思想家ハラミッタの面白ブログ

主客合一の音楽体験をもとに世界を語ってます。

ペンフィールド

2018-07-12 13:47:20 | 思想、哲学、宇宙論
『脳と心の正体』(政大学出版局、1987)


私は研究者として生涯を通じて、他の科学者と同じように、心は脳の働きで説明できることを、なんとかして証明しようと試みてきた。しかし今や、証拠をあるがままに見つめて、問題を問い直すべき時がきたと思われる。いったい心は脳の働きで説明できるのだろうか? もしできないとしたら、人間は一つの要素から成るという説と、二つの要素から成るという説のうち、どちらの方が合理的だろうか?」「心は独立した存在であり、独自のエネルギーを用いながら、脳の仕組みを自由に操って働きを表しているに違いない。」「心は、それ自体、基本的な要素と呼ぶべきものである。実体のある存在だ。

1934年当時、一部の患者では、てんかん発作を引き起こす放電が始まる変性した部分の脳を切除することによって、てんかんの原因を取り除くことが可能だった。私たちの目的がつねに治療に当たることはいうまでもない。しかし、長い手術の間も意識を保っている患者(脳自体は痛みを感じないので、脳の麻酔は必要ない)は、外科医の手を導く一方で、脳研究の進歩に寄与する多くの事実を私たちに教えてくれた。





脳の一部に弱い電流を流すと、その部分を担う働きが妨げられたり患者の意志とは無関係な形で現れたりするので、こうした刺激を加えるための電極を用いて、患者が自分の意識に起こる変化を説明するのに耳を傾けながら、脳のどの部分がどんな働きになっているかを地図に描いていくことができる。そして、電極を慎重に用いれば、患者のてんかん発作の始まりを再現して、病巣の位置をつきとめることができる。こうして、電気刺激を加えるたびに、心の中に起こる変化を患者の口を通して確かめながら、私たちはそれまで知られていなかった事実を発見していった。

、人間の脳には間脳すなわち脳幹に一定の目的をもった二つの仕組みがあり、その一方には心に直結した仕組み、すなわち最高位の脳機構があり、他方はコンピュータ装置(すなわち自動的な感覚―運動機構がある。


心は思考によって先のことを検討し、自動的な感覚―運動機能に短期の命令を出す。そしてこの命令は心に直結した仕組みを通じてのみ伝えられる。これはちょうど専用のコンピュータに人間がプログラムを入れるようなものである。コンピュータは外部からプログラムを与えられる。これと同じことは、私たちの脳に内蔵されている生物コンピュータについても言えるのだ。何かをなそうとする意志は自動的な感覚―運動機構の外部、すなわち心に由来するのである。



心が命令を出し、心に直結した仕組みがそのメッセージを他へ伝えて、実行に移させると考えている。・・・『脳は意識にとって外界との仲立ちをつとめる器官』なのである。より正確には、最高位の脳機構が、脳の他の仕組みと心との間の『メッセージ伝達器官』の役割を果たしている、ということができよう。」

最高位の脳機構が機能を失ったときに現れる自動人間には、まったく新しい決定を行うことができない。また新しい記憶の記録を作ることもできず、日没の美しさに感動することもなければ、満足や幸福や愛や哀れみを感じることもない。こうしたことはすべて心の働きに属するのだ。・・・自動人間は、脳のコンピュータに収められた生得の、また生後身につけた、反射と技能を利用しているだけなのである。・・・心の本体はさておき人間の脳において自動的なコンピュータ装置と心に直接かかわる仕組みが、互いに作用を及ぼし合いながらそれぞれ独自の機能を営んでいることは確かなのだ。


その手術の日、私は患者の左側の脳を局部麻酔で広範囲に露出して、彼をてんかん発作から救うためにできるだけのことをしようとしていた。しかし、発作の原因になっていると見られる異常放電の発生箇所は、側頭葉の言語領が占めていると推定される部分に危険なほど近かった。それで、私は回復不可能な失語症を引き起こすのを避けるために、言語領の位置を正確につきとめる仕事に取りかかった。言語領の働きが弱い電気刺激で妨げられることは、すでに述べた通りである。電極が大脳皮質に触れても、脳には感覚がないので患者にはわからない。何かしゃべろうとしたり、言葉を理解しようとしたりして、それができないとわかって、はじめて自分が電極による刺激で失語症に陥っていることに気づくのである。


電極による解釈領の刺激で過去の経験が再現される場合、患者の意識にどのような変化が起こるかを考えていただきたい。意識の流れが彼にとって急に二重になるのだ。彼は手術室の中で起こっている事と一緒に、過去の経験の『フラッシュバック』を意識する。そして両方の意識の流れの意味を医師と論じることができるのである。



このように意識の流れの状態を超然として客観的に観察しているからには、患者の心は反射的な働きから遠く離れた存在でなければならない。ここで注目していただきたいのは、一方は環境からの感覚情報によって、他方は大脳脂質への電気刺激によって動かされている二つの意識の流れが共存しているという点である。




意識の状態に混乱が見られないという事実は、意識の内容は大部分神経の働きに依存しているが、意識そのものはそうでないことを示している。




 ある南アフリカ人の患者は、手術台の上で電極を用いた検査を受けているうちに、自分は故郷の農園で従妹と一緒に笑っている、と驚きの叫び声を上げた。この間、彼は自分がモントリオールにある(ペンフィールドの)手術室にいることを、完全に意識していた。これは私の考えを証拠立てる一例である。彼の心は、(患者である)彼の言葉に耳を傾けながらなんとかして理解しようと努めていた医師の心と同じように、彼の(外からの電極刺激による)反射的な神経作用から独立していたのだ。


もしそうでないとしたら、つまり、最高位の脳機構が自身の働きで心を作り出しているとしたら、電極による刺激で再現された過去の意識の流れが、現在の意識の流れと一緒に提示されたとき、心は混乱状態に陥るはずである。



>脳は意識にとって外界との仲立ちをつとめる器官

最初にこれを言ったのはヒポクラテスらしいです。

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ベビーメタルに学ぶ4つの真理 | トップ | あなたが宇宙そのもの »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

思想、哲学、宇宙論」カテゴリの最新記事