の理由について、「国民の意見」と「佐野氏の申し出」によるものとした。しかしこの事件についての本質はそこではない。


次いで昨晩、予告通りに佐野氏の「MR_DESIGN」のホームページに「釈明文」が掲載された。
それは相変わらずテキストではなく、「画像」だ。



しかし、これを読んで思うが、まず、「このような結果に及び、迷惑をかけて申し訳ない」と、何故最初にそう言えないのかと思う。見苦しい言い訳より先に、そしてついての反省を述べるべきなのではないのか。「エンブレム」の盗作云々より、根本として問われているのはデザイナー、アートディレクターとしての佐野氏の姿勢だ。未練がましく、同情を誘うような、あるいは私怨ともとれる言い回しも決して潔いとは言えない。そうしてここで自らの心情やプライバシーを語る必要性も無いだろう。

こうしてみれば、常識が無いというか無自覚というか、なるほど、佐野氏は世間擦れしていない未熟な大人なのかもしれない。よくこれで大学の教鞭がとれるものだと感心する。

確かに、全てを認めれば自分自身の存在否定にも繋がる。最後の砦を守りたい気持も解らないでもない。「疑わしきは罰せず」の理念に基づき、放免してもらいたいとする思いもわかる。
しかし、サントリーのトートバッグデザインを取り下げたことに端を発し、それは既成事実化され、即ちそれを以って「盗用」を認めたことになる。それはまた、必然的に一連の作品に波及し、その後の経緯を辿れば、この場合、一事が万事たる所以だ。その結果を素直に受け止めるべきだろう。

確かに天狗になっていた。もしやオリンピックエンブレムデザインは佐野氏のデザイン能力からすれば荷が勝ちすぎていたのかもしれない。

いずれにせよこれで充分に社会的制裁は受けただろう。今後しばらくは、“あの”佐野研二郎という定冠詞が付くのは止むを得ないだろうが、これを教訓に二度と軽はずみな行為は働かないことだ。
そして、嫌疑が及んでいる事案には誠意を持ってこれを清算し、一から出直して身の丈に合った仕事、暮らしをすればいい。世の中、捨てる神あれば拾う神あり。真面目に実直に取り組めば困ることはないはずだ。やがて騒動は徐々に鎮静化するだろう。


さて、話はJOC・武藤敏郎事務総長の会見に戻るが、話の中で、永井一正氏がデザインというものについて「一般の人には理解しがたい」などと言っていたことを引用し、それに乗じて事務総長も、コンセプト(成り立ち)が違うから「佐野エンブレム」は「リエージュ劇場のロゴ」とも「ヤン・チヒョルト展のロゴ」とも違うのだということを盛んに強調していた。

例えば「●(丸・円)」について、これは太陽の●であり、地球の●ではないからと、いくらそう言ったところで、しかし●は●であり、精々色が違えば違うと言えるにしても、客観的には●は●である。ここで「違う」というのは単なる屁理屈でしかなく、その正体はつまり「裸の王様」だ。この理屈が通用するのは、けだしあくまでもデザイナー同士の話なのである。

いわゆるデザイナーというのはとかく理屈っぽく、端から「一般人には理解できないだろう」とする独り善がりな優越意識を持っていたりする。時に偏屈で高慢で、画家や彫刻家たちとはまた違う、一種独特な世界観を持ち、そして常にその多くは排他的だ。むしろそうでなければ勤まらない職業だと言えるのかもしれない。何故ならば、自分の「自信」だけが頼りだったりする側面があるからでもある。

そのことからもデザイナーは派閥を形成しやすい。それは例えば、中世ヨーロッパの都市で発達した商工業者の独占的、排他的な同業者組合「ギルド」に似ている。
気が合い、それぞれが許容できる人間だけが集まり、互いに絶賛し合う。有力者にコネがあれば伸し上がり、加えてそれに媚びる連中が出てくる。そうして業界は成り立っている。
それを上手く利用し、支えているのが電通、博報堂であり、大日本印刷もまた“同族デザイナー”をのさばらせる温床になっている。


