思想家ハラミッタの面白ブログ

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淡路島は古代ユダヤの聖地だった

2014-04-03 20:18:52 | Weblog
http://tsutsui05.g.hatena.ne.jp/yoshihito1/20050917より



遺跡や神話のような話が3回目になるが一先ずこれで終わりにしたい。

今回は、古代ユダヤ遺跡についてである。それは、今から約3千年以前に古代ユダヤ人が淡路島に来て海岸の岩盤に見事な彫刻を残していたという話である。

 この世に100パーセントはないが、この話は実際に遺跡の発掘があり本も何冊か出ている。発掘当時も神戸新聞に何回かにわたり掲載された。

しかし実際この情報は、あまり興味がないのか淡路の人はほとんど知らないように思う。僕が初めて聞いた時は、目を丸くし驚き、現場にも行ったものだ。


 その遺跡というのは、淡路島で1番に高い諭鶴羽(ゆづるは)という山を基点とし、反時計回りで22箇所海岸線に沿い発見されている。諭鶴羽山は淡路の南にそびえる。つまり、遺跡は淡路島の右下側を海岸線に沿いグルリと囲っているのである。僕が実際に遺跡を見に行った場所は、「四州園」という国際観光ホテルの敷地内にあるものであった。しかし、時すでに遅く僕が見れたのは、遺跡のほんの一部だけであった。というのもホテルの改築の影響があり、すでに遺跡は見られない場所になってしまっていたのだ?!


 1952年,発掘に成功したのは、淡路古文化開放協会の白山氏という方である。その遺跡というのは、海岸の岩盤の裂け目を利用して彫刻した「女陰」である。それは、金属のみならず、火力をも使用して作られたといわれる。どちらの手法も3千年以前のことであるから凄まじい発見である。白山氏は更にクワやツルハシなどでツカ石が埋められているという現場を発掘。地下1メートル四方にわたって石がV字型に置かれ、天井には、蓋がしてあって石室の内部には、6センチから9センチの石やら青玉石のようなきれいな石を数個発見している。

 

 これから、当時神戸新聞(昭和27年10月13日)に載せられた発掘の記事を引用する。

 『~略~現在同島で調査している伊勢古事記研究会長武智時三郎氏の話によると、イスラエル人が日本に来たことは間違いなく、とくに、(1)地質学上からみて、日本では、淡路が一番古い土地といわれる、(2)淡路の先住民族は、アイヌといわれるが、アイヌ人は言語的にもイスラエル人に通ずる(3)現場の古茂江(コモエ)という小地名は、ヘブル語では、「秘の上のこも」という意味で、石棺の存在と符号する、などをあげている。

 発見者の白山氏は、「今から、3千年前以前にダビデの縁者とみられる者が、ある意図をもって、ここに構造物を置いて行ったのではないか」という推理を導き出しており、今度の発掘によって

これを実証づけることになった。しかし学会では、これに対し、(1)この推理を否定する材料は今のところ何もないが、時代考証は伝承によっているので、学問的実証はならない。(2)イスラエル人またはユダヤ人が日本に渡来したということになると、大和民族論を覆すばかりか、国体や皇室にも影響がある、という二点を理由として、積極的な動きは、これまであまり見せていないが、この発見についての興味と、学問的な認識はもっている、といわれる。~略~なお現在イスラエル共和国に照会中の同国内の碑文(古代文学)の解読文を入手すれば、この発見は実に裏づけの要素を深めることになるであろうと白山氏は語っている。~略~』

 

 確かに、何かの本でも淡路は淡路の中でもこの間紹介した沼島が地質学上からみて一番に古い土地という話を聞いたことがある。私は、なぜか古代の人に興味がり、そういった関連の本を何冊か読んでいる、それにおいても昔の古代ユダヤ人というのは、今のアイヌ人のような顔つきであるといった話も聞いたことがある。そして、実際、日本には、ユダヤ人の民族芸能・慣習が多く残っているとも幾度となく聞く。例えば日本の神輿や祭りなどイスラエルの風習そっくりらしいのである。モーセの契約の箱が伊勢神宮の地下にあるという話も満更作り話のようにも思わない。

 少し長くなったので2回にわたり、古代ユダヤ遺跡について紹介する。今回は、この辺で終わる。







 1952年、発掘の立会い人として米軍大佐の肩書きをも持つユダヤ教大司教のM・J・ローゼン師が遺跡発掘者白山氏と遺跡を見学された。その日の夜、ローゼン師は近くの小学校でその遺跡の意義を述べるべく会場溢れんばかりの聴衆の前で講演を行った。

その講演の一部として次の講演内容を引用する。


「今や太陽はイスラエルの上に登り始めた。預言者の言うとおり祖国は再建された。戦争に敗れて、古い日本帝国は亡び、新しい日本帝国が再建せられるであろう。日本人は古い歴史と文明を持った国民である。私は、日本は絶対にユダヤを迫害しなかったということを知っている。この新しいイスラエルとが相提携すれば、いかに強力なものになるだろう。世界に平和と幸福をもたらすものは、この二つの国旗である。太陽と星とである。~略~偉大なる太陽の国シオンよ、目を醒ませ。」


 1952年のことであるがイスラエル共和国が再建されたのが1948年、日本の敗戦は1945年である。「偉大なる太陽の国シオンよ、目を醒ませ。」の言葉が印象的である。ローゼン師は、シオンこと日本がユダヤとともに世界を救う国であるということを述べている。かつてアインシュタインが残した言葉と同じような感を受けさせる。しかし、目を醒ませとは一体どんな形をもって成しえることなのだろうか。世の中の万物は陰と陽を持ち合わせている。ある本では、夜に輝く星を国旗としたイスラエルは陰の働き、太陽を国旗とした日本は、陽の働きを持つといっている。少し哲学っぽいところがあるが私の頭の中ではつじつまが合うような気がしないこともない。そんなことから太陽を象徴する日本の国旗と星が印されたイスラエルの国旗が昭和27年に淡路島の遺跡の地に高々と交差し掲揚されたのであった。


 淡路島が本当にメッカと呼ばれるエルサレムと同様に聖地であるならば、淡路島の観光連盟は、今後の更なる活性化についてそんなに苦労することもないように思う。だって聖地であるならば、何の努力もせずに、一躍淡路は世界からの脚光を浴び観光の名所となるに違いないからである。しかし、どうも淡路の人に対してもこの遺跡についての情報が現在に至るまで広範囲にわたり流されていないのに気づくと、何か問題があるのであろう。


 今日、宗教の面においても世界は、頻繁に衝突を繰り返していることに違いはない。以前に読んだ本で伊勢に眠る「契約の箱」をおおっぴろげにした時、日本は世界のリーダーになり、そして宗教面での抗争が少なからず減るようになるといった話を聞いたことがある。しっかりとした論拠がないので申し訳ない。しかし、肝心の「契約の箱」は問題を抱え未だ隠蔽されたままであるのは確かだ。私が何を思ったかはいつそういったものを公開するのであろうといったことやその時期は来るのであろうかということ、その際に淡路島はどうあるべきなのであろうかといったことである。


 
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