日本列島旅鴉

風が吹くまま西東、しがない旅鴉の日常を綴ります。

四谷赤坂麹町 -タキギヤ-

2014-10-29 21:33:14 | 居酒屋
五日ある平日のうち、一日を疲労回復、一日を後片付けと旅支度、一日を出発前の休養に充てるとすれば、呑み歩きに出られるのは最大二日です。その二日を使い切り、今夜は荒木町にやってきました。訪ねるのは「タキギヤ」です。
荒木町といえば、自身最も多く通ったのは柳新道通りの「おく谷」です。なじみの店を優先する近年の方針に従えば、この店を差し置いて初見の店に飛び込む理由はありません。それにもかかわらず方針を曲げたのは、九段の名店「あて」の店長が独立して荒木町に店を構え、それがたいそうな評判になっていると、かねがね聞いていたからです。酒が主役の店ならば、この時期に訪ねるしかないと思い立ち、今回宿願達成と相成りました。

荒木町の中でもとりわけ情緒漂う、鉤状に折れ曲がった車力門通りの角に店はあります。小料理屋の居抜きという店舗は適度に古びて味わいを放っており、縄暖簾を分けて引戸の向こうをのぞくや否や、威勢のよい店主の声が聞こえてきました。
店内は間口が狭くて細長く、右側には眩しい白木のカウンターが一本、左側には板の間の小上がりが三卓配され、合わせて20人も入れば満席といったところでしょうか。見覚えのある店主と、女将と思しき人物が、二人で差配するには適度な大きさです。細長いカウンターの奥に厨房があり、そこで店主が包丁を捌いて、玄関側には女将が立ちます。その玄関側に9穴の燗付け器と食器棚が置かれ、棚の上には燗酒用の一升瓶が並び、玄関をはさんで反対側にはその他の酒を収めた冷蔵庫が。狭い敷地で無駄なく立ち回るには、実に理想的な造りです。天井から下がる、明るからず暗からず適度な照明も好ましいものがあります。
A4両面の品書きは、片面が酒、片面が肴という構成です。酒は東北から九州まで、全国各地の地酒が20種ほど揃い、山形正宗ならば「爽辛」、王祿ならば「爽旨」といった具合に、漢字二文字で味わいが的確に表現されています。背面の黒板にもその他の酒が十種以上並んでおり、この規模の店にしてはかなりの品数です。それらが全て捌けるということは、回転が相当速いのでしょう。
酒は一合と五勺が選べ、酒器には上品な白磁の徳利と蛇の目の猪口が使われ、最初の一杯は女将のお酌つきです。それと同時に和らぎ水がジョッキになみなみ注がれ、お通しには炊いた蕪に加えて温かい出汁が差し出されるなど、細部にわたる周到な配慮には感心させられます。
店の規模に比して品数豊富なのは肴も同様です。一品一品長々しかった昨日の「創や」と対照的に、こちらの品は昆布〆、炊き合わせ、揚げ出し、ぬた、煮貝といった具合にきわめて簡明直截です。やはり、古びた店内にはこれが一番合っています。控えめの分量も独酌には好適です。

店構え、店の造りに始まり酒、肴、器に至るまで、何もかもが完璧というほかなく、一人しみじみ酒を酌むには、これ以上の店はなさそうに思えてきます。しかし、それはある程度まで織り込み済みではありました。というのも、事前の情報からは「あて」と同じ路線を踏襲しているのが明白で、実態もまさに予想通りだったからです。事前の期待値が非常に高く、なおかつその期待と寸分違わぬものが提供されたという点では、旭川の「独酌三四郎」を初めて訪ねたときのようなものです。これは見方を変えると、その期待をも超えるほどの感動にはなかなか出会えないということでもあります。現に「独酌三四郎」でも、本当のよさが分かってきたのは二度、三度と足を運んでからでした。
ところが、この店では初回早々、事前には予想できなかった場面に出くわしました。店主の躍動感が「あて」の頃とは明らかに違うのです。もちろん前述の通り、店主は厨房の持ち場を離れず調理に専念しているわけであり、躍動するといってもせわしなく動いているわけではありません。しかし、表情、語り口といったものには、まさに水を得た魚のような躍動感が漲っていました。
宮仕えから一国一城の主に変わったという事情もさることながら、より根本的な違いは店内の雰囲気にあるのだろうと推察します。その筋では知られた雑誌に度々掲載されてきただけに、評判を聞きつけた一見客が相当数いるのかと思いきや、お客は常連ばかりでした。ほとんどのお客を名前で呼んでいることからして、相当通い詰めた面々なのでしょう。しかも、隣客の注文や立ち振る舞いから、多くが手練れと見受けられます。そのようなお客が、遅い時間というのに引きも切らずに暖簾をくぐり、満席となる場面もしばしば出現するのは大したものです。これも周到な店作りと、店主の人柄のなせる業ではないでしょうか。

このように、単なる有名店の域を超えた、足繁く通い詰める常連向けの店です。たかが一回二回訪ねただけで、この店の真髄を理解するのは難しいでしょう。季節を変えて、何度も足を運んでみたいと思う名店でした。

タキギヤ
東京都新宿区荒木町7 安藤ビル1F
03-3351-1776
1700PM-2330PM(LO)
日祝日定休

王祿・山形正宗・而今・群馬泉
お通し二品
真鯛昆布〆
秋の炊き合わせ

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