庵建築計画事務所 森 豊のブログ

これまでの軌跡、思考。
日常の思いをつづります。

そして 組み立て式草庵茶室を誕生させた

2009-09-29 16:09:47 | 作品例「組み立て式草庵茶室」

予期せぬお話から、

私は「組み立て式 草庵茶室」を創る機会に恵まれました。

前回のお話で紹介した「建仁寺東陽坊」をお手本に、

プロトタイプを完成させたのです。

 

今まで興味から入り込んだ茶の湯の世界を建築の分野から見ておりましたが、

今回のめぐり合いは大変な喜びであると共に、

歴史に対して非常に重責だと感じております。

 

この度の経験で

設計から工場加工、搬出、現場搬入、組み建て、そして解体、

搬出、移動、保管という一連の工程を試しました。

日本中、いや世界中どこででも、「侘び」の世界を体験出来るようになったのです。

 

そして、この「組み立て式草庵茶室」の普及・利用を通して

純然たる日本文化とは「茶の湯」「侘び数奇」「数奇屋造り」で

あるということを認識・体感してもらえればと思います。

 

世界でクールジャパン(かっこいい日本のもの)と表現されるものの中に

「侘び数奇」「数奇屋造り」が入っていってもいいではないでしょうか。

 

 

 

 

「組み立て式草庵茶室」↓

 

 

 

 

 

これまでにも組み立て式茶室は開発されたいたようですが、

非常にチープなもので、茶の湯の経験者が使うに耐えれるものはありませんでした。

 

私が開発したものであれば、ホテルやイベント会場に設置が可能となった。

当然、基礎工事等を要しないので、ビル中でも設置が可能なのだ。

多くの方に、「侘び数奇」の心を知ってもらいたいと願います。

 


その14 絢爛豪華な世界と侘び数奇の対比

2009-09-29 15:31:31 | 作品例「組み立て式草庵茶室」

 

 金閣寺

天正14年1月16日、秀吉は小御所において金の茶室を組み立て、

正親町天皇に茶を献じました。

この時代は、同時に千利休による静寂な草庵の侘び茶が

完成しつつあった時であり、

わが国 茶道史上の画期的な時期であります。

桃山時代という複雑で深い時代相の中にあって、

天下人として時世を動かすとともに、

自ら当代一流の茶の湯の数奇物であった豊臣秀吉は、

絢爛豪華の極地と

利休の侘び数奇の境地とを、

先ほどの金閣寺と銀閣寺と同様に、

等しく知ることが出来ると思います。

 

 

 

 

建仁寺 東陽坊

 

東陽坊は京都の建仁寺本坊の中庭に現存します。

安土桃山時代の茶室です。

この茶室を好んだ東陽長盛は、千利休の高弟で真如堂 東陽坊の僧で、

特に侘び数奇に名があったとされています。

また、この茶室は北野大茶会で、東陽坊が担当した副席という伝えがあるそうです。

 

普通、炉の傍の畳は踏まない事になっていますので、

茶道口と給仕口は別に設けるのですが、

開け方により茶道口と給仕口を使い分けるところに特徴が見られます。

また、引き違い障子にするところを片引き障子にしてデザイン的に

すっきりしています。

小間の茶室は様々ありますが、誰にでも使いやすい配置で、

二畳台目の事例として一番整っており、無駄のないデザインなのです。

 


その13 不審菴 のさらにつづき

2009-07-26 14:42:30 | 作品例「組み立て式草庵茶室」

更新期間がだいぶ開きました。

すいません。おひさしぶりです。

 

 

↑次は南側の正面の写真ですが、

  にじり口、連子窓、下地窓が美しいバランスで

  構成されています。

  にじり口や、下地窓は、利休によって朝鮮半島の民家の様式が取り入れられたと

  いわれております。

 

 

  ↑次は、二畳敷きの待庵の内部です。

   にじり口の正面が室床と呼ばれる床の間で、

   二畳敷きの隅には炉が切られています。

↑次はにじり口を内部から見たところです。

 

 

↑次は、次に間から室床を見たところです。

 この床は隅が円く仕上げられています。

 

 

 

 

 


その12 不審菴 つづき

2009-05-21 00:17:46 | 作品例「組み立て式草庵茶室」

 

次は点前座から床の間(台目床)を見た写真です。

床の間の火灯口は、菓子や懐石の給仕口です。

 

 

 

 

 

↑次はにじり口から見たところです。

天井の化粧屋根裏につくられた突き上げ窓は、

屋根の戸の上げ下ろしと障子の扱いで気のこもるのを防ぎ、

明るさの加減ができるようになっています。

 

 

 

利休が46歳を過ぎ、秀吉の茶頭になるころから、

にわかに利休好みの茶室に変化がおこります。

京都山崎の妙喜庵にある待庵は、利休作とみられる茶室の唯一の遺稿です。

 

これはその待庵南側の土間庇であり、その下は、

にじり口へ連なる飛び石を配した土間のタタキです。

 


その11 ようやく草庵茶室の画像による説明

2009-04-21 23:41:37 | 作品例「組み立て式草庵茶室」

蹲(つくばい)で口を漱ぎ手を清め、

小さなにじり口から身をかがめて茶室に入り、

外界から閉ざされた世界に身を置いて、

一期一会の茶事を行うのです。

このようにして、日本の侘びの世界を集約した空間が草庵茶室であります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/蹲

 

 

 

 

↑次は不審の内部の写真です。

長三畳台目、中柱のある席で、茶道口が常と反対の位置にあり、

床の間側が蒲天井、にじり口側と点前座が化粧屋根裏です。

不審菴とは表千家を象徴する茶室のことです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/不審庵

http://www.omotesenke.com/index.html