一方、そうした中から産まれてくる「デザイン」。それには、「プロ受けするデザイン」と、「一般受けするデザイン」とがあって、総じて「一般受けするデザイン」は保守的であり、斬新なもの、言い換えれば「奇異なもの」は好まれない。
そこで、奇抜なものを良しとする場合、デザイナーは「専門家」を笠に着て、とくとくと、それがいかに良いものなのかの説明をする。
「専門家が言うならそうなのか」と妙に納得してしまうのもまた人情というもので、これはデザイナーの名が通っているほどにその効果がある。その意味で、デザイナーはいわゆるペテン師でもあるのだ。

7月24日、公に発表となった「佐野エンブレム」。
大して良いとも思わず、「は~、そんなものか」と思った人は多いのではないだろうか。それは「有名デザイナーの作品」であることによって取り敢えず是認された。

さて、それから一週間もしない内、ベルギーの「リエージュ劇場」のロゴとの類似問題が浮上する。
なぁなぁのデザイナー、アートディレクター、プロデューサー、広告代理店にとっては思わぬ誤算である。
それを切っ掛けに、その後「佐野エンブレム」に限っても、様々な憶測を呼ぶに至った。まさにデザイナーの“生態系”が揺らぐ一大事である。「佐野エンブレム」の価値は一気に下落した。
「なんだ大したことない」。“デザイナーマジック”はいとも容易く解け、その反動で造形的にも不評を買い、批判の矛先は佐野氏に向けられた。
そもそもそこに歪な構造があったわけだが、そんな中で癒着、談合、出来レースが取り沙汰されることにもなり、安泰と見られたデザイン業界が震撼させられる事態となった。

これらを鑑みれば、当然、佐野氏を担ぎ擁護した永井氏始め、浅葉氏や取り巻き連中の責任は重い。


その後の顛末はご承知の通りだが、「佐野エンブレム」が白紙撤回になり、興味を持って見ていた人の9割以上がこれを歓迎したのではないだろうか。

JOC(日本オリンピック組織委員会)は改めて仕切り直しをするという。
また公募から行なうとしても、公募の方法、選考の方法、応募資格の刷新をしなければ世論は納得しないだろう。
当然、選考委員も総入れ替えしなければならず、更にその審査員は仮に門外漢でも中立性を保てる人選が望まれることにもなる。

とは言っても、また新しいロゴにもNetの厳しい「監視の目」が及ぶだろうし、参加者はそうしたNet検閲の洗礼を覚悟での応募にはなりそうだ。
一方、例えば、桜の「招致ロゴ」は評判が良かったりもして、案外大多数の人が納得する落としどころとも言えるのではないだろうか。パラリンピックのエンブレムに関しては、それこそプロのデザイナーがアレンジを加え、その結果の数点を公表して絞り込むのが妥当というふうにも考えられなくはない。

いずれにせよ、デザイン業界の浄化に及ぶかどうかまではわからないが、JOCが今後どれだけ公正を保ち、善処するのか、そのJOC、そして政府、東京都の動きに注目だ。




大損害!東京五輪エンブレム白紙…ポスター、CMぜ~んぶパー サンスポ 9月2日

 またも撤回! 2020年東京五輪の公式エンブレムの使用中止が1日、正式に決定した。盗作疑惑が指摘された制作者の佐野研二郎氏(43)が撤回を申し入れ、大会組織委員会が了承した。新国立競技場の建設計画見直しに続く、前代未聞の大失態。五輪スポンサー企業がHPからエンブレムを削除するなど早くも“損害”が出ており、海外メディアが厳しい論調で報じるなど国際的信用への悪影響は避けられない。

