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ボタンの掛け違い?:社会との界面での科学的知見の性質と役割

2018-08-11 14:45:10 | 思想、哲学、宇宙論


ボタンの掛け違い?:社会との界面での科学的知見の性質と役割

東北大学大学院理学研究科 准教授 本堂 毅 氏

掲載日:2012年8月22日
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東北大学大学院理学研究科 准教授 本堂 毅 氏
本堂 毅 氏




私は数年前、法廷に科学者証人として呼び出され、科学者にとっては非日常的な経験を論考にまとめた(『法廷における科学』、岩波書店「科学」2010年2月号)。以来、社会との接点で、専門家としての科学者、非専門家としての市民の双方が“ボタンの掛け違い”をしているように感じてきた。何故だろう。

科学技術が関わる社会問題で対策を取るとき、「科学的証明が必要」と言われる。地球温暖化を例に取ろう。そこでは「温室効果ガスによる温暖化は科学的に間違いだ」とか、「科学的証明はない」から温室効果ガス削減をすべきではない、という意見を、科学者からも、市民からもよく聞くし、新聞や雑誌にもそういう記事がよく踊る。ここで“ボタンの掛け違い”が始まる。

科学的に100%の証明は原理的に不可能なことだ。もちろん、ロケットを発射したときの動きなら、かなりの精度で予測できるけど、地球温暖化のような複雑な現象なら、せいぜい確率的な見積もりができるに過ぎない(その確率自体の正しさも議論になるけど、ここでは触れない)。もし、確率的な予測がそれなりにできたとして、確率がどの値になったら「科学的証明ができた」と言えるのだろうか。これは「線引き問題」と言われ、科学自体では答えが出ない問いの典型例だ。ある人は90%の確率になったら「証明された」と思うかもしれないし、別の人は50%で十分と思うかもしれない。ロシアンルーレットならどうだろう? 確率は17%だけれども、「自分でやってみよう」と思う人は、ほとんどいない。

「線引き」が科学自体で決まらない、ということは、市民だけでなく、科学者にも意識していない人が多い。つまり、科学的に決まると「思い込んでいる」人たちが多い。ロシアンルーレットは、たとえ確率が1%でも、ほとんどの人は拒否するだろう。1%の危険でも、その危険を冒すだけの「価値がない」と多くの人は判断するからだ。つまり、社会判断は常に「価値的な判断」と「科学的な証拠の強さ」を総合して行われている。裁判でもそうだ…。私人の間の紛争を扱う民事裁判と、犯罪を対象とする刑事裁判では、判決の根拠として必要な証拠の強さが大きく異なる。「多分犯人だろう」で人を裁くことはできないからだ。

科学には、「線引き」の例に限られず、さまざまなな「不定性」がある。不定性というのは、「科学では決まらない性質」一般を指している。科学では決まらない問題を、科学者が勝手に決めてしまうと、これは、社会的な問題を科学者が決めてしまうことになる。まるで独裁者だ。市民社会での意思決定は、政治を通して、市民自身が行うという原則を、科学者が崩してしまうことになるのだ。

現実には、社会が科学者に政治的判断まで期待してしまったり、科学者が社会的判断まで、科学的(専門的)判断と思い込んで下してしまうことが少なくない。いわゆる「御用学者」問題が起こってしまうのは、科学者自身、社会自身がいずれも、社会との界面での科学の性質たる「不定性」を理解していないことが背景にある(『御用学者がつくられる理由』、岩波書店「科学」2011年9月号)。ならば、科学本来の性質を振り返って、“ボタンの掛け違い”を解かねばなるまい。日本の生徒の「理科離れ」を証明したと言われる2006年のOECDの世界学力調査が示したことは、「答えが決まっている」問題への理科知識ではなく、「科学でできること、できないこと」の区別が、日本の生徒は不得意だという事実だった。私たちの社会は、世界から取り残されつつある。








東北大学大学院理学研究科 准教授 本堂 毅 氏
本堂 毅 氏
(ほんどう たけし)


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電磁波過敏症 WHOのファクトシートを読んで

2018-08-11 14:38:07 | 思想、哲学、宇宙論

電磁波過敏症 WHOのファクトシートを読んで
  本堂 毅さん(東北大学大学院理学研究科助手)

 

 昨年末、WHOが電磁波過敏症(EHS)に関するファクトシートを公開した。本稿では、このファクトシートの意義と課題、問題点などについて記してみたい。
 ファクト(Fact)が真実、事実を表す言葉であることからも分かるように、ファクトシートは公衆衛生に関わる研究の現状をWHO(世界保健機構)がまとめたものである。
 ファクト(Fact)が真実、事実を表す言葉であることからも分かるように、ファクトシートは公衆衛生に関わる研究の現状をWHO(世界保健機構)がまとめたものである。今回のファクトシートでWHOは、電磁波過敏症と表現される症候群が存在することを認めている(別掲の全文参照)。同時にWHOは、電磁波過敏症と電磁場曝露との間に「現時点では科学的根拠が存在しない」としている。
 WHOは今回、どのような科学的根拠(エビデンス)から、このようなファクトシートを出したのだろうか? 公衆衛生に関する研究には大きく分けて2通りの方法がある。1)疫学研究、2)実験室における研究である。実際、電磁波過敏症に関する研究は、1)の疫学と2)の実験研究の双方で行われている。しかし、ファクトシート中でWHOが「EHSの人々に関する研究」として取り上げているのは、2)の「実験室環境での研究」のみである。さらにここでは電磁波過敏症(EHS)の人々が、そうでない人々より電磁場曝露をより正確に「検出」出来るかどうか? が焦点にされている。