 2013年9月8日(日本時間)に東京での五輪開催が決まって約2年。7月24日に公式エンブレムが発表になって、40日目。エンブレムの見直しという五輪史上極めて異例の事態となった。

 エンブレムがベルギーの劇場ロゴに似ていると指摘され、佐野氏の他の作品でも“盗作疑惑”が渦巻く中、大会組織委員会が1日午後の臨時調整会議でエンブレムの撤回を決めた。7月17日にメーンスタジアムとなる新国立競技場の建設計画の見直しが決まったが、これに続く白紙撤回だ。

 組織委の武藤敏郎事務総長が午後6時から会見。同日午前に佐野氏らと協議した際、佐野氏から「自分や家族への誹謗中傷がなされている」などと説明があり、取り下げを希望したという。

 武藤氏は「国民に申し訳ない」と謝罪。「直ちに新しいエンブレムの選考に入りたい。公募を大前提にしたい」との考えを示した。佐野氏に対する賞金100万円については「支払わないことにしたい」と明言した。

 東京都の舛添要一知事は調整会議前、「裏切られたという感じ。エンブレム自体のイメージは非常に低下した」と厳しく批判した。

 影響は早くも各方面に及んだ。五輪スポンサーの日本企業21社のうち、1日朝の時点で15社がCMやHPなどにエンブレムを使用。三井不動産と日本航空(JAL)、NECなどはHPから削除した。JX日鉱日石エネルギーや日本生命保険なども、エンブレムを使用しているテレビCMを修正する方針を示した。

 HPへの掲載に比べCMは制作費などの負担も大きいが、JXは影響額について「今の時点ではいくらになるか分からない」。各企業は白紙撤回に伴う損失への対応を明かしていないが、ゴールドパートナーの各企業は6年間で150億円を拠出。ある企業の関係者は「ブランドイメージを上げるためのスポンサーなのに、騒動で逆にイメージダウンになるのではと不安だ」とこぼした。

 協賛社には「なぜああいうエンブレムを使う五輪を応援するのか」との苦情も寄せられているといい、今後は関係当局への損害賠償を検討する動きが出る可能性もある。

 東京都は、7月24日にエンブレムを発表したイベントの費用に最大7000万円を支出。さらにのぼり旗やポスターなど約4600万円分を発注しており、これら経費の負担についても今後議論される見通しだ。

 海外もさっそく反応をみせ、英BBC放送(電子版)はこの騒動について「ぶざま(awkward)」と報じた。経済問題の専門家はサンケイスポーツの取材に「国際的信用も考えれば、損害は計り知れない。大きなマイナスになる」と指摘。迷走は、いつまで続くのか…。

会見せずHPで謝罪
 佐野氏は1日夜、事務所のHPで「(エンブレムについては)模倣や盗作は断じてしていないが、それ以外の私の仕事において不手際があった」とコメント。

 取り下げた理由については、プライバシー侵害など異常な状態が今も続き「もうこれ以上は、人間として耐えられない限界状況だと思うに至りました」としたうえで「批判やバッシングから家族やスタッフを守るためにも、もうこれ以上今の状況を続けることは難しいと判断した」と説明。「ご迷惑をおかけしてしまった多くの方々に、深くおわび申し上げる」と謝罪した。

選考過程
 8人の審査委員が行った。審査委員代表を務めた永井一正氏によると、選考はデザイナー名が分からないように進められ、104点の応募作品から投票で4点に。佐野氏の応募時の原案は、その後の商標調査で類似性があるものが見つかり佐野氏が修正したが、躍動感がなくなったとしてさらに手直し。2度の修正を経て現在の形に。審査委員の1人は「選んだ原案と違う」と反発したが、他の7人は了承して公式エンブレムに。


無駄が無駄を呼ぶ連鎖。世界から嘲笑されても仕方がない。これが是が非でも東京でオリンピックを開催したいと、その執着心を醜いほどに露わにしている連中の体質であり本性だ。


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