WHOファクトシートの問題点
 電磁波過敏症に関する研究で最も重要な点は、電磁場曝露と電磁波過敏症発症との因果関係である。そこで、ファクトシートの「EHSの人々に関する研究」をみてみよう。そこには「研究の大半は、EHSの人々は、EHSでは無い人々よりも、電磁界曝露をより正確に検出できるわけではないことを示唆するものでした。」とある。さて、電磁波過敏症と電磁場曝露の因果関係にとって、患者が電磁場を「検出」できることは本質的なのであろうか?
 患者が電磁場(界)曝露を「検出」できる能力と、電磁場が原因でEHSの症状が発生することは元来異なった話である。検出できようとできるまいと、電磁場を原因としてなんらかの症状が生ずるか否かが問題なのである。それは、私たちがウィルスに「感染した」ことを「検出」出来なくても、結果としてインフルエンザに掛かりうることと同じである。この点がWHOのワークショップにおいても議論済であることは、ファクトシートの「更なる読み物」にあるWHO workshopのMueller(スイス、ETH研究所)の発表からも明らかである。従って、電磁場曝露の検出能力を電磁波過敏症と電磁場曝露の因果関係を否定する科学的根拠であるかのようにWHOが記していることは、科学的に誤りである。また、「二重盲検法により実施された研究では、症状が電磁場曝露と関係していないことを示してきました」との記述があるが、2003年にオランダ経済省のTNO研究所が行った電磁波過敏症に関する二重盲検法による研究では、症状と電磁界曝露の間に統計的有意な相関が認められている。今回のファクトシートの科学的文献のレビューが適切であったか、恣意性がなかったか疑問を持たざるを得ない。
 生物物理学的研究より、電磁場はその強度が同じであっても周波数等によって生体に引き起こす影響が異なることが明らかである。従って、曝露条件がそれぞれに異なる個々の研究によって過敏症への影響の有無が分かれたとしても、それは研究結果の不確かさを意味するものではない。本ファクトシートを読む限り、WHOの電磁界プロジェクトの委員たちは、物理学的基礎知識を持ち合わせていないようである。

科学的根拠とは?
 今回のファクトシートでWHOは、「EHSと電磁界曝露の間には現時点では科学的根拠が存在しない」と述べている。さて、ここでいう「科学的根拠」とは何であろうか? 日常レベルの電磁界曝露が、生体に様々な生理学的影響を与えていることは既に明らかである。また、木俣肇博士のアレルギー反応に関する研究を始め、電磁波過敏症に関係する健康影響を統計的有意に認める疫学的、実験的研究も少なくない。この意味で電磁波過敏症と電磁場曝露の因果関係を疑うことに、十分な科学的理由(根拠)が存在する。しかるに、本ファクトシートではこの事実(ファクト)が全く言及されていない。これらの理由から、WHOが用いた「科学的根拠はない」は不適切な表現と言わざるを得ない。WHOは「電磁波過敏症と電磁場曝露の因果関係を認める研究があるが、一方で、現時点では研究者間で確立された結論には到達していない」等と正確に述べるべきである。
 WHOが行うべきことは、市民の誤解を招くような(ミスリードするような)表現を行うことではなく、科学的事実(エビデンス)を隠さずバランスよく市民に示すことである。EBM(科学的根拠に基づく医学)における患者と医師の関係と同様に、市民社会全体がevidence(エビデンス≒ファクト)を共有し、その下で価値判断は市民自身が行うというのが近代市民社会の前提である。WHOはこの基本を忘れてはならない。

今後の課題
 今回のファクトシートでWHOは、上に述べたように実験室における研究のみに焦点をあてている点で科学的に公平ではなく、結論に至る論理も不明瞭である。前出のチェコにおけるWHOワークショップでAhlbom(スウェーデン、カロリンスカ研究所)が述べているように、実験室における研究では、電磁場曝露の即時的、あるいは短時間影響しか評価出来ない。携帯電話基地局のような「長時間曝露」の影響はむしろ、1)の疫学研究によって評価出来る類の問題である。
 電磁波過敏症と電磁場曝露の因果関係については、その症状を訴える患者、WHO双方に(養老孟司氏のいうところの)「あうすればこうなる」式の、過度に単純化した考え方があり、これが真の理解を妨げ議論を混乱させている。専門家であるところの、WHOの電磁界プロジェクトの現委員は、本ファクトシートを読む限り、1)電磁場の生体影響を議論するに十分な学識がない。あるいは2)学識があるなら公平な科学的・論理的議論を行っていない、のいずれかということになる。WHOは電磁界プロジェクトに対し、十分な学識を持つ委員を選出し、科学的に妥当かつ公正なプロジェクトを遂行させる義務がある。そのためには、市民もWHOの活動の公平性をチェックし続ける必要があるだろう。

注)ファクトシートの日本語訳では“Electromagnetic field”の日本語訳として「電磁場」ではなく「電磁界」という言葉が用いられている。科学の世界では一般に電磁「場」を用い、産業界やエンジニアの世界では電磁「界」を用いる。また「電磁波過敏症」で議論される曝露源は、高周波電磁波のみならず、低周波磁場等も含む。低周波磁場などは狭い意味での「電磁波」に含まれないので、より広い概念である「電磁場(界)」が適当である。